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第13話「本当に、そう思った」

 海辺の観察を続け、林以外の箇所――岩場になっているところなども、景色の鑑賞を装って回った。

 都度バクの感想も求めたが、彼の口からは「相変わらずきれいだ」「ここは波が強くて危険」などの言葉しか出てこなかった。特に以前と比較して違和感を覚える点などはないようだった。


 ひとまず今回はもう帰ろう。

 そう判断し、帰ろうとしたときだった。


「おや? あれはなんでしょうか」


 来るときに通ってきた浜に、何か色の濃いものが横たわっているように見えた。動いているようには感じない。


「え……あっ!? さっきは見かけなかった気がするけど。誰か倒れてるのかな。それにしては小さいかな? とりあえず行こう」


 波はギリギリ来ないであろう場所だった。

 長居しなければ危険はなさそうということで、少し離れて生えていた低木に馬を括りつけ、近づいていく。今度は私が何も言わなくても、彼は手をしっかりと握ってきた。


「これは……」


 間近で見たその何かは、横向きに倒れていた。

 遠くから見た時の想像よりもさらに小さかった。狼人族や人間の幼児よりもやや小さい程度か。

 形状は、明らかに人ではなかった。

 丸みを帯びた、ずんぐりむっくりな体躯。背中は黒く、腹部は白くなっている。瞼は閉じられているが、おそらくそこそこ大きいと思われる目だった。口はくちばし状になっている。


 このような生物を、私は見たことがない。

 見たことがないはずなのに、なぜか懐かしく感じた。


 本当に見たことがないのだろうか?


 ……ないはずだ。しかし頭がそれを異形とは認めていない。なんとも不思議な感覚がした。


「このような生き物、この世界に存在しましたでしょうか。バク、わかりますか」

「いやあ、俺も初めて見る。人間の国にはいない生き物なんじゃないかなあ」


 バクはそう言って、あまり迷いなく、その生き物に対し、空いているほうの手を伸ばした。


「あれ? 身体の毛、普通の獣の毛じゃなくて、鳥みたいな羽毛になってるな……羽の形はちょっと違ってそうだけど。温かいってことは……おっ、まだ生きてるみたいだよ!」


 本気でうれしそうに、そう言う彼。


「見知らぬ生き物がここに倒れていたということは、海のほうから来たということでしょうか。どう思います? バク」

「うーん。はるか北にも陸地があるという伝説があるから、そこから流れてきたのかも」


 本当かどうかはわからないけど、この大陸のものじゃない物とか瓦礫が流れてきたことがあるって教わったよ――。

 そう言うと、バクは私のほうを見た。


「俺の目には危険な生き物には見えないけど。どうすればいいと思う?」


 どう考えても国の英雄が召使に聞く質問ではない。彼としてもこの未知の生物への戸惑いが大きいということなのだろう。


「そうですね……ご判断は英雄様にお任せします」

「ぇえ!?」


 彼はわかりやすく「困ったな」という顔をする。


「うーん。ひとまずは助けたい。このままじゃ死んじゃうかもしれないし」

「わかりました。効くかどうか不明ですが、安全なところに移動させて回復魔法をかけてみます」

「ありがとう。頼むよ」


 バクが両手でその生き物を抱えようとして、手がピタリと止まった。


「あ、ケイに持ってもらってもいい?」

「?」

「あ、いや、手がつなげなくなるから、波が突然来たときのために俺がケイの後ろに付いていようかなって」


 沖に見える波は荒いものの、ここはおそらく大丈夫なのだろうという気はした。そして私がさらわれるほどの波が来たらバクも一緒にさらわれるのでは? とも思ったが、とりあえず厚意は頂戴することにした。


 背中から常時飛んでくる「重くない? 大丈夫?」の声に答えながら、砂浜のもっと陸側へと移動し、腰を落とした。


「で、バク。回復したら、そのあとはこの生き物をどうするのですか」


 膝にその生き物を乗せ、回復魔法をかけながら、バクにそう聞く。


「んー。置いていくのは気の毒だよ。連れて帰ろう」

「では、そのあとは?」

「そうだなあ。もしこの生き物が目を覚まして、安全そうってわかったら俺が世話したい。助けようと言い出したのは俺だし、見捨てられない」


 なんとなく、彼ならそう言うだろうという予想はできた。

 ただ、その黒く大きな瞳に不安そうな光も混ざっている気がした。


「わかりました。しかしバクは英雄様ですから忙しいことも多いと思いますので、一人では大変でしょう。私も世話をするようにします」

「じゃ、じゃあ、お願いしてもいいかな」

「はい。喜んで」


 私がそう言うと、バクは胸に手を当て、息を吐いた。

 見ると、普段は形がよかった眉毛が下がっている。


「なんか俺、さっきからケイに試験問題を出されてるみたいだ。一問でも間違えたら捨てられそう」

「そんなつもりはありません。私よりもバクのほうが、きっと温かくてよい判断ができると思っただけです」

「ホント? なんか怖かったよ」

「本当です。それに私はただの召使で偉くもなんともありません。逆にあなたがいつでも他人を捨てられる立場でしょう。英雄様なのですから」




 * * *




 その日の夜。

 海に一番近い町の宿屋で、族長と交信した。

 バクは例の奇妙な生き物と一緒に別の部屋を取ることになったため、声が聞こえる心配はなく、安全に会話ができた。


「――海でわかったことは以上です」


 水没していた林の話を聞くと、族長は「やはりそうか」と答えた。

 何が「やはり」なのかは、濁されてしまいよくわからなかった。

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