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第9話「自種族にしか興味を持たぬ……はずなのに」

 浴場をあとにした私とバクは、脱衣室に移動した。

 着替えを渡す前に、念のためにバクを椅子に座らせ、あらためて全身を確認した。


 わき腹と脇を見るために腕を持ち上げようとすると、バクの体が一瞬ビクンとなる。

 顔を見ると、そっぽを向いている。


「なぜ恥ずかしがっているのでしょうかね」

「……見られてる、から?」

「見ないとわかりません」

「そりゃそう、だよね、あはは」


 とりあえず確認を進めると、足に傷があることに気づいた。


「意外と深そうな傷が……。あなたの自己申告は信用しないほうがよさそうですね」

「んー。縫うほどじゃなかったし、これくらいは怪我のうちに入らなくない? 心配する必要ないよ」

「あなたが判断することではないでしょう」

「あはは」

「まあ、この浴場のお湯は清潔ですし、傷が不潔なままのほうが化膿の危険があるので駄目ですけどね」


 念のために持ってきていた包帯を適当な長さにカットし、バクの足に巻いていく。


「へー。ケイ、包帯も巻けるんだ」


 バクが驚いているが、私にとってはごく当たり前のことだった。

 魔法が効く前にどれくらい失血が防げるかで、その後の回復速度が全然違う。また、効き始めた後も、傷口が化膿していた場合は治りが悪くなってしまう。やはり、怪我をした後の処置というものは重要だ。


「バクも知っているはずですが、私は高官の家の生まれなどではありませんからね? 怪我の応急処置の仕方くらいは小さいころに覚えさせられています。剣だって振れますよ」


 もちろんこれは嘘ではない。種族皆兵の狼人族で剣を振れぬ者などいない。


「ケイが剣かぁ。なんか全然想像がつかないなあ。だって女の子もびっくりなくらい顔キレイだし」

「……」

「あ、変な意味じゃないよ! 他の召使さんに聞いてもみんなそう言ってるからさ!」

「他の召使さんたちに私のことを聞き回っているのですか?」

「あああっ」


 私の素性を怪しんで調べているということではないと思うので特に問題ないのだが、ついつい突っ込んでしまう。

 どうもこの狼狽ぶりが面白いと感じ始めている自分がいるようだ。


「別にかまいませんので落ち着いてください……。人並みには剣もできると思いますので、軍に同行して戦場に行きたいと執事長にはお伝えしているのですが、なかなか了承が得られないのですよね」

「あっ! そんなの危ないからダメだって!」

「あなたの活躍で、だんだんと戦場と帝都との距離が長くなっています。そろそろ私も付いていったほうがよいと思うのです。そのほうがあなたは助かるでしょう?」

「ダメ! 何が起きるかわかんないよ!? 怪我するかもしれないよ!?」

「そうしたら治せばよいのでは」

「怪我するのがダメ! 絶対ダメ!」


 彼は座ったまま、手だけでなく包帯を巻き終わったばかりの足もバタバタさせ、そんなことを言ってくる。

 その必死さから、少し思い当たるものがあった。彼に目を合わせ、聞いてみることにする。


「もしかして。私の遠征同行について、執事長が『強硬に反対しているお方がいらっしゃる』とおっしゃっていましたけど……あなたですね?」

「……」


 目を逸らせて頭を掻いているところを見ると、どうやら図星らしい。

 機会を見計らって再度執事長に相談せねばなるまい。




 * * *




 夜の城は静かである。

 私の部屋で聞こえてくる音といえば、巡回する兵士の足音と、キュキュキュという夜鳥の鳴き声くらいなものだ。


 狼人族は常態の姿でも、夜への適応性が人間よりやや高い。月明かりだけでも部屋で家具にぶつかることなどはなく、足を引っかけて転倒することもない。

 私はランプの明かりをつけることなくクローゼットを開け、多数かけられている服の中に左手を差し込んだ。

 狼人族の族長に対し、自分の最近の活動や、人間の国――この帝国の動きについて報告をするためである。


 左手の薬指から発せられた、青い光。覆っているクローゼットの服からはわずかに漏れているが、誰にも感づかれることはないだろう。


「なるほどな」


 一通り報告を終えると、服の中の左手から感心したような声が聞こえてきた。


「他の種族が勝手に情報をよこしてくるからすでに知っていた話もあったが……。やはり人間族の都でしか知りえない貴重な情報は多いものだな。大変助かる。ケイ、お前はよくやってくれている」


 落ちついてはいるが、満足そうなトーンだった。


「やはり、私を潜入させているご事情はまだ教えていただけないのでしょうか?」


 この質問は何回目だろう。もう数え切れない。


「目的は言っているはずだが? 人間族についての情報収集だ」


 もちろん、これは求めていた答えではない。


「我々狼人族は自種族にしか興味を持たない種族であったはずです。本来人間族などは興味の対象外のはずですし、そのうえ、たとえいずれ敵になることが予想されようとも我々は諜報行為などを良しとしないはずでは? 私が送り込まれたのは、何か族長にお気持ちの変化があったのではないかと思っておりますが」


 つい、詰問するような言い方になってしまう。


「ふむ。まあ、思うところがないわけではないが。それはまだ知らないほうがよいだろう」

「……わかりました」

「それよりも、だ。例の人間、バクと言ったな。お前とはさらに絆が深まってきていると想像するが。どうだ?」


 はぐらかされた上に、バク個人の話題である。


「どうだと言われましても。距離が縮まっていることは間違いないと思っていますが」

「よいことだ。では彼について確認したい」

「何を知りたいのです?」

「彼は城の兵士用の部屋に住んでいると言っていたな? 家族構成について聞いたことはあるのか?」

「ええ、本人から直接聞いています。両親が離別する際、どちらも育てるだけの余力はなく、彼を引き取ろうとしなかったそうです。そのため、彼は幼い頃から教会で育てられたとのことです」

「教会?」

「はい。教会が孤児を引き取って育てる施設を併設していることがありますので。人間も我々と同様、ある程度の年齢までは親に育てられますが、その親がいない場合は、そのようなところに引き取られることになるようですね」

「ふむ。人間の中ではかなり不遇な立場から英雄に成り上がったということになるのか」

「そうなりますね」


 なるほど、と族長が納得する。


「他には何か、彼について判明していることで、私がまだ聞いていない情報はあるか?」


 しばし考え込んだ。そして一点、伝えていない情報があったことに気づいた。


「うっかり忘れておりました。いつも彼は遠征の直前直後に民に向かって演説をしているのですが、その内容は文官が作成し、それを読みあげているそうです」

「ほう。言葉を言わされている、と?」

「はい。自分の言葉ではないと言っていました」

「言葉が不自由と言うわけではないのだな?」

「むしろ私の前だとよくしゃべります。まだ子供であることと、特に学があるわけではないということで、きちんと民衆に話せないからだと思います」


 族長は特にそれ以上踏み込んでくることはなく、通信も終了した。

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