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第10話(やっぱり自分が守りたい)

 帝国軍の侵略は続いた。

 戦果は挙がっているようで、爬虫人族はついに都を落とされたらしい。


 この大陸は基本的に南に行けば行くほど地理的な条件が厳しい。爬虫人族の住んでいた地の南は、険しい山岳地帯である。そしてさらに南は、ブルードラゴンの棲み処――広大な氷床に覆われた、あらゆる生物を拒む極寒の地とされる。


 よって爬虫人族は東に逃れ、オーク族と連携しながらなおも激しく抵抗を続けているのだとか。


 バクについても、帝国の英雄として出陣し、手傷を負いながらも凱旋し、そして相も変わらず膝の上で回復魔法を受け、また出陣していく――ということを繰り返している。


 英雄となるほどの武功をあげた人物なら、武芸には当然優れているはず。なぜ毎回負傷するのか。

 さすがに一度、「なぜいつも怪我を?」と突っ込んだことがある。


「俺の部隊がいつも軍の先頭にいるからっていうのもあるけど、まだ俺は剣がそこまで上手くないってのもあるかも」


 そんな答えだった。

 後半部分は謙遜だろうが、前半は事実なのだろう。


 彼は英雄扱いされるようになってから軍の一部隊を任されているらしい。その位置が軍の先頭というのは、彼の役割を考えれば当然だ。




 * * *




 私はまとまった日数の休暇を取ることになった。

 目的は、海を見に行くためだ。

 もちろん観光目的などではない。


「海を確認してもらいたい」


 そのように族長から言われたためだ。

 海というものは人間族の国ヴィゼルツ帝国領にしか存在しない。そのため、帝国の召使として潜入している私が適任ということなのだろう。


 帝都の城の召使に決まった休日はない。特に病気などにかからない限りは、毎日決められた仕事をこなす。ただし休みが許されないというわけではなく、各自申請をし、許可が出れば休暇を取ることができる。人によってはやや長めの休みを取り、生家に顔を出すこともあった。


 私の場合は通常の城の召使の業務のほか、バクの回復をしたり、本人から求められた場合に世話をしたりという役割もある。そのため、軍の予定次第では休暇申請をしても却下される可能性もあると思っていた。

 ところが、執事長に相談してみたら、申請自体はあっさりと認められた。すぐには出陣の可能性がないということなのだろう。


 ただ執事長は、“私が一人で旅をして海に行く”という点についてはやや難色を示していた。予定していた通り道は「かなり安全で、野盗などはほぼ出ない」という道だったのだが、兵士でも冒険者でもない召使の一人旅は危険すぎると言われてしまった。


 もちろん、私自身は特に道中に不安があるわけではない。いざというときには狼人態に変身して剣で戦うなり、狼態に変身して逃げるなりすればいい。万一野盗に遭遇しても、なんとかはなるだろう。


「よほどのことがない限り、自分の身は自分で守れます」


 そう言って執事長を説得し、最終的には了承を得た…………のだが。




「ケイ!!」


 帝都を出発するために馬車の駅に着くと、聞き覚えのある声が。

 声の方向を見る。


「おや? バク」


 彼だった。ここまで走ってきたのか、肩を上下させている。

 戦いに行くときのような立派な鎧姿ではなく、平服に皮の胸当てという恰好だった。ただ剣だけは、いつもと同じものであるようだ。


「俺も行く!」

「え、なぜです」

「聞いたよ! 一人旅なんて危ないって!」


 彼に旅のことは特に言っていなかったが、しばらく城にいなくなるため、他の召使たちにも事情は話していた。誰かから聞いたのだろう。


「前にも言ったはずです。わたしは剣もできます。いざとなったら自分の身は自分で守れますよ」

「ダメだよ! 召使が一人で旅するなんて聞いたことないし!」

「大丈夫。あなたは次の戦いまで体を休めて――」

「ダメったらダメ! 何かあってからじゃ遅いから! 旅なら俺と二人で行こう!」


 両腕を服の上からがしっと掴まれ、結構な声量と剣幕でそんなことを言われてしまった。


 私は海を見たらその場で族長と交信するつもりだった。なので、彼が一緒だと正直なところ少し不便だ。

 だが、ここまで言われて断る理由も見つからず、彼の厚意を頂戴することにした。交信については、その場でできないようであれば、帰りに最寄りの町の宿でおこない、現場の再確認が必要だったらまた次の日に海に戻ればいい。


「ではお言葉に甘えますが。あなたはこの国の英雄様です。周りはよく見てくださいね」


 周囲には人だかりができつつあった。

 まだ朝なので数は多くないが、帝都民は普通に道を歩いていた。帝都内でバクの顔を知らぬ者はいない。いったいどうしたんだ? 相手の人は誰? というような感じで見られてしまっていることだろう。


 彼の顔がまた茹蛸のように変色したのは言うまでもない。




 * * *




 大陸北岸の海岸線は、東西まっすぐではない。そこそこ複雑となっている。


「海を目の前で見られるところであれば、どこでも構わない」


 それが狼人族の族長からの指示だった。そのため特にひねることはなく、執事長に届けていた経路をそのまま通り、帝都から最も近い海岸を目指すことになった。

 一番近い町まで急行馬車で行き、そこから馬を二頭借りて海岸へ行くことになる。


 急行馬車では、特に何事もなく順調だった。

 が、事件は往路の最後の一日、馬を借りて海岸に向かっている途中に起こった。

 ほぼ出ないという話のはずだった野盗が、二人の前に現れたのである。




「さて。持っている物全部と馬を置いていってもらおうか」


 抜剣した体格のよい中年男が、薄笑いを浮かべながらそんなことを言ってくる。

 私の前にいたバクは何も答えず、サッと馬を降りた。


 野盗は二人いた。もう一人は、おそらくまだ若いであろう細身の男。そちらも薄笑いで抜剣している。

 他にも誰か潜んでいないかどうか、私はすぐに、周囲の草むらや、まばらに生えている樹木を確認した。が、特にそのような気配はなかった。


 こちらには、英雄として広く知られるバクがいる。なのに野盗は二人だけ。

 さすがにバクの名を知らない可能性はないだろうが、顔までは知らないのだろう。野盗ならばそれも不思議ではない。『ただの男の子とその保護者の二人組』と思われ、与しやすしという判断をしてしまったのかもしれない。


「ああ。後ろのベッピンさんは、持ち物だけじゃなくて丸ごといただくから。よろしくな」


 二人の薄笑いがさらに下卑たものとなる。

 どうやら私の性別も勘違いされているようだ――と思うと同時に、バクの体にギュッと力が入ったことが後ろからでもはっきりとわかった。


「ケイは馬を見てて!」


 彼はそう言って剣を抜きながら、野盗へと向かっていく。

 まずは二人組のうちの、体格に劣る若いほう――とは言っても彼と同じくらいの大きさではあるが――に突進していった。


 その動きは、二匹の手綱を持って眺めていた私の目には、驚嘆するほどのものではないような気がした。

 しかし彼は英雄と言われているくらいだ。剣の腕は人間の中では突出しているはず。野盗相手に不覚を取るなどありえないだろう。そう思い、あまり心配せずに見守ることにした。


 ところが。


 彼は最初に狙った一人は難なく吹き飛ばして倒したものの、もう一人の体格のよいほうに対しては戦いが長引いていた。


 ――おかしい。


 強い違和感。

 バクが戦っているところは初めて見る。もちろん動きも遅くないし、剣技もおそらく悪くはないのだろうと思うが、そこまで圧倒的な実力があるようには見えない。常識の範囲内にとどまるのではないか。


 いま戦っている体格のよい野盗に対しては、重そうな斬撃をなんとか受けるという展開が多くなっていた。むしろ押されているようにも感じる。

 体格差があるので力負けするのは仕方ないが、それを技術で覆せそうな雰囲気にはあまり見えない。


「ぐっ」


 ――!


 バクから苦悶の声が上がった。一撃もらってしまったようだ。側腹部を斬られ、腕で庇いながら一度退いて間合いを取る。


「バク! 私も加勢――」

「大丈夫!」


 剣を抜いて戦いに加わろうとしたが、彼は背を向けたまま拒否した。

 そしてまた彼は地面を蹴り、斬り込んでいく。それを受ける野盗。そのまま力でバクの剣を側方に押しやり、できた隙を咎めて鋭く剣を突いた。


「うっ――」

「バク!」


 その一撃は、バクの上腹部に刺さったように見えた。もしかしたら革の胸当てを貫通しているかもしれないと思った。

 しかしそれでバクが怯まなかったのは、野盗にとっては誤算だったようだ。

 バクは刺された状態のまま、自身の剣を振るう。剣を戻すのが遅れた野盗は、強烈な平打ちを側頭部に食らった。


「――」


 声を上げる間もなく、野盗は失神。そのまま崩れ去った。

 かなり危なっかしかったが、撃退だ。


 ゼエゼエと肩を上下させるバクの胸当てからは、ぽたぽたと赤い血のしずくが落ちていた。

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