目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話「族長は何を考えているのか」

「フィルーズ様、この者たちは一体……」


 新都近くにある砦の中に急遽造られた、石造りの兵舎。

 その中で、爬虫人戦士長代理・フィルーズの部下が、異様な雰囲気の爬虫人たちを前に、息をのんでいた。


 人数は十名。

 ある者は尻尾が三本生えており、ある者は腕が四本存在し、ある者はフィルーズの倍近くかと思われるような背丈であり、ある者は腕に飛膜を持つ者もいる。

 皆、無言かつ不動で、フィルーズとその部下をじっと見ていた。


「戦士でも祭司でも文士でもない、平民でもない。身分を与えられず、爬虫人の社会から外されてしまっている者たちだ」

「まさか……」

「お前も知っているだろ。昔、異形の者が次々と生まれ、長老たちから忌み嫌われ、隔離されて誕生した村を。あまり表に情報が出ていないが、他の集落でも異形の者が生まれると、今でもひっそりとあの村に追放しているらしいぞ」

「我々の地の最も南にあるという、呪いの村、ですな」

「ああ。そこから特に屈強な者を選抜してもらった。基礎能力は並の戦士の比じゃないだろうな」

「大変失礼ながら、なかなかの威圧感で。恥ずかしながら今も身が少し震えております」

「おれから見れば同じ爬虫人さ。おれだってギリギリあっち側ではなくこっち側に入ってしまった身だしな。ガキのころはもちろん、ヒラ戦士になってからも、『尻尾の生えた人間』と散々言われたわ」

「そういう悪口を実力で跳ね返してきましたからね。フィルーズ様は」


 フィルーズも、体の色が他の爬虫人に比べ妙に薄い。尻尾を隠せば遠目には人間に見えてしまうかもしれないほどだった。もう一つか二つ、平均的な爬虫人との身体的差異があれば、今目の前に並んでいる者たちの村に送られていたのではないかと彼自身も考えていた。


「この危機は、あの村を社会に戻すいい機会でもある。次の戦はこいつらを参加させ、兵士として使う。英雄バクを討伐したときには、おれはこいつらの村全員の身分を要求するつもりだ。長老会議も認めざるをえないだろ」

「それは、本当なのか」


 異形の爬虫人の並びの真ん中にいた、フィルーズの倍近くの背丈を持つ爬虫人が、体相応の大きな口から言葉を発した。


「ああ、本当だ。約束するぜ。おれの戦士長代理の職を賭けよう」

「わかった。あんたを信用する」

「英雄バクについては、知名度と強さが全然釣り合っていない。言ってみれば“おいしい相手”だ。お前たちなら一対一でも問題なく戦える。こういうやり方は餌で釣るみたいで好かんが、お前たちの村の命運を賭けて戦ってくれ。頼んだぞ」


 並んでいた異形の爬虫人たちが、一斉にうなずく。

 そしてフィルーズの部下は、感心したようにうなった。


「私はよいと思いますよ。フィルーズ様ほどのおかたなら誰と一騎打ちをしても敗れるとは思えませんが、戦場は何が起きるかわかりません。あまり言いたくはありませんが、今の長老会議は酷く、フィルーズ様の御身に万一のことがありますといよいよ爬虫人族も終わりです。代わりに敵陣深くに乗り込み英雄バクを討ち取れる者がいるのであれば、積極的に任せるべきかと思います」

「そもそも次におれが直接指揮を執れるのかどうかも怪しくなってきたしな」

「遷都絡みの仕事まで長老会議から丸投げされ、寝る時間もないほど多忙と聞いています。心中お察しします」 


 都になったばかりであった街も火山の噴火に巻き込まれ放棄を余儀なくされ、さらに東へと遷都した爬虫人族。

 新しく都になった街で、例によってフィルーズは長老会議から様々な仕事を振られていた。戦士たちを動員しての街を囲む防御壁の造成や城の増築はもちろん、平民たちへの工事の説明、協力願い、さらには避難してきた者たちへの支援など、どちらかと言うと文人のやるべき領域と思われる仕事の指揮までもやる羽目になり、軍事だけに集中できる状態ではなくなっていた。落ち着くまではまだ少し時間がかかるだろう。


「ふと思ったのですが、フィルーズ様の能力が高く、こなせてしまっていることも原因なのですかね? 文句を言いながらもやれてしまっているので、長老会議が『なんだ、できるではないか』となって、さらなる仕事を投げてくる、という具合に」


 これはとても意外に思ったのか、フィルーズは目を丸くしたまま少々固まった。


「おれの能力が高いかどうかはおいといてだ……言われてみればそうか。こういう状態をよしとしてしまうと、長老会議に使い潰し癖がついちまうな。せっかく新しい人材が出てきても長老会議に酷使されてすぐ倒れるかもしれん。いかんな」

「たまには体調不良のフリでもされて、適度に休まれるのもよいかもしれませんよ」

「前向きに考えとくさ。ま、軍事がらみのほうは少なくとも今休むわけにはいかんけどな。爬虫人が滅ぶのか助かるのかの瀬戸際だ……ってこういう話をしている時間も惜しいか。次は以前に捕虜にしてた人間族のところに行くぞ」

「まだ何か策を考えていらっしゃるので?」

「まあな」


 すべては爬虫人族の存続のため。

 フィルーズの孤独な戦いは続く。




 * * *




 私は帝都に戻ってから、今回の従軍によって得られた情報をまとめ、あらためて狼人族の族長へ報告した。

 従軍の間もできる限りこまめに報告はしていたが、やはり伝えきれなかったことも多かったうえに、総括もできていなかったためである。


 人間族の今回の遠征は、苦戦こそあったが一応は成功で終わったこと。

 人間族の軍は、基本的に強いということ。

 爬虫人族の軍については、族長が推理していたとおり、能力が高い者が今回から指揮官として参加していたということ。戦場でその者に会う機会に恵まれ、その能力の高さを実感したこと。ただし政治を担う長老らとはうまくいっていないような雰囲気もあったこと。


 英雄バクについては、兵士に敬愛され、存在が士気を高めているというのは噂どおりであったということ。ただしバク本人の能力については特段突出しているわけでもなく、初陣で奇跡的な戦果を挙げたことを国に利用され、帝国民や兵士の士気を高揚して南下政策を加速させるために祭り上げられた『作られた英雄』である可能性が高いこと。


 そして、爬虫人の新都はもう使えない状態となってしまったこと。火山灰で覆われた現地で見たことや聞いたこと。さらには帰還途中にペンギンが産卵したことや、彼女が目指していた大地の名なども含め、すべてを族長に伝えた。


『そうか。引き続き頼むぞ』


 狼人族の族長はいつものように、まずはそう返してくるのかと思っていた。

 だが今回は、少し違っていた。


「きわめて重要な情報だ。感謝する」


 族長がきわめて重要と評したこと――それは、宮廷賢者ハンサからの情報についてだった。すなわち、火山噴火の際の噴出物についてである。

 族長は特に、火山の噴出物に大量の空気――正確に言うと空気とは似て非なるものであるそうであるが――が含まれ、それは火山の中だけでなく地中から由来するという点を重視した。


「この大地の火山の活動は近年急速に活発化し、その活動範囲もどんどん南に浸潤してきている。噴出物の話は、他の火山にも当てはまるということでよさそうだな」


 いつものように自室で指輪の青い宝玉を介した通信であるため、声でしか判断できないが、族長の興味の強さは明らかだった。

 声がやや大きいため、誰かに感づかれるのではと不安になるほどだった。


 族長は、このまま火山活動が南進していけば、知的生物の南限となっている狼人族の地すらも噴火に巻き込まれる可能性があると考えているのだろうか?


 自分としては、いくらなんでもあんな遠いところまで噴火が及んでくるというのはどうにも信じがたいものがある。

 そもそも私が調べた限りでは、今噴火が起きている山は、一部の例外をのぞき、ほとんどが古文書等に噴火歴が記されている山のようである。狼人族の地は山岳地帯ではあるものの、過去に噴火歴があるかもしれないような山があったとは聞いたことがなかった。


 いったいどういうことなのか。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?