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第7話(よかった)

 城の浴場は、庭の中に独立した施設として存在している。

 基本的には、六角形の浴場と脱衣室があるだけ。帝都の公衆浴場のように、談話室や運動場などの付随施設があるわけではない。浴場も小ぶりだが、それでも二十人くらいは同時に入れるほどの大きさがある。


 お湯は上水道を温めているわけではなく、城の外で湧いている温泉を引いてきている。途中で源泉が冷えて、浴場に流し込まれるころには温度がちょうどよくなるようになっていた。


 詰所の管理人に挨拶をし、バクの着替えを所定の場所に置くと、浴場のほうへと入った。


 採光がしっかりしており、明るい。壁……というよりも衝立が上手く配置されており、屋根もあるため城の二階以上からでも覗かれない仕組みになっている。浴場は石造り。水際は階段にはなっておらず、緩やかな傾斜になっていた。


 私が入ってきたときには、すでにバクがその傾斜を使い、腰のあたりくらいまでお湯に浸かっていた。両手は後ろにつき、上半身は起こしている。


「失礼します」

「うぁああっ!」


 背中側から一声かけると、なぜか飛び上がらんばかりの反応。


「……あなたなら、人が来たことくらい気配でわかるのでは?」

「わからないって!」


 バクは慌てて後ろに置いていた布を拾い、股間に当てた。

 お湯はわずかながら濁りがあるし、水面の反射などもある。そこまで見えてしまうことはないと思うが、念のための措置だろう。


「えーっと……」


 そして彼はキョロキョロ周りを見ている。その意味はとりあえずわかった。


「大丈夫。あなたがここを使うということは城の皆さんにも言ってきました。浴場の管理人さんも、あなたが使っているうちは他の人を通すことはしないとおっしゃっていました。つまりこの場は誰にも見られません」

「そ、そうなんだ。なんか申し訳ない、かも」

「あなたは立場が特別ですから、申し訳なく思う必要はないのでは? それに、午前中に入る人なんてそういませんから、迷惑にはならないと思いますよ」

「なるほど、それもそうだね」

「では、着替えは更衣室に置いておきましたから。他に必要なものがあれば持ってきますが?」


 彼が頭を掻く。


「あー、必要なものというか、その」

「?」

「誰かに見られちゃう心配がないなら……いつもの、ここでもできたりする?」

「上がってからかな? と思っていましたが。まあ、ここでもできますね」

「あっ、でもケイの服が濡れちゃうか」

「私が着ている召使いの服でしたら、予備を持ってきているので大丈夫です」

「そ、それじゃあ、お願いします」


 私は彼のすぐ後ろにつき、自身の太ももが水際のラインに沿うような向きで横坐りした。ちょうど彼が後ろに倒れてきたら、その頭が太ももの上に乗る塩梅になるように。

 床の材質は石で硬いが、磨かれてきれいに均されている。足を痛める心配はない。

 準備完了である。


 バクの上半身がゆっくりと倒れ、頭が私の右太ももの上に預けられた。仰向けで、胸から下はお湯に浸からせている状態となる。

 私の足もギリギリお湯に浸かっている。お湯が適温ということもあり、心地はよかった。


「どうですか? バク」


 彼に、聞く。


「いい感じ!」

「そうですか。よかった」


 右手を彼の額に当て、回復魔法をかけ始めた。

 回復魔法がかかると、かけられている側には独特の脱力感がある。彼の手足は、みるみるうちに揺れているお湯に溶け込んでいった。


 上半身は沈みが浅いため、しっかりと裸の状態で見えている。

 やはり、大人の兵士に比べれば線は細く、かつ少年特有の柔らかさが感じられた。だが、存在感のある大胸筋、引き締まった腹部、そして脱力していてもわかる腕の筋肉。狼人族の同年齢の子と比べても遜色のない、見事な体と言えるだろう。


 そろそろ寝ただろうか?

 そう思い、空いている左手で湯を掬った。そしてバクの黒髪を濡らし、ゆっくりと洗っていく。


「……ぁ……」


 彼の口から、わずかに声が漏れた。


「あ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか。余計なことをしなければよかった」


 そう言うと、彼の目がバチッと開く。


「ううん、全然余計じゃないし!」

「気持ち悪くないですか?」

「逆! ちょっと恥ずかしいけど……」


 頭は動かせないので、目だけ少し逸らしながらそう言う彼。

 引き続き、頭皮を指の腹で撫でるように洗っていく。


「あ、そうだ。今まで怖くて聞けなかったんだけど」

「はい?」

「ケイはいちいち膝枕するのって、どう思ってるの」

「どうって……これも立派な仕事だと思っていますよ。私は城の召使ですし、執事長からは特にあなたの回復と、あなたに頼まれた仕事を最優先するように言われています」

「仕事……」


 ポツリと、力のないつぶやき。私はバクの求めていた答えを返せなかったことに気づいた。


「大丈夫。嫌だと思ったことはありません」


 補足した瞬間に、彼の顔はパーッと明るくなった。


「そっか。そう言ってもらえるとうれしい!」


 一気に生き返ったようである。単純な人だ――そう思った。


「『今まで怖くて聞けなかった』とはどういうことでしょうかね」

「だって『本当は嫌だ』って言われたらきついし」

「嫌ならやりません」

「はー、よかった」


 目を閉じて大きく息を吐いた彼。本当に安心したという様子だ。

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