予想どおり、爬虫人族の新都の城の探索では、特に重要な物は回収できず。
夜襲の影響で軍の被害も大きかったこともあり、遠征は終了となった。
火山の噴火という自然現象が味方したとはいえ、今回も帝国軍は十分な結果を出した。成功に終わったと言えるだろう。
私も軍とともに、帝都に帰還することになった。
帰り道はヴィゼルツ帝国の版図内の土地をひたすら進むことになる。行きのときのように襲撃されるようなこともなく、順調に進めた。
ところが、私やバクにとっては個人的に事件があった。
それは帝都に帰る途中、ちょうどの行程の半分くらいのところに位置する拠点に立ち寄り、宿泊したときのことだった。
「これって、そういうことだよね?」
バクのやや困惑気味の声が、宿舎二階の静かな部屋に響く。
「そういうこと、ですね」
私もそう答える。そうとしか言いようがない。
バクと私の視線の先は、台の上で直立不動となっているペンギン……
……というよりは彼女の揃えた両足の上に乗っている、一つの卵である。
白く、無地で、大きさは握りこぶしより一回り上回る程度だろうか。
おそらく“大きい”という表現で間違いない。
「子を産むのではなく、卵を産むということですか。この点は人ではなく鳥と同じというわけですね」
「いやいやいや、突っ込むのはそこじゃないでしょ!? なんで急に産んでるの?」
そう。ペンギンが突然産卵したのである。
ここのところ急に口数が減ったり、嘔吐したりというのは、出産間近で体調に異変をきたしていたためであったようだ。
「ふー。卵は割と冷たくて気持ちがよいの」
とりあえず冷やしてしまうのはまずいということで、ずっとペンギンが体温で温めている。どうやらこの行為は腹部が適度に冷やされ、ペンギン自身の心地もよいらしい。
普段あまり本人は暑いとは訴えてこないので意外な話なのだが、体が羽毛に覆われているので熱がこもりやすい体質なのかもしれない。
「ペンギン、のんきなこと言ってないで説明してよ」
一方のバクは、いまだ混乱中だ。これもまた仕方ない。
「見てのとおりだろう。卵だ。説明がいるのか?」
「いやいやいや、父親は誰なのさ」
「ふむ、父親か。ケイかもしれぬ」
「ええええっ!? ケイ!! なんで!? どうして!? どういうことっ!?」
「明らかな嘘をあっさり信じないでください」
「へ? 嘘なの」
私に掴みかかってきていたバクは、すぐにピタリと動きが止まった。
「当たり前だ。何をどう考えたらそんな話を信じてしまうのだ。今産んだということは、妊娠自体はお前やケイに会う前からしていたに違いない」
それくらい頭を使え、とバクをからかうペンギン。
バクは心底安心したという様子で、私から離れるとともに「あーよかった」と胸をなでおろした。
「父親は思い出せないということですか?」
「うーむ、思い出せるような、思い出せないような」
「一緒に他の記憶も戻るかもしれませんよ。思い出せるとよいのですが」
「むむむ。この辺まで記憶が来ている気がするのだが」
彼女はヒレのような手で“この辺”がどこかを示しているつもりのようだ。
「手が短すぎてこの辺がどの辺なのかわからないよ」
「のどのあたりですね、おそらく」
「なんでケイはわかるの!?」
むろん、私の立場からは記憶を取り戻してもらったほうがありがたい。族長にもペンギンの話はしているが、彼女の記憶が戻ったら断片的でもかまわないので必ず報告をするようにと言われている。
とはいえ、記憶が戻るかどうかは彼女次第。
あまり期待をせずに眺めていた。
が、やがて彼女は、ポツリとつぶやくように言った。
「……テラ・アウストラリウス・インコグニタ」
バクの大きな黒い瞳の目が、さらにパッチリと開く。
「お!? そんな名前なんだ? 父親」
「違う。相手の名ではない。私が目指していた地の名だ。今急に思い出した」
「なんだ。面白い名前だなあと思ったのに」
海岸で打ち上げられた状態から意識を取り戻したとき、彼女は自らが人間であり皇帝であったことのみを思い出した。今回はそれ以来となる記憶の舞い戻りだ。
ペンギンはやや興奮気味だった。
「そうだ。幻の大地、テラ・アウストラリウス・インコグニタ。この地はきっとそうに違いない」
「ホント? そんな変な地名、聞いたことないよ?」
「聞いたことがないのは当然だろう。おそらくわたしらが勝手にそう呼んでいただけなのだろうからな」
バクとは違い、私は奇妙な名前だとまでは思わなかった。
狼人族の地に実際にある地名というわけでもないのだが、このあたりは種族の違いによる感性の違いだろうか。それとも……?
いずれにせよ、もし彼女の話が本当なのであれば詳しく聞く必要がある。
バクはその名前の奇妙さが面白いと思っただけのようだが、私は立場上その感想で終わるわけにもいかない。
「ペンギン、もう少し思い出せませんか? なんでも結構ですので」
「そうしたいところであるが、これ以上は出てこぬようだ。しかも頭が痛くなってきた。このへんで勘弁してくれ」
ペンギンが手を挙げる。
まったく届いていないが、おそらく頭に手を当てているつもりだろう。
「あ、そうだ!」
「なんだバク」
「子供の名前も必要だよね。どうすんのさ」
「心配ご無用。もう決めているぞ」
「なんて名前?」
「“一号”という名前にする」
バクが肩をすくめる。
「二号も三号も産む気満々な名前じゃないか。一号にしたってさ、城で世話するにしても、俺がいないときに解剖依頼が来ちゃったらどうするの? 断るの大変だと思うよ」
「それが困りものよの」
これもなかなか厳しい問題である。
バクは城を空けることが多いし、私も常にいるわけではない。
「それなら、ぼくに任せてください」
爽やかな声。もちろん聞き覚えがある。
同時に、部屋の扉が開いた。
「あっ、ハンサさん」
「む!? またお前か」
突然の宮廷賢者の登場に、二人は驚いている。
なお、私も驚いた。
意識が完全に目の前のことに行っていたせいだろうか? 部屋のすぐ前に人がいるということに気づいていなかった。
ああ、ノック忘れてました。びっくりしますよね――と、彼はペコペコとサラサラの金髪頭を下げながら部屋に入ってきた。今回は登場時からすでにフードをかぶっていない。
「帝都に帰ったら、城を挙げて保護するようぼくから働きかけますよ。いちおう宮廷賢者の端くれですし、筆頭賢者様や宰相様に意見を申し上げることができる身ですので」
そしてバクを見て、さらに付け加える。
「バク様がそれをお望みであれば、ですが。いかがでしょうか」
「んー、俺はありがたいけど。そこまでしてもらっていいのかなあ」
「承知いたしました。では命に代えても」
「命に代えても!? そんなこと言って大丈夫!?」
「もちろんです」
「というか、なんで俺? 直属の上司でもないのに? 前から何かと気にかけてくれてるのはうれしいけど、どうなってるの?」
「バク様は国の英雄様。これからも戦い続けなければならない身でしょう。安心して戦地に赴くことができるよう、一人の宮廷賢者としてそれくらいの努力はさせていただきますよ」
彼は微笑み、バクに一礼して去っていった。
帰るときはフードをかぶってから退出したが、気のせいでなければ、その直前に碧い瞳がやや憂いを帯びたような気もした。
「その程度のことくらいしか、ぼくにできることはないかもしれませんから」
扉の外から。かつ消え入りそうな声量だった。
その言葉が聞こえたのは、三人の中で最も耳がよいであろう私だけだったかもしれない。