目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話(また立派って言われたー!)

 ヴィゼルツ帝国軍は、苦戦しながらも、爬虫人族やオーク族による夜襲を撃退した。


 勝利であることは間違いないものの、砦にいた爬虫人の捕虜については大部分が取り返されてしまったとのことだった。

 これについては相手の目的の一つでもあったのかもしれない。バクの殺害が第一目的、奴隷にされてしまった捕虜の解放が第二目的といったように。


 もしそうなら、後者は人間側にとってやや残念な話なのかもしれない。




 その後――。

 私が使わせてもらっている部屋に、バクが来た。

 目的はもちろん回復魔法を受けるためである。


 砦の修復は急いで進めているようだが、負傷している兵士は体の回復を優先することになっている。バクも現場に顔見せはしたものの、疲労とケガで作業に参加できる状態ではない。


 誰もが気になっていたであろう火山については、今のところこの砦については「避難の必要まではないだろう」ということになっているようだ。ただしまだ噴火は断続的に続いているため、注視はしていくという。


「じゃあ、よろしくお願いします」


 帝都のものに比べればだいぶ簡素なベッドの上で私が横座りになると、バクが端に座って靴を脱ぐ。

 そしてベッド中央に移動すると、少し離れた小さな台の上で熟睡しているペンギンをチラッと見てから、頭を私の大腿に預けてきた。


「前よりは少しだけ恥ずかしがらなくなりましたね。まだぎこちないですが」

「シンが堂々と抱っこされてたからさ。負けてられないよ」

「そんな変なところで張り合わないでください。私の抱っこにそこまでの価値はありません」

「いや、恥を忍んで言う! 俺も今度抱っこされたい」


 顔を赤く染めるバクの額に、手を置く。

 いつもより強めに、ポン、と。


「私としては、そういう事態にならないことを願います。それはあなたが戦闘不能になっているということですから」

「うーん。そうかあ。ならすごい悩むな。やってほしいし。でも戦闘不能も嫌だし」

「そんなことを考えていると、戦闘不能ではなくもっとひどい状態で抱っこされるという結末もあるかもしれませんよ」

「いやいや、縁起でもないこと言わないでよ!?」

「ならあなたもおかしなことは言わないでくださいね」


 もう一度、バクの額をポンと叩いた。今度はかなり軽めに。


「では、そろそろ回復魔法をかけていきます」

「あ、ちょっと待った」

「はい」

「バタバタしてたから忘れてた……。いちおうさあ、俺の言うことは聞いてほしいよ。召使が戦場に出てきちゃうなんて普通ないって」

「申し訳ありません」

「あと、できれば、最前線に一番近い拠点まで軍に同行するのも今回きりにして、もうやめてほしいんだよな」

「それについては、お約束できかねます」

「なんでさ。回復魔法なら戦が終わってからでいいのに」

「もうだいぶ戦場も帝都から遠いですし、回復する前に再起不能になってしまう可能性だってあるでしょう」

「じゃあ、最前線からちょっと離れた、安全な街までとかは?」

「それも、今回のように拠点から出撃する前に奇襲を受けて戦になってしまう展開のときに、すぐ回復魔法をかけられないとあなたが困るのでは?」

「んー、そうなんだけどさあ……」


 バクはわかりやすく不服そうな表情を浮かべている。

 前からそうであるが、彼は顔に出やすい。


「それに、私はあなたの召使ではなく、城の召使ですよ。私の軍同行については、上司である執事長から軍に申請していただいたものですし、最終的に将軍の許可までいただいているはずです」


 これは事実だった。もっとも、将軍については一召使のことなどいちいち気にしてはいないだろうから、執事長が申請されたものは基本的にすべて了承しているとは思う。


「それもわかってるんだけどさ。なんか、そのうち『兵士としても戦います』とかになりそうで、それが怖いんだよね」


 少しだけドキリとする指摘とともに、彼の手足に力が入る。

 今から回復魔法をかけるのに、これはあまりよろしくない。


「魔法の効きが悪くなりそうですので、とりあえずその話題は避けましょうか」

「んー、なんか逃げられた気がする。まあいいけど!」


 では魔法を――と、額に当てた手に魔力を込めていく。

 彼の全身から、力が抜けていく。

 表情も含め、本当にお湯に浮かんでいるようにも見えてしまう。彼の体の素直さは何度見てもよい。


「はー、気持ちいい」

「そうですか」

「つくづく思うんだけど、俺ってツイてるよね」

「なぜ?」

「ほら、俺、回復魔法が効きにくい体質みたいだからさ。戦争が激しくなるってときにバッチリ効かせてくれる人が現れたって、こんなにツイてることはないって」

「なるほど」


 私が知る限りでは、魔力自体はすべての知的生物が有しているとされる。ただしその量は個人差があり、魔法を使えるほどの魔力を有する者はかなり少ない。狼人族も、人間族も、爬虫人族も、オーク族も、はるか東の虎人族も、そうらしい。


 しかも、密偵として人間族のヴィゼルツ帝国に潜り込んでからつけた知識として、『魔法を使える人間の数がゆるやかに減少傾向』というものがある。もともと多くないものがさらに少なくなっているため、魔法を使える人間は貴重な存在とされている。


 そうなると当然、回復魔法の使い手も少なくなってきていることになる。そこからさらに回復魔法の効きにくいバクにも効かせられる者は……と考えると、たしかに彼の言うことはそのとおりなのかもしれない。


 ちなみに、使い手の減少傾向について族長に報告したところ、狼人族でも同様の傾向がありそうとのこと。

 他の種族の傾向については特に情報がないそうだが、狼人族と人間族の二種族でそうなのであれば、他も同様に減ってきている可能性が高いのかもしれない。


 将来、魔法は“失われた技術”となるのではないか――。


 ヴィゼルツ帝国内では、そんな説まで出てきているという。

 それが本当なら、原因は何なのか。

 個人的に興味津々とまではいかないが、この世界という大きな規模で何やら不吉な要因があるのではないかと気になってしまうことはある。


 もちろん、気になるたびに、私がそれを考えてどうするのか、と思考を終了させるのであるが。


「ツイているといえば、今回あなたの部下が欠けるようなことにならなくてよかったですね」

「それはホントそう思うよ。突っ込むのは俺だけで十分だからね」

「初陣のときのように、ですか。まぐれだと自分で言っていたと記憶していますが」

「たぶんね。だからまた同じことをしても俺がやられちゃうだけで戦の勝敗は変わらないかも。でもそれしかできない状況なら、俺はそうするよ」


 途中からバクの声が少し遠くなってきた。いつもの眠気が来たのだろう。

 ただ、言葉自体は力強かった。


「立派な考えではあると思います。ただ、あなたは怖くないのですか? たとえば、今回の爬虫人の指揮官は明らかにあなたより強いように見えましたが」

「うーん……けっこう怖かった」

「やはり」

「でも、相手が強かろうか、多かろうが、それでも先頭に立って戦う……それが英雄のお仕事だって……陛下や宰相様に言われてる」

「言われたとおりにやっている、ということですね」

「うん。そう……だ……よ」


 瞼が完全に閉じる。どうやら、バクは寝たようだ。


 その無垢な寝顔を眺めながら、私は思った。

 もう結論は出ている気がする。


 バクは、ただの子供だ。


 特別な能力などはなく、剣の腕は凡人の範囲内で得意な程度。

 なのにたまたま初陣で「まぐれ」という功があったため、『軍や帝国民の士気を上げられる者がいたほうがよい』と考えていたヴィゼルツ帝国側の都合により、英雄として祭り上げられてしまった。


 そう。ただの子供なのだ。

 若くて、見かけもよくて、素直な性格で、他人に好かれて、上には逆らわない、そんなただの子供。


 この帝国自体が強運を持っている。

 なんとよい人物に英雄の称号を与えることができたのか。


 帝国民にとって、よい人物。

 兵士にとっても、よい人物。


 そして皇帝や宰相にとっては、都合の・・・よい人物――。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?