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第12話(意外に柔らかい)

 しばらく膝枕をしていると、またいつものように、彼は眠りに落ちた。


 ――さて。


 バクが寝たので、族長と交信することにした。

 回復魔法をかけているときの彼の眠りは異様に深い。よほどのことがない限り起きることはなく、おそらく殴ったりしない限りは起きないだろう。小さな声ならまず問題ない。


 左手の指輪を、彼とは反対方向――空に向け、魔力を注ぎ込んだ。

 指輪が青い光を放つ。


「族長、聞こえますか」


 返事はすぐに来た。


「ケイか。海に着いたのか?」

「はい。少し予定が狂いまして、一人ではありません。バクがすぐ前で寝ています。眠りが相当に深いので安全ではありますが、念のため小声で失礼します」

「ほう、例の英雄と一緒に来ていたのか。彼は海を見るのはどれくらいぶりだと言っていた?」


 バクがここにいることはむしろ好都合。族長はそう言わんばかりの口ぶりだった。


「具体的には言っていませんでしたが、久しぶりのような雰囲気でした」

「何か景観に変化があるようなことは言っていたか?」


 海岸に来てからの彼の発言を、最初から思い出す。

 一つ、思い当たることがあった。


「そうですね。『砂浜が狭くなった気がする』と言っていたと思いますが」

「ふむ。やはり」


 やはり、とはどういうことだろう? と思った。しかしバクもずっと寝ていてくれるわけではないので、無駄話をして交信を長引かせる状況ではない。


「私もまだ人間族の地の地理は勉強不足ですが、海水面はそもそも一定ではないと記憶しています。たまたま今は砂浜が狭い時間帯なのかもしれませんよ」

「それはそのとおりか。もう少し情報があるとよいかもしれぬな」

「では、彼が起きたら一緒にもう少しこのあたりを観察して探ってみます」


 ここで念のために交信を終了させた。

 しばらくすると、バクが起きてきた。


「あ、寝ちゃってた」

「はいはい。恒例のご発言どうも」

「あはは」


 照れくさそうに黒髪を掻きながらバクが起き上がり、背中と下半身の砂を落としている。砂は細かいが乾いているため、手ではたけばすぐに落ちる。


「バク。ずっと向こうに見える林ほうまで行って、もう少し海を観察してみようと思うのですが。よいでしょうか」

「もちろん! 行こう」


 馬に乗り、二人で浜辺を移動する。

 もともとそこまで幅広ではなかった砂浜は、どんどん狭くなっていく。

 そしてついには、無くなった。


「なんだか、林が海に突っ込んでいるように見えますね」

「うーん。こんな場所、前に来たときはあったかなあ」

「もっと近くで見てきます」

「あ! 一人じゃ危ないって!」


 バクも慌ててついてきた。




 林のところまで到着すると、本当に水際まで、いや水の中までも林が続いてしまっている様が見えた。

 狼人族の地にはもちろん海などないが、湖は存在する。眼前の景色は、私の目から見ても異様なものであるように感じた。


「ここは波がなくて穏やかみたいですね。さっきの砂浜よりも安全そうですし、ギリギリまで行きますね」

「危なくない? いきなり強い波が来てケイが目の前で流されるとか嫌だよ?」

「大丈夫です。流されたら諦めますので」

「こっちが諦め切れないって……」


 馬を一番手前にある木に括りつけ、林に入る。


「ケイ。手だけ握らせて」

「手?」

「えっと、おかしな意味じゃないよ? 命綱になるような紐とか持ってきてないから……」

「そうですか。ではお願いしましょうかね」


 変に突っ込みを入れたのが悪かったのか、彼は自身の手を何度も服でゴシゴシしてから、少し遠慮がちにスッと握ってきた。


「気を遣ってくれているのはうれしいのですが。その握り方だとあまり意味がないかもしれません」

「そ、そうだね。ごめん。じゃあ強く握らせてもらうよ」


 バクが強めに握り直す。

 まともに彼と手と手で握り合うのは初めてだった。けっして大きくはない。ただ、意外に硬い感触で、しっかりした手であるように感じた。




 林の中を歩き、不思議なまでに穏やかな水際まで着いた。

 まだ林は終わっていないが、結構な数の木において根元が沈んでいた。近づけるギリギリまで行き、沈んだ根元を観察しようとした。


「え」


 “それ”を見て、私は思わず声を上げてしまった。

 バクが、握っている私の手を強く後ろに引き、自身はパッと前に出る。そして剣を抜き、注意深く前方を確認した。


「何もいないみたいだけど……どうしたの?」

「水の中に大きな生き物がいた気がしまして」

「生き物!?」


 バクは驚き、水の中を再度観察した。


「……あー、そういうことか」

「?」

「ケイ、これ木の一部だよ。木の根元って根っこが地上に出てて、触手みたいな感じで広がってることがあるでしょ? それが水の中にあって生き物に見えてただけだと思う」

「なるほど。根上がりの部分が見えていただけでしたか。驚いてしまいまして申し訳ありません」

「いや、でも海は恐ろしい生き物がいっぱいいるらしいから、それくらい注意深いほうがいいよ」


 そう言って笑うバク。

 私はそれを見て少し安心するとともに、単純な疑問が湧き、彼に尋ねた。


「バク。この木は……海の水に浸かっても生えるものなのですか」


 その疑問をぶつけられた彼は少し考えて、言った。


「いや、海に浸かった林なんて見たことないかも。普通の木は水に浸かると枯れると思うから」


 私はあらためて眼前の景色を見た。

 水上の部分については……海の沖側へ行けば行くほど枝葉が衰退している。先のほうでは、完全に枯れたのか葉がまったくない木や、幹が途中から折れている木もあった。さらに先には、根元近くから上が消えて切り口の汚い切り株のようになってしまっているものが広がり、その先はまぶしい海の景色のみが広がる。


 沖の光に向かって、林の木たちが枯れながら進んでいる。集団で入水している。

 そんな光景であるようにも思えた。

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