今回の戦いも、相手が爬虫人族とオーク族の連合軍だった。
かなり激しい戦いだったという。
軍が帝都に帰還したという知らせを受けると、私はいつもどおり、城の関係者や帝都民たちとともに、凱旋した帝国軍の出迎えに加わった。
大神殿の前の広場で、軍の到着を待つ。
広場から帝都入口からまでつながっている大通りの両側に、出迎えの帝都民が所狭しとひしめき合っている。私の位置からはよくわかった。
大きく熱狂的な歓声が、近づいてきた。遠征軍がすぐそこまできていることを知らせる合図だ。
見えた。
先頭はもちろんバクである。まるで歓声を一手に引き受けているかのような彼。立派な馬に乗り、鎧を輝かせながら、帝都民に手を振って応えている。
彼は大神殿前の広場に入ってくると、馬上から少し首を伸ばし、頭を動かした。そして私と目が合うと、その顔にほんの少しの無邪気さを混ぜ、手を振ってきた。これまた毎度のことだ。
最初はたまたま彼が自分の方向を向いているだけだと思っていた。だが以前、遠征の凱旋のあとに、彼から「今回はすぐに見つかったよ」と言われたことがあり、わざわざ群衆の中からこちらを探しているということがわかっている。
もちろん、それも嫌な気などはしないわけだが。
私は他の召使と同じ格好であり、決して目立っているわけではなく、探すのは大変であるはず。どうせ後で会うのに……と思わなくもない。
バクが壇上に立った。
帝都民の全員が彼に注目している。
大神殿に向かって、戦勝報告が始まった。
「我々は勝利した。神聖なる我が帝国の領土を脅かした愚かな蛮族どもはその骸を惨めに晒し――」
だからそれは違う――と、いつものように心の中で言葉を遮り、反論をする。その思いをここで口にすることが決してできないとは、知りつつも。
毎回そうしておかないと、徐々にこの雰囲気に飲み込まれてしまいそうで、怖いから。
* * *
その日の夜。コンコンというノックの音がした。
ノックの仕方はいつもと変わらないが、今回は時間がかなり遅かった。もう城の者は当番を除いて就寝しているはずだ。
不思議に思いながらも「はい」と返事して、私は自室の扉を開けた。が……。
「――!?」
部屋や廊下のランプの明かりに照らされたバクの姿。なんと上半身に服を着ていなかった。そして着ていないのに、肌の露出がほとんどなかった。
包帯でぐるぐる巻きの姿だったのだ。
「ごめん、驚いたよね。実は今回けっこうキツイ戦いでさ。だいぶ怪我しちゃって」
「……」
彼は毎回怪我をして帰ってくるが、今回は今までで一番程度がひどいようだった。
「大丈夫、心配しなくていいよ。応急処置はしてもらってるし、命にかかわる傷じゃないはずだから」
「こちらが心配する、しないは、あなたが決めることではないですよね」
苦笑いして黒髪を掻く彼。
とりあえず中へということで、部屋に招き入れた。
「少し、フラフラしていますか?」
「あれ、わかる? だいぶ血が出ちゃったからかも」
「さっきの戦勝報告のときはしっかりしているように見えましたが」
「うーん、あのときは気が張ってたからかな?」
剣を置いたり靴を脱いだりするのは私がやってあげよう――。
そう思い、「まずはベッドに座って」と言おうとしたときだった。
「――!」
部屋が、揺れ始めた。
地震だ。
珍しいことではない。現在はよく起こっている。
昔は地震などほとんどなかったという。起こるようになったのは二十年くらい前からだとか。ここ数年は頻度も上がってきており、執事長の話では、そのせいで各地の石造りの建物が傷んできているとのこと。
今の揺れは決して大きなものではない。自分は立ったままで十分耐えられるものだったが――。
「あっ」
バクの声。彼は踏ん張れなかった。こちらへと倒れ込んできた。
「……っ」
毛足の長いカーペットの上に、押し倒されたかたちになった。
だが、つぶされたという感じはしなかった。バクはこちらを押しつぶさないよう、とっさに両手を腕立て伏せのような形で出していたようだ。
彼は怪我で力が入らなかったであろうことから、無圧というわけではない。でもどこか優しい圧。
そして彼が起こした微風……。カーペットの匂いに混じり、違う成分も感じた。
「ああっ。ご、ごめん」
覆いかぶさった格好になったバクは、慌てて体を起こしながら、大げさに離れる。
「私なら大丈夫ですが……体を拭いてきたのですね?」
「へえっ? な、なんで?」
「汗臭くはないみたいですので」
「あ、う、うん。医務室で包帯巻き直してもらうときに怪我してるところは拭くんだけど、そのついでに全身……。というかまあ、汚れたままでベッドに上がるのはマズいし、いつもそうしてる、かな。うん」
「別に気を遣わなくてかまいませんよ。もしかしたら、その無駄な時間のせいで大事になるかもしれないですし」
「い、いやそういうわけにもいかないって」
バクにベッドの端で座ってもらうと、彼の剣を外し、靴を脱がせる。
それが終わると、私はベッドの上で横座りした。
「はい、どうぞ」
例によってわかりやすく顔を赤くしていたバクに対し、手で膝の上を示す。
「よ、よろしく……」
膝枕で仰向けになった彼の前頭部に手を当て、回復魔法をかけていった。