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第24話「やはり、ただの子供」

 この展開は、きわめてまずいのでは?

 私が最初に思ったことは、それだった。


 バクは戦い慣れているであろうことは間違いないが、先日の海への旅で見た限りでは、実力がこの爬虫人に遠く及んでいない可能性が高い。

 英雄呼ばわりされるきっかけになった初陣の功についても、本人いわく「多分まぐれ」だという。それが謙遜である可能性も本人がのちに否定している。


 純粋な剣の腕以外での“英雄たる何か”が彼にあり、それがここで出るのであればよいのだが。それを確認することも、今回の軍への同行の目的の一つでもある。

 ただ、個人的にはだいぶ怪しいと思……


「……っ!」


 やはり何もなさそうな雰囲気だ。

 いきなり曲刀の一撃をもらっている。

 防具があるので深傷ではなさそうだが、また傷が増えたのは間違いない。


 その後も防戦一方となっている。


「なんだ? この手応えのなさは。手抜きでもしてんのか? それとも元々たいしたことないのか」


 バクはついていくのに必死であり、煽りにも言い返せないくらい余裕がない。

 対して、爬虫人戦士長代理・フィルーズは息も上がっていない。筋肉質な体から柔らかさもある斬撃を放ち続ける。

 やはり技術的には両者の間に歴然とした開きがあるように見えた。


「同胞はこんなのに……苦しめられていたのか?」

「……っ」

「ふざけるなァッ」


 膂力には剣の技術以上の差があったようで、バクの位置はどんどん押し込まれていく。

 やがて、踏ん張るのに精一杯だったバクの足が、突然出された蹴りで払われた。フィルーズは体術もかなり得意としていそうな雰囲気だ。


「うぁっ」


 バクの体が見事に浮く。

 そして彼は転倒することすらも許されず、今度はフィルーズの尻尾が飛んできた。爬虫人ならではの攻撃であり、体の回転も加わった強烈なものであった。

 私の目にはバクの敗北が明らかだったため、すでに命令を破って助けに入ろうと動き出していたものの、間に合わなかった。


「うあああっ」

「バク!」


 こんなに人は飛ぶものなのか、と思うくらいにバクの体が吹き飛び、生えていた太い樹木の幹に激突した。

 幹にめりこむのではないかと思うくらいの危険な勢いだった。


 受け身が取れているかどうかも怪しい。頭部と背部を強打しているかもしれない。

 ぶつかった幹の場所からバクはそのまま滑るように落下し、起き上がってこない。

 ピクリとも動かない。


「あっけないな。くだらん」


 フィルーズは曲刀の先で一回トンと地面を叩く。


「とどめを刺して、首を持って帰って長老会議に見せなきゃならんが……その前に召使を先に――ん!?」


 彼はこちらのほうを見た。その目が見開かれる。


「なんだ? お前。少し雰囲気が変わったな」


 私は剣を構え、人間のものとはやや異なる光を放っているフィルーズの瞳を見据えた。

 彼は動かない。

 だがやがて、意を決したように彼の片足が動こうとしたときだった。


「ま、待った……」


 バクが起き上がってきたのである。


「へえ」


 フィルーズは驚きと感心の声を出す。


 一方、私は。

 まずは一瞬、安心した。自力で立てるということは、命にかかわるものではなさそうということだから。

 そしてすぐに、また不安になった。

 無事なのであれば、そのまま倒れていてくれたほうが安全だったのではないか、とも思った。


「根性はまあまああるというわけか? 倒されても何度でも起き上がる……ガキに聞かせる英雄譚としてはいいかもしれないな」


 嫌な予感は当たる。


「けどな、ここは現実世界だッ」


 またフィルーズの標的がバクに戻ってしまったようだ。

 だが、今度は私もきちんと加勢をする――。


 しかしその思いは、意外なところから阻まれた。


「……!」

「邪魔はさせない」


 槍で通せんぼをしてきたのは、最初にフィルーズの隣にいたオークだった。

 ダメだ。これではどんなに早くこの相手を退けても間に合わない。


 見ると、圧倒的な力でバクが樹木の幹に押し付けられている。

 ついには、金属音とともにバクの剣が弾かれ、どこかに飛んでいった。


 フィルーズが曲刀を大きく振りかぶった。かがり火を反射して不気味に光る。

 丸腰となったバクの顔に、焦りの色がはっきり浮かんだ。


「これで何もかもが終わる――」


 振り下ろされた。


「バク!」


 私が思わず声を出してしまったと同時に、下からドンという音がしたような気がした。

 と同時に、足元が突き上げられ、体が浮くような感覚に襲われた。


「なんだ! 地震か!? あっ、剣がっ。くそっ」


 見ると、バクの脳天を割るはずだったであろう曲刀は、揺れの影響で逸れ、バクの頭の斜め上で幹に嵌まり込んでいた。

 意外と深いようで、すぐに抜けない。


「アウ!」


 そんな不明瞭な言葉が飛んできた。声の主はもちろん私ではない。

 次の瞬間には、遠くに飛んでいたはずの剣がバクの手に舞い戻っていた。剣を投げて彼に渡したようだが、もちろんそれをやったのも私ではない。

 バクは敵がもたついている隙に、素早く刺突を入れた。


「……っ……おのれっ」


 喉元を狙ったと思われるその一撃を、フィルーズは腕で受けた。

 前腕部に刺さるも、不十分な体勢からの手の力に頼った刺突だったので、浅い。

 バクはもう一撃入れようとしたが、それは許されなかった。


 曲刀をあきらめたフィルーズが後方に飛び、距離ができる。

 そこでふたたび地面が大きく揺れた。

 さらに、腹に響くような、とんでもない轟音がした。


「なんだっ。こんなときにっ」

「フィルーズ殿! あれを!」


 私を牽制していたオークが、指と声で示す。

 足が揺れに取られておぼつかないまま、彼らが見たその方向を、私も見た。

 まさに今、遠くにうっすら影のように見える独立峰から火が噴き出ていた。噴火だ。


「新都の裏にある山か!? 地震はあのせいか。まずいぞ」

「この地でもついに噴火が起こるとは。ブルードラゴン様のお怒りが増しているのでは」

「そういう根拠のないことは長老会議だけでお腹いっぱいだ!」


 ひとまず地面の揺れが収まっていく。

 二人が動揺する隙を突くように、バクが斬りかかっていく。


「おっと」


 それを避けると、フィルーズはまた足技を繰り出した。


「ぐふっ」


 力強い中段蹴りがバクの腹部に入り、バクが転がる。


「どう見ても新都が緊急事態だ。早くこいつを片付けて戻……おっ!?」


 彼はすぐに曲刀を回収しようとしたが、幹に刺さったままのはずなのに、ない。

 いつのまにか消えていた。

 先ほどのバクの剣が戻ったときと同じ怪奇現象に、私も驚いた。


 彼はここでようやくあきらめたようだ。


「今回はツキがねえな。行くぞ」


 そうオーク族の者に言い、一緒に走って去っていく。

 直後、夜鷹の大きな鳴き声が聞こえた。


 バクは追わず、すぐにあたりを見回して他の敵がいないかを確認した。


「シン!!」


 そこで倒れているシンに気付き、駆け寄る。


「大丈夫ですよ。気を失っているだけで大事には至っていません。先ほど確認しました」

「よ、よかった……って、もしかしてケイは、シンが一人で突っ込んでいったって聞いて、ここに来たの?」

「まああいあいそれれあっへいるうじゃあいは?」


 大木の陰からヒョコっと出てきて、私の代わりに答えたのは、ペンギンだった。

 言語が極めて不明瞭だったのは、口に曲刀を咥えていたためだった。

 曲刀が突然消えたのは彼女の仕業だったようである。飛ばされたバクの剣を回収して足元に投げたのも彼女だろう。先ほどから暗躍していたようだ。


「あっ、やっぱりペンギンだったのか。なんで君もここにいるのさ」

「ひほひひはははひほうはあふへふはははあ」

「何言ってるのか全然わからないよ」

「さっきのは『だいたいそれで合っているんじゃないか?』で、今のは『一人にならないほうが安全だからな』ですね」

「そっかあ。んー、本当は言うこと聞いてくれなかった二人に注意したいんだけど……」


 バクがうなり、そして頭がガクッと落ちる。


「でも二人がここに来なかったら、シンも、俺も、助かってなかったよね。ありがとう」

「おうあ、あんあいろ」

「だからなんて言ってるのかわからないよ」

「今のは『そうだ感謝しろ』と言っていますね」

「なんでケイはわかるの!?」

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