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第2話 柚木清司

 美野里さゆ。見つけた。俺の初恋の人。


 俺の父親はイタリア人だ。父親の血を濃く受け継いだ俺は子どものときから奇異の目で見られるか、綺麗だの格好いいだの言われてきた。


 そんな目で見られ続けたおかげで俺はすっかりひねくれ者に育ったけど、道を踏み外さなかったのは幼なじみのリサのお陰。


 あいつも俺と同じく、イギリスとのハーフなんだとかで、奇異の目で見られることが多かったが、リサは俺と違ってそういう奴らとは戦って勝って来ていた。


 そんなリサを気の合う同志のような存在だと思っていたけど、お年頃になってもリサに恋愛感情を抱くこともなかったため、本当にいい友人だと思っている。


 俺も父さんたちみたいな熱愛をしてみたいなと思うこともあったが、自分には関係ないことなのかもしれないと思い始めていた頃、美野里さんに出会った。


 それは中学の時、友達が他校の奴らと練習試合をするとかで、面倒だったけど休みの日にわざわざ学校に応援に行った時に会った他校の生徒。


 美野里さんは迷子になっていたみたいで、渡り廊下のところでひっそりと泣いているのを見つけて、普段の俺だったらスルーするはずだったのに、どうしてか分からないけど、彼女に声を掛けた。


 俺を見る彼女の顔は涙に濡れていて、とても綺麗に見えた。


 泣いている女の子は何回も見て来たことがあったけど、それを見て綺麗だなんて思ったことはなかったのに、その姿に今まで感じたことのない胸の高鳴りと、初めて女の子に対する興味が湧いた。


 あの時、名前とどこの学校というか、連絡先を聞いておけばよかったのだろうが、あの時の彼女の涙があまりにも綺麗で、儚げで、あのままにしおけなかったというか、気が動転していて、そのことを失念していた。


 道に迷ったのかと聞くのが精一杯で、他のことを聞く余裕がなかったから。 彼女と別れた後、そのことに気付いたけど後の祭り。


 彼女の姿はどこにも見えず、いつの間にか試合も終わっていたから手掛かりらしい手掛かりもなかった。


 後日、彼女の学校を調べたかったが、あの日うちの学校に来ていた他校の奴らは複数あったらしくて、俺の力だけじゃ特定できなかった。


 制服で特定出来たらよかったけど、彼女は私服だったからそんなの分かる訳もない。


 だけど、大学に入ってから再会した彼女は、中学の時より背も髪も伸び、まるで神様が端正込めた人形のように綺麗になっていて、また俺は彼女に一目惚れしたのに、美野里さんは別の人の彼女になっていた。


 あの時の再会出来た喜びと友人の彼女になっていたという衝撃で、メンタルがぐちゃぐちゃになった。


 美野里さんがフリーだったらガンガン行って付き合ってもらえたかもしれなかったのに!


 自分のタイミングの悪さにのたうち回りたくなったが、しばらくするとリサの様子がおかしくなった。


 何があったんだ? と聞いてもリサは中々答えなかったけど、しばらくするとぽつりぽつりと良介のことが気になっていると言い出した。


「けど、原田君は美野里さんと付き合ってるから、この気持ちはあたしの中だけにしまっておくつもりよ!」

「ああ、うん。それはそうだよね」

「うん。でも、清司は……」

「俺?」


 何で俺? 


 俺が美野里さんのこと好きだってことは誰にも言ってない。


 まさか気付かれていた? とどきりとする。


「だって、清司が前に言ってた子ってあの子なんでしょ?」

「……いつから気付いてた?」


 意味が分からず、リサに聞き返す。誰にもこの気持ちは教えるつもりなんてなかったから、悟られないようにしようと気をつけていたのに、リサにはバレていたなんて。


 もしかして、良介や美野里さんにも気付かれていたんだろうか?


 だから良介は美野里さんと話し合いもせずに、リサと付き合い出したんじゃないかって勘ぐっていたらリサに小突かれてしまった。


「いてっ!」

「あんたあたしが何年あんたと一緒にいたと思ってんのよ。他の人が気付かなかったとしても、あたしはあんたのことなら簡単に気付くわよ」

「……じゃあ、美野里さんや良介には知られてないんだな?」

「そうなんじゃない?」


 リサは良介が好き。俺は美野里さんが好き。この時、両者の意見が合致した。


 だからといって、二人の邪魔をするのはどうかと言って特に何もしなかったけど、それでも、チャンスがあれば声を掛けたり、二人の邪魔をする訳でもないが、二人が深い仲になる前にと間に入ったりもした。


 美野里さんが俺のこと覚えているか分からなかったから。


 でも、それならそれでいいやと、最初は挨拶程度から近寄って行った。


 中学の頃に、リサには気になる子が出来たことは伝えてあったが、高校に入った辺りからリサにちょっかいを掛ける奴が増えた。


 別にそれだけなら大変だなとしか思ってなかった。だけど、それが俺のところに飛び火するまでだった。


 女の子には小さな頃から綺麗な顔だと褒められることが多かったけど、その分面倒ごとも増えていた。


 それはリサも同じだったけれど、二人揃っていたらみんな話し掛けにくいのか、あんまり声を掛けて来ることがなかったので、リサと遊んでばかりいた。


 そしたら、何故か俺とリサが付き合っていると噂が立ち、その度に否定して回っていたが、それも段々と面倒臭くなった頃、リサの提案で付き合ったふりでもどう? と言われた。


 最初は中学の時に出会った女の子の顔が忘れられなくて、断ろうとも思ったけど、お互いに好きな人が出来たら別れたことにすればいいと畳み掛けられれば、それならと了承してしまったのは、今となっては悪かったのか。


 いや、悪かったのだろう。


 リサはそれで美野里さんにひっぱたかれたんだし、俺にもあまり関わり合いになりなりたくなさそうだったが、せっかく会えたのに、ここで逃がしてあげられる程、俺も優しい性格はしていない。


 それに、本人にも勝手にすればいいと言われたのだから、これからじっくりと勝手に口説き落とすつもりだ。


 ようやく見つけたんだから、美野里さんが俺から逃ようと思わなくなるぐらい、優しくしてこっちに目を向けてもらい最終的には恋人、いや、夫婦になれたらとまで想像する。


 ただ、今の状況だとそこまで行くのにかなり先のことになってしまいそう。


 何かいい秘策とかあればいいのだけど、そんなもの知らないので、自分で頑張るしかない。


 とりあえず、嫌だけど良介に美野里さんが好きなことや物とか、聞きに行くかと思ったらタイミングよく良介が歩いているのが見えて駆け寄る。


「良介! ちょうどよかった!」

「どうした清治? そんなに慌てて」

「美野里さんのことお前俺より詳しいだろ」


 そう言うと良介の顔は嫌そうに歪められた。


 良介からしたら別れたばかりの元恋人のことを聞かれるのは不本意かもしれない。だけど、俺からしたらかなり切羽詰まっている。


 それに、良介はリサと付き合い出してから、俺が美野里さんにずっと片想いしていたことを知った。


 俺が美野里さんのことを好きだって知らなかったらしい良介は、すごく驚いていたが、そういうことなら頑張れよと応援してくれたっていうのに、この扱い酷くねえか?


「なあってば」

「……あのなぁ、いい加減にしろよ」


 こいつというか、リサのせいで引っ掻き回したようなもんだから美野里さんとの距離が縮まるように協力してくれたっていいじゃないかと相談に行くが、毎回断られてる。


 あの時の応援は本当に何だったんだ?


「俺はさゆにはブロックされて連絡も取れないし、あいつからしたら俺たちとはもう連絡なんて取りたくないだろが」

「そうかもしれないけどさ……ちょっとぐらい協力してくれたっていいだろ」

「こういうのは自分の力でやった方がいいぞ。他人に協力してもらえるって考えてたらいつまで経ってもさゆは手に入らないだろ」

「……お前に期待した俺が馬鹿だったか」


 でも、俺よりは知っていることはあるだろと睨むが、良介は何も言うつもりはないのか、早々にこの話を切り上げようとしてくるので、こりゃ役に立ちそうにない。


 良介の隣にいるリサは話題が話題だから申し訳なさそうに俯いてる。


 リサがいない時にすればよかったんだろうけど、こっちもそれだけ必死だからすまん。


 後でなんか埋め合わせするから今日のところは諦めてくれ。


 この話題をするときリサはいつもこうなので、仕方ないとはいえ、別のところですればよかったと一瞬後悔したが、良介は人気者だからリサと一緒の時以外は中々捕まらないんだよな。


 その人気も美野里さんと別れたことでちょっとだけ陰ったけど、それでも、こいつの人気はまだまだ健在だ。 


 ちょっと用事があるとかで、すぐにどっか行ってしまうし、中々戻ってこないこともしばしばある。


 だから良介は見掛けた時に声を掛けておかないと次にいつ会えるか分からない。


 講義の合間に声を掛けようとしても、一瞬目を離した隙に消えてしまうし、スマホだってしょっちゅう通話中だったり、用事があるのか中々出ないこともよくあるからこういう時に捕まえて聞いておくんだよ。


 文句を言ってくる良介に俺も文句を言いたくなったが、ここは自分の方が美野里さんのこと聞いてる立場なんだからと我慢するが、あんまりな態度にそろそろキレそう。


 お前らのせいでこっちは拗れてるのに、文句まで言ってくんじゃねえよ!


 というか、美野里さんもこんな奴じゃなくて、俺の方が先に出会っていたらここまで話がややこしくはなってなかったんじゃないのか?


 あれから美野里さんに何度か会いに行っても、美野里さんの友達に阻止されたり、逃げられたりとほぼ進展のない状況に文句の一つや二つ出たっておかしくはない。


 自分たちはさっさと付き合ったんだから、少しぐらいはこっちに協力してくれたっていいじゃないかと文句の一つや二つ言いたくなる。


 リサは無理でも、良介は美野里さんの情報を何か一つでも吐き出せよと蹴り飛ばしたくなった。


 美野里さんは良介とリサが付き合った直後、しばらく大学に来てなかったような気がする。


 あんまり重なってる講義なかったし、あの時はリサと良介の二人がそれなり以上に騒いでいたから美野里さんのことまで見ている余裕がなかったし、美野里さんの友達のガードが凄くて会えなかったから、その辺りのことはあんまり分からなかった。


 だけど、美野里さんの姿を全然見かけなかったので、多分そうなんだろうと思っていた。


 本人にその話を振るどころか、殆ど近付けない状況にやきもきするしかなくて、やっぱりリサ……じゃなくて良介のこと殴っておけばよかった。


 今からでも殴ってやろうかと思うが、それだとリサが悲しむかもしれない。


 それはそれで困る。うちの母さんリサのこと気に入ってるから、リサの彼氏殴ったら俺が母さんにボコボコにされてしまう。しかも、父さんも全面的に母さんの味方だから、俺を助けてくれないだろう。


 それは嫌なので、ぐっと我慢する。


 母さんの殴り方何でか知らねえけど、かなり痛いんだよな。しかも、母さんを怒らしたと父さんも怒るだろうしで、諦めた。親は怒らせるもんじゃねえ。


 あの時、美野里さんが聞いていたと知ったリサはしばらくは慌てたり、自分のせいで美野里さんが大学に来てないんじゃないかって、取り乱してたりしていて宥めるのが大変だった。


 良介も何度か美野里さんに連絡を取ろうとしていたが、既読にすらなってなかったので、多分ブロックされてしまったんだろう。


 良介だけでなく、俺やリサも既読にならないので、俺たちもまとめてブロックされてるんだろうな。


 二人は仕方ないとはいえ、俺までもブロックするのはさすがにやり過ぎなんじゃ? と言いたくなるが、それを美野里さん本人に伝えるチャンスもなく、そのままになっている。


 どうにか、美野里さんにブロックを解除してもらいたい。本人が無理なら友達から攻めるか。


 もう良介には期待しない方がいいな。


 二人に視線を向ければ、俺のことをちょっと気にした素振りを見せるものの、教科書を開いて予習する仲良さげな二人からソッと離れて美野里さんの友達を探すことにした。




◇◇◇◇◇◇




「無理」

「そこを何とか!」


 美野里さんの友達が固まって歩いているのを見かけて、近寄って行った。


 最初はめちゃくちゃ警戒されたし、怒鳴られたこともあったけど、それでもと何度も通っている内に何とか会話らしい会話が出来るようになってきたような気がする。


 美野里さんの姿は見えなかったけど、今優先するのは彼女たちだから好都合だ。そう思って彼女たちに声を掛けてお願いしたものの、けんもほろろな返事に頭を下げてお願いする。


「あのね、さゆはあの二人のせいで傷ついたの! それなのに、何でわざわざ傷口開こうとするの?」

「そうだよ意味分かんない! あの二人のことは考えられてもさゆの気持ちまでは考えられないの?!」

「いや、でも……」

「でもじゃない! それに、柚木君ちょっと前まで松葉さんと付き合ってたんでしょ? それなのに、すぐにさゆにちょっかい出すなんて軽すぎじゃない?」

「いや、その……」


 ちょっと俺の話を聞いて。


 何度も来ているのに彼女たちの怒りのピークが中々終わらない。


 彼女たちのあまりの剣幕に逃げ帰ってしまいそうになるものの、ここで逃げたらいつまでも美野里さんに近付くことすら出来ない。


 それに、リサとは付き合っていたフリをしていただけで、別に特別な感情なんてなかったと言ったとしても彼女たちには通じないというか、俺の話なんて聞いてくれそうにもない。


 これは出直した方がいいか? いや、でも、これで何度目だ?


 ちゃんと数えたことはないけど、五回か六回は同じことの繰り返しのような気はする。


 この辺りでちゃんと説明しておいた方がいい。彼女たちに怯んで逃げるのはもう終わりにしよう。


「あのさ、俺は美野里さんのことずっと好きだったんだよ」

「は?」

「どういうこと?」


 彼女たちの勢いが削がれた隙に、中学の時に出会ってから今までの経緯をかいつまんで話す。


「……何それ」

「どういうこと?」


 彼女たちは俺の話にぽかんとした顔の後、口々にどういうことだと言い合い始めた。美野里さんからは俺との思い出話とか聞いてないのかな? というか、やっぱり覚えてないとかだろうか。


 大学で再会出来たと喜んでいたのは俺一人だけだったのか。


 落ち込みつつも、ようやく話を聞いてもらえた安堵と、これからどんな返事が来るのかと考えると心臓がバクバク言い出した。


 しばらく美野里さんの友達は俺の話を黙って聞いていたあと、四人でああだこうだと議論し始めたが、すぐに俺に質問が飛んでくる。


 その質問の多さに圧倒されるが、ここで怯んだら美野里さんにいつまで経っても近付けない。なので、質問には一つ一つ丁寧に答えるようにしているものの、飛んでくる質問の量が多すぎる。


「それさ、ゆには言ったの?」

「この間会った時に……」

「なんでそんなややこしいことしてたの? 幼なじみだって言ったってそこまでしてあげる義理なんてないじゃん」

「そうかもしれないけどさ……」

「松葉さんが自分でするべきことでしょ? それなのに、柚木君は何で協力したの? 本当にずっとさゆのこと忘れられなかったのなら、松葉さんが何か言って来たとしても、断るべきだったんじゃないの?」

「そ、それは……」


 矢継ぎ早に飛んで来る質問にあれこれ返事をするが、次から次へとくるから言葉が追い付かない。


「でも、仕方ないよね。何年も会ってなかったんだから、他に目移りしても」

「いや、そんなつもりはない!」

「じゃあ、どうしてここまで話が拗れてる訳? 原田君と松葉さんだけだったらさゆもここまで怒ってなかったかもなのに、正直柚木君まで共犯なんじゃないかって疑っちゃう」


 しかも最後はぐうの音も出ないぐらい痛い質問だ。


 あの二人のことを俺に責める権利は俺にないってことか。そうだよな。ハタから見たら完全に共犯でしかないんだもん。


 俺だけ知らん顔するってのは無理があるよな。


「それに、ちょっと不誠実なんじゃないの?」

「え?」


 意味が分からなくてポカンとして美野里さんの友達の一人のロングヘアーの子の顔を見つめる。


 彼女は俺が理解してないのに気付いているのかいないのか、ペットボトルの炭酸飲料を飲んでる。


 他の子たちは俺そっちのけで良介とリサについてああだこうだと話し合っている。


 二人の評判がどんどん落ちていっているような気がしなくもないが、二人共というか、俺も自業自得だから仕方ない。


 謗りを甘んじて受け入れて、この子たちに美野里さんとの仲を取り持ってもらえないかと考えていたが、この様子だと多分無理そうだな。


 美野里さんとの仲を取り持ってもらえると安直に考え過ぎていたか。でも、ここで引き下がってしまえば、殆ど接点のない俺は下手したらこのまま接点のないまま卒業してしまう可能性だってあり得る。


 みっともなくとも彼女たちに頭を下げまくって、ドン引きされながらも何とか美野里さんと話を出来るようにしてくれると、確約してもらった。


 よかった。これで何とかなるかもしれない。


「……でも、あたしたちがお膳立てしても、さゆが柚木君に振り向いてくれるかは分からないからね」

「それはもちろん。自分で努力するから」


 釘を刺されたのでそう答えたが、やっぱり無理だよなと落胆しそうになった。


 だが、美野里さんと話が出来るのなら、そこから自分で何とかすればいいだけ。今までみたいに何日も会えなかった日々を思えば、ようやく美野里さんとの接点を持てるのだから、これぐらいなら何ともない。


 美野里さんの友達のにお礼を言って、セッティングしてくれたチャンスを逃さないように。


 ついでにブロック解除をしてもらえるようにと願いながら、行動を開始した。




◇◇◇◇◇◇




「……何でここに」


 呆然とする美野里さんにうっかり笑ってしまいそうになるが、笑ってしまえば、美野里さんは余計に機嫌を悪くなってしまいそうだから、頬の内側を噛んで笑わないように気をつける。


「偶然だね」

「……」


 美野里さんはバイトが終わって帰るところだったみたいだが、俺の顔を見て肩に掛けていた鞄をしっかりと握り直してる。


 不審者扱いされたことにちょっとショックを受けるが、せっかく美野里さんの友達からもらったチャンスを逃してたまるものか。


 美野里さんの友達には美野里さんのバイトが終わる時間と、大体どの辺の道を聞いただけで、バイト先で待っていた訳ではない。


 だけど、この様子だとバイト先で待っていたら、警察を呼ばれていたかもと考えると、この辺りで待ち伏せしていて正解だった。


「今帰り? 俺もなんだけど、途中まで一緒に帰らない?」


 警察を呼ばないだろうかと冷や汗を掻きつつ声を掛ける。


 辺りは住宅街が近いこともあってか人気がないことに、警戒心が働いているらしい。


 不安に思わせないように両手を上に上げて何もしないよと告げても、彼女の視線は厳しいままだった。


 うーん。このまま警戒されるのは俺としても、ちょっと悲しいので、何かいい話題とかあればいいが、うっかりあの二人の話題を口にしそうだが、それだと美野里さんに逃げられる。


 それは嫌だ。ようやく巡ってきたチャンスを逃してたまるものか。


「あのさ、俺とは話もしたくない?」

「……」


 ちょっと眉を下げて、視線を低くして美野里さんの顔を覗き込めばびくりと体をすくめる。


 これは駄目だ。かなり警戒されている。


 あの二人の話題は避けたかったが、ここまで警戒されているのなら話した方が無難だよな。


「あの二人は俺が美野里さんに付きまとっていることとは関係ないよ。俺が美野里さんのこと好きで勝手にやってることだし」

「……そう」


 そう思って伝えれば、ようやく返事をしてくれた。


 一瞬喜びそうになったけど、まだ美野里さんの機嫌はあまりよろしくはなさそうで、一瞬出直すべきか? と悩んだが、そうしたらまた逃げられるだろうから、それは嫌だ。


 ここで逃したら警戒心の強い美野里さんのことを捕まえられる自信はない。

 無害ですよとアピールしつつ、どうやって美野里さんと仲良くなれるかと頭をフル回転させる。


 とりあえず、今することは尻込みしそうになる自分に活を入れて、あれこれと話し掛けていると、美野里さんもぽつりぽつりと返事をしてくれるようになってきた。


 このまま友人になれるとは思わないが、それでも、避けられ続けた日々を思えば、かなり進展があったと思う。


 最終目標は恋人になることだけど、とりあえず今は美野里さんに警戒心を持たれないようにすることの方が先決だよな。何回か繰り返していけば、いつかは心を開いてくれるはずだよな?


 はずだよな? そう考えるが、今の美野里さんの態度を見ていると自信がなくなりそうになる。


「そろそろメッセもいいかな?」

「え? 何で?」


 ……ですよね。


 一か八かで聞いてみたけど、あっさりと玉砕させられてしまった。


 まだ早いかなとは思っていたが、ここまできっぱり言われるとちょっと、いや、かなりショックだな。


 ため息を吐きそうになるが、美野里さんの友達に無理を言ってなんとかもぎとったチャンスだ。


 ため息を吐いている暇なんてない。どうにかして美野里さんの意識をこっちに向かせたい。


「あ、あたしこっちだから」

「え、送ってくよ」

「え? 何で」


 あれこれと考えていたら、美野里さんが別の道を行くからこの辺りでさようならしましょうと言われてしまい、慌てて阻止しようとしたら、びっくりした顔でまじまじと見つめられて、さらに心にダメージを負いそう。


 しかもドン引きされているし、俺そこまで警戒されるようなことしたかな?

 ……したんだろうな。美野里さんの友達もああ言ってたじゃないか。


 嫌われているのをちゃんと理解していたつもりだったけど、実際にこうやって警戒されているのを見ると、かなりショック。


 だが、ここで引き下がる程物分かりがよくないので、美野里さんの言葉を無視して美野里さんが指差した道に進もうとすると、美野里さんは焦ったような顔をした。


「別にいい!」

「でも、何かあったら……」

「何もないから!」

「でも……」

「いいの!」

「……分かった。でも、気になるから帰ったら連絡して」 


 これ以上は美野里さんを怒らせてしまう。


 それは不本意なので引き下がれば、美野里さんはこくりと頷いたので、ホッとして見送ったが、翌朝になっても美野里さんからメッセージが来ることはなかったので、多分まだブロックされたままなんだろうな。


 そのことに再びショックを受けるが、俺にそんな権利はないよな。


 うっかり美野里さんの友達の言葉が頭に浮かびかけたが、今はそれは考えたくない。


 頭を振ってこの思考を振り払い、大学に行く支度を始めた。


 今日も美野里さんに心を開いてもらえるように努力すればいい。さあ、一日の始まりだ。


 その日から美野里さんからメッセージが来るかといえばそんなことはなく、悲しみに暮れる毎日。


 ヤケクソでこっちからメッセージを送ってみても、未読のままでまだブロックされているのかと不安になる。


 何で返事をくれないんだろう。ため息しか出てこないよ。


 美野里さんの友達にもう一度頼むことが頭を過ったが、彼女たちは一度限りだと念をおしていたので、もう頼めないだろうな。


 もし、頼みに行けば、烈火の如く怒られること間違いない。俺が怒られるのは当然とするが、それでも怒られたくはないと思うのは人の性。


 一度で美野里さんの心を開けなかった自分がふがいない。ため息しか出てこないぜ。


 いつから俺はこんなにヘタレになってしまったのか。


 だったらと、この間美野里さんのバイト先からの帰り道で待ち伏せしてみたが、一週間そこでずっと待っていたのに、美野里さんがそこを通ることはなく、逆ナンされたり、警察に職質されたりと散々だった。


 もう、道端で人を待つのはやめよう。美野里さん以外の人に声を掛けられたって嬉しくない。特に警察は変な汗出たからもう二度と出くわしたくない。


「やっぱり避けられてるよな……」


 ようやく掴んだチャンスも失敗に終わってしまって、俺は何をしているんだと落ち込む。


 美野里さんに会えないのなら、次は何をしていいのか分からなくて、良介たちの邪魔をしに行くことぐらいしかなくて、良介に煙たがらてばっか。


 俺は今失恋してんだよ。ちょっとぐらい優しくしてくれたらいいのに、この男はそんなこともしてくれないらしい。冷たい奴だ。


 俺には優しくしてくれる友達はいないのか。


 美野里さんのことを綺麗さっぱり忘れて別の女のところに行けたらいいが、それが出来たら美野里さんに何年も片思いなんてしてないんだよ。


 何か別に気晴らしになるようなものがあればいいんだけど、とフラフラ校内を歩いていると、ようやく美野里さんの姿が見えた。


 一人でいるっぽいし、近付くなら今だ。


 近寄って行けば、美野里さんは廊下に貼ってあるポスターの一枚をじっくりと眺めている。


 何のポスターなんだ?


 たまに貼ってあるのを見ても殆ど興味のないものばっかりだったから、ほぼ見ずに過ごしてきたけど、美野里さんが気にしているのなら俺も見ておこう。


 話のきっかけになるかもだし。


 美野里さんに声を掛ける前にそのポスターに視線を向けた。


 美野里さんが見ていたポスターは俺の知らない教授が、夏休みに発掘に行くらしく、それに参加する学生を募集していた。


「これ行くの?」

「え? きゃ!」


 美野里さんは俺が近寄っていたことに気付かなかったらしく、かなりびっくりしていた。


 驚かせて悪かったなという思いと、驚いた美野里さん可愛いなと頬が緩みそうになるのを我慢しながら、もう一度尋ねる。


「これ行くの?」

「……関係なくない?」

「別にいいじゃん」


 冷たい反応の美野里さんに落ち込みそうになるが、まだ声を掛けただけだ。


 それに会話は出来ている。このまま話を続けていたらいつかはちゃんと会話が出来るようになるだろう。


「……行くっていったらどうすんの?」

「じゃあ、俺も行こうかな」


 この教授のところに申し込みに行けばいいんでしょと、もう一度ポスターを眺める。


 他の学部の教授だからあんまり詳しくないけど、誰かに聞けばすぐに分かるだろ。それに、美野里さんが行くのなら、一緒に行って申し込めばいいだけだし。


 ホテル代とかは自腹だけど、今まで貯めたバイト代とかで何とかなる金額だし、夏休みも美野里さんと一緒にいれるってことだろ?


 それなら行かないなんて選択肢がある訳がない。今すぐにでも申し込みしよう。


「この教授の研究室でしょ。一緒に行く?」

「えっ、ちょっと待ってよ!」


 すぐにでも申し込みに行こうとする俺を美野里さんは慌てて止めようとして、腕を掴んで来た。


 美野里さんが自分から俺に触ってくれたことに頬がゆるみそうになるが、それをしたら美野里さんが離れて行きそうで、頬の内側を噛んで我慢する。


「何で……柚木君まで行くの? 学部違うじゃない」

「興味があって」

「……じゃあ、あたしが参加しなくても行くのね」

「それは……」


 美野里さんが参加するなら俺もと思っただけだから、発掘自体には興味はない。夏休み会えなくなるのかと落ち込んでいたのに、会えるようになるんだったら行くか行かないかと言われたら絶対に行く。


 理由を話したら美野里さんに幻滅されるかもしれない。それは嫌なので、理由は言わずにこくりと一つ頷いた。


「で? 美野里さんは行く? 行かない?」

「……っ、行くわよ!」


 聞けば、美野里さんは怒ったように声を出し、掴んでいた俺の腕を離して歩き出してしまった。


 その様子に笑ってしまいそうになったけど、我慢する。ここで笑ってしまえば、また美野里さんの機嫌が悪くなってしまうかもしれないから。


 それに、夏休みは美野里さんと一緒に過ごせることになったんだから、まあ、いいや。本当は遊びに行きたかったけど、それは来年以降に持ち越しだな。


 来年美野里さんとの距離が縮まっているかは分からないけど、多分縮まってると信じて行動すれば、いつかは縮まってるはずだ。


 今だって普通に話せるようになっているんだし、前みたいに全く見ないってこともないのだから、問題ない。今までを思えば一歩前進したと考えればいいのだから。まだ始まったばかりなんだからこれからこれから。




◇◇◇◇◇◇




「どこだよ……」


 発掘作業に参加したはいいものの、いざ作業が始まると、男だから力があるだろと力仕事を押し付けられて、美野里さんとは作業が別々で姿すら見掛けないことの方が多い。


 男だからとか偏見なんだよ。いつの時代の話をしているんだと文句を言いたかったが、学部の違う俺はここのこと詳しくないので、文句もあんまり言えなかった。


 俺は美野里さんと仲良く作業が出来ると思って来たのに、実際は全く姿も見ることもままならないだなんてついてない。美野里さんを運よく見かけても一瞬とかなんだよな。


 大抵そんな時は俺は何か押し付けられてる時だし、多分それは美野里さんもだと思う。見かけても、こっちが声を掛ける前に小走りでどこかへ消えて行くから。


 たまに暇な時間が出来ることもあるから、そんな時は美野里さんのことを探しに行くけど、やはりというかなんというか、美野里さんのことを見つけられないまま休憩が終わってしまって全然喋れないし、会えない。


 この発掘に参加している学生は、30人ぐらい。


 考古学の人は全員参加すると思っていたから、思ったより少ない人数にちょっとびっくりした。でも、家の事情とか、資格を取りたい奴もいるとかで、毎年参加するのは20人前後らしく、今回はわりと多い方らしい。


 その内、俺と同じ力仕事に振り分けられているのが10人ぐらい。


 他は何をしているのかは知らないけど、みんなあっちこっち行ったり来たり、忙しそうにしていて暇そうな人はいない。発掘作業っていったらハケとかで出土した物から土を取っていたイメージしかなかったからこんなに、重労働だなんて思ってもなかった。


 それを言ったら、結構体力のいる作業もあるし、楽な作業はあるけど、そういうのは人気で俺たちに回ってくることはないと宥められてしまった。


 別に楽な作業がしたい訳ではなく、ただ美野里さんと同じ作業が出来たらと思っていただけなんだけど、訂正はせずに曖昧に笑ってやり過ごした。


 しかも季節は夏だから汗だくになる。熱中症とか脱水症状とか怖くて塩タブレットと水が手放せない。


 誰だよこんな季節にこんな重労働させようとか考えた奴は。そして、参加してしまった自分も馬鹿なんじゃないかとすら思えてくる。


 聞けば発掘作業は一年中やっているが、俺が夏に参加しようと思っただけのことだったらしい。他の季節の発掘はどうなんだろうと思ったけど、冬は水が冷たいから嫌だとしか出て来ない。


 とりあえず、夏と冬が過酷ってことでOK? この季節乗り越えたら楽になるの? これで倒れたらシャレにならないじゃないか。


 美野里さんは大丈夫なんだろうか? 俺たちのような力仕事はしてないと思うけど、毎日暑いし心配になってくる。


 わりかし仲良くなった奴らにそれとなく熱中症になった人が出てないかとか、聞いてみるが、今のところいないっぽくて安心するが、すぐに気になってくる。


 美野里さんからのブロック解除してくれないから、体調は? とか、一緒にご飯食べないかとか、他にも色々と聞きたいことは沢山あるのに、今は殆ど会えもしないから、そんなことも聞けやしない。現実は世知辛いね。


 とりあえず、目の前の作業をしないと、終わらないのでコツコツと作業を進めて行く。


 こんな重労働が待っているからか、ガタイがいい奴らが数人いて頼もしい限りだ。


 出土するまでそこに何があるか分からないんだから、最初に土を掘るとかしないと出て来ないよな。一番最初は重機とかも使うらしいけど、重機使い過ぎて割れたりすると駄目だから途中からは人力も必要になってくるらしい。


 今まで発掘とかに興味なかったから知らないことだらけで、疲れるけど、楽しいこととか新しい友人も数人出来たし、美野里さん目的だったのに、美野里さんには会えてないが、参加してよかったとそれなりに思う。


 美野里さんと一緒に行動出来ないのは残念だけど、知らなかったことを知れたのはよかったのかもしれない。美野里さんが参加するなら他の季節にも発掘作業参加してみよっかな。


 これからのことを考えるが、やっぱり美野里さんと一緒に行動したかったし、あわよくば名前で呼びあえる関係になりたかったというか。


 というか、本当に美野里さんに会うためには、どこに行ったらいいんだ? 女子が多く参加している作業場? それとも教授のところに行って美野里さんと作業させてもらえないかお願いする?


 青春ってことで一回ぐらいなら叶えてくれないかな。迷っている暇が勿体ないので、直談判しに行ってみたが、教授はちょっと笑った後駄目だと断ってきた。一応食い下がってみたけど、許可は降りなかった。


「君が発掘に入るって分かってから女子学生たちが騒いでいてね、このまま騒ぎが続くなら柚木君には途中で発掘現場から退場してもらおうかって悩んでいるところなんだ」

「……あ、そうなんですか。何かすみません」


 ちょっと変わるだけなのに、何で許可が降りないのかと思ったら俺のせいだったが、後々考えてみたら俺のせいじゃなくて、騒いでる女子たちが悪いんじゃね? それなのにどうして俺が追い払われなくちゃいけないんだ?


 違う学部の人間だから? でも、俺以外にも発掘に参加してる他の学部の人間だっていうのに、俺だけ不公平じゃね?


 文句を言いに行きたかったけど、言いに行って退場を言い渡されても困るので、不服だったけど出かかった言葉を飲み込んで、美野里さんと何とかお近づきになれないかと、チャンスを窺う日々。


 だが、これまで通り美野里さんは見かけてもすぐにどっかに消えてしまうから、声を掛けるチャンスもないし、連絡先はブロックされているから気軽に呼び出せるような関係でもないんだし。


 かといってホテルに帰ってから声を掛けようと思っても、疲れ果ててそんな気力もなく、あっという間に夢の中。


 発掘作業に参加したら美野里さんとの距離が縮まるって考えていた過去の俺にいいたい。全然話せてねえよ馬鹿!


  男なのに夢見る夢子ちゃんやってんじゃねえよ! あの時、メッセージ送ってくれなかったこと聞いとけよ! 馬鹿野郎!



◇◇◇◇◇◇




「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「……何?」


 今日も今日とて美野里さんを探して歩いていたら、遠くの方で五、六人ぐらいの女の子たちの集団が美野里さんを取り囲んでいるのが見えた。


 美野里さんを取り囲んでいる子たちは、美野里さんと同じ学部の子たちみたいだけど、美野里さんの友達とは違う子たちで、普段美野里さんと一緒にいるのを見たことがない。


 何の用か分からないけど、あの光景はあんまりよさそうな雰囲気ではないような気がする。美野里さんが友達といない時をわざわざ狙ってるようにも見える。


「柚木君のことなんだけど」


 止めた方がいいのか? と迷ったが、危なかったら嫌だしと思って近寄ろうとしたら、俺の名前が出てきて思わず足を止めた。


「あたしたち柚木君のことが好きなの。美野里さん、柚木君に興味ないんでしょ?」

「だから、柚木君のことフッてくれるかしてくれないかな?」

「柚木君だってこの中途半端な状態より、はっきりした方がいいって絶対!」


 その後も彼女たちは俺の意見とは無関係なことを勝手なことをほざいていく。


 美野里さんに対する態度はあからさまだったし、美野里さんの友達から何か聞いてるのかもしれない。だけど、ちょっと待って。


 俺の気持ち知っているのなら応援するのならともかく、何であの子たちが勝手に完結させようとしてんの? はっきりさせるかどうかは俺が決めることであって彼女たちが決めることではないし、俺はとっくに美野里さんにフラれているんだよ。


 今は再戦の再再再々ぐらいなんだよ。


 美野里さんにフラれても諦めたくなくて、何度でもアタックしているのに、更にフラれろとか酷すぎじゃない?


 その迷惑極まりない勘違いはしないで欲しい。居たたまれなくなるから本当お願い。


 美野里さんに付きまとっているのは俺なんだからあんまり言わないでくれないか? 泣くぞ。


 それなのに、好き放題に勝手なことを言い続ける彼女たちに、文句の一つや二つは言いたくなるのは当たり前で、気が付いた時には彼女たちの方に歩いて行っていた。


「……それは、柚木君に聞いたの? そうじゃないのなら、あなたたちが決めることではないし、あたしは柚木君のことはちゃんとお断りしました。断ったのに、あたしに言われても仕方ないので、そういうのは柚木君に言ってください」

「なっ」

「そこまで」

「えっ柚木君!?」


 俺が割って入ってしまったので、その場にいた全員がびっくりしちゃってる。みんな話に夢中で俺のことなんて気付いてなかったらしい。


 美野里さんに反論されるとは考えてなかったらしい子は、顔を真っ赤にして美野里さんに掴み掛かろうとしていたけど、噂されていた俺の登場に、訳が分からないと言いたげな顔をしていたが、段々とバツが悪そうに一、二歩下がったので、彼女たちと美野里さんの間に入る。


 ついでに、美野里さんは俺の後ろにいてね。


 彼女たちまだ興奮しているかもなんだし。


 美野里さんも彼女たちみたいにバツが悪そうな顔をしているけど、美野里さんが気にする必要はない。


 というか、俺がどうするか決めるのは、俺がすることだからね。


 美野里さんにも勝手にすればと言われて勝手につきまとって何度もフラれているだけ。言葉にすると泣きそうになるから、今はそれを頭から追い出し、彼女たちが美野里さんにこれ以上何か言わないように牽制する。


「俺が好きになる人はこの先も美野里さんだけ。何度フラれたって諦めるつもりはないから、ごめんね。邪魔しないで」


 きっぱりと言い放つ。何か言ってくるかなと思ったけど、美野里さんを取り囲んでいた子たちはお互いに目配せすると、どこかに去って行った。


「大丈夫だった?」

「……どうも」


 くるりと振り返れば、美野里さんがぺこりと頭を下げ、バツが悪そうだったけど、真っ直ぐに俺の目を見つめる。それだけで俺の心臓はどくりと跳ねる。


「……前々から気になっていたんだけど、質問していい?」

「え、あ、うん」


 やっぱり美野里さんのことが好きだと何度目になるか分からない再確認をしていると、美野里さんに声を掛けられた。


 何を聞かれるのかは不明だけど、美野里さんが珍しく俺に興味を持ってくれたのだから答えない訳にはいかない。


 でも、何を言われるかとドキドキしてしまう。もうつきまとうなって言われるかな。さっき女の子たちが美野里さんを取り囲んでいた時、美野里さんはやっぱり俺に興味がないみたいな感じだった。


 今後ああいう人たちがまた来る可能性はなくはない。そういうことを考えたなら二度と近寄るなぐらい言われるかも。


 でも、俺は美野里さんのことを諦めるつもりはないって言ったから何を言われるか。


「どうして?」

「え?」

「あたしは告白を断ったじゃない。でも、柚木君は前と変わらずに、関わろうとしてくるでしょ? さっきの子たちを気にしてる訳じゃないけど、前々から不思議だったの。何で?」

「美野里さんが好きだから。中学の時からずっと」

「でも、あたしはあの二人のこともあって今は恋愛とか考えられないの」

「それでもいいよ。俺が美野里さんのこと好きなだけだから、美野里さんは今まで通り、自分のやりたいことやってて」


 本当は俺のことちょっとでもいいから気にしてと言いたかったけど、でも、まだ傷付いているだろう美野里さんにそんなことをいうのは酷だろうから。


 あえてにこりと微笑めば、美野里さんは何を言われたのか分からないと言いたげな顔になったが、それ以上何も言わなかったので残念だったようなよかったようななんともいえない気持ちになった。


 その後は美野里さんにああいうことがあればいつでも俺のこと呼び出してくれていいからねと伝えたけど、果たして呼び出してくれるか。


 美野里さんのことだから、さっきみたいに大人数相手でも一人で立ち向かいそうな気がする。


 俺が駄目なら友達にさっきのことを話して美野里さんのことを見守ってもらおうか。


 さっきのを見る限り、俺がそれをしてしまえば俺も退けるべき対象になってしまいそうなんだよなぁ。ああいう女子を近付けさせたとか言ってね。


 本当は友達に話すべきなんだろうけど、美野里さんと仲良くなれないのは困る。


 それだったら、ままならない状況だけど、出来るだけ自分で見張っていた方がよっぽどマシかもしれないと考え直す。


 今でも全然会えてないのに、これ以上どうやって美野里さんを守れるかは分からないけど、やるだけやってみようじゃないか。


 手始めに周りの男たちから抱き込む。


 俺が美野里さんのことが好きなのは周知の事実。一人か二人か協力者が出来たらいいかなって思っていたら、思ったより協力してくれるという奴らがいてくれて計八人の協力者が出来た。


 そのお陰もあってか、美野里さんにちょっかいを掛けるような不届き者はいなかった。


 美野里さんは雰囲気が変わったことには気付いているみたいだったが、何がきっかけなのか分からないみたいで、少し不思議そうな顔をしていたが、そこまで気にしてなかったのか、すぐに普段通りになっていた。


 そして、最近美野里さんとの距離が微妙に縮まったような気がしないでもない。美野里さんにどんな心境の変化があったのか分からない。


 美野里さんにそのことを聞いてみたいような気持ちはあるっちゃある。もしかしたら美野里さんを助けたお陰で俺のことが気になるとか。


 このあとよくある少女漫画のように美野里さんが俺のこと意識してくれるような展開を期待するけど、それは期待し過ぎだろうか。


 聞いてみたいけど、美野里さんの嫌そうな顔を想像したらしばらく立ち直れないかもしれなくて、聞くに聞けずにいる。


 でも、前より態度が軟化してくれているんだし、悪いことではないんだからポジティブに考えてよう。


 もしかしたら、美野里さんの気持ちが俺に向いてくれているのかもしれないんだしとポジティブに考えて美野里さんに声を掛け続ける。


 その姿に一部の男共から健気な奴だと涙を溢されたが、男の涙よりも美野里さんからの愛情が欲しい。


 この夏休みの間にブロックだけでも解除してくれたら言うことないんだけど、それは期待し過ぎか?


 それは一旦置いといて、美野里さんと話せるようになってきた。話の内容は発掘のことが多いんだけど、それでも諦めずに声を掛け続ければ、日常のこととか、美野里さんの好きなお菓子とか聞き出したり。


 ただ運悪くここに美野里さんの好きなお菓子は売ってなかったけれど、帰ってから美野里さんのところに持って行って一緒に食べれたらいいな。


 他にも一緒に出掛けられたらとは思って何回か誘ってみたが、そっちの方はバイトとかで都合が分からないからと断られてしまった。


 分かったらと食い下がってみたけれど、美野里さんは曖昧な態度だったため、これは多分無理そうだな。


 本当はデートしたかったけど、今は話が出来るぐらいまで仲良くなったことだけ喜んでいればいいよな。


 ガードが固すぎると考えるべきか、やっぱり俺のことなんて嫌いなのかと考えるべきなのかと落ち込むのか、情緒不安定過ぎていつの間にこんなに女々しくなってしまったんだろうとさらに落ち込んだ。


 美野里さんと再会する前はここまで、酷くなかった。恋は人を変えるっていうけど、こんなに変わると自分でも自分のことが気持ち悪い。


 でも、本音を言えばもっと仲良くなりたいし、付き合いたい。


 だから行動したのに、あれこれと断られてしまったため、次に何をすればいいのか分からない。


 誰かにアドバイスをしてもらいたいところだけど、普通に聞いたら諦めて次に行けと言われそうで、何て聞くのが正解なのか。


 それとも現状維持で満足しておくべきか。あんまりぐいぐい行き過ぎてストーカーとして訴えられたら嫌だし。ストーカーかぁ……。


 俺は一途なだけなのに、疑われるようなことはしたくないけど、ハタから見たら似たようなもんなんだろうな。大体何年も会えなかったのに、今さら会えたからがっついているようにも見える。しばらくは抑えておくか?


 でも、発掘の間は仕方ない。美野里さんを守るのを優先させなきゃなんないんだし。


 帰ってからちょっと距離を取ってみるってのもありだし。


 ほら、押して駄目なら引いてみろって昔の人も言っていたし、引いてみて駄目だったのならまた押してみればいい。


 嫌そうな素振りされたら、しばらく引いてみて美野里さんの反応を確かめてみればいいだけだよな。帰ってから反応を試してみよう。


「おっ、清司」

「どうかしたか?」


 どうしようかとホテルの部屋で迷っていたらホテルの同室の橘正志まさしが部屋に戻って来て声を掛けて来た。


「ちょうどよかった。あと半月ぐらいで戻るだろ? 発掘の最終日俺らだけでお疲れ様会みたいなのやろうかって話をしてたんだけど、清司はどうする?」

「お疲れ様会ね……」


 美野里さんが参加するなら出てもいいけど、そうじゃなかったら面倒なだけか? あの子たちへの牽制になるかもだし。


「女子たちがお前を誘えってうるさくてさ」

「うーん。一応顔は出しておこうかな」


 美野里さんがいなければすぐに帰ってもいいし、一応正志に参加する女子の名前を聞いてみたけど、名前は覚えたが、顔まではあやふやな人ばっかだった。


 美野里さんの友達も参加するみたいだけど、あの子たちは俺を誘えって言う訳がないから他の子なんだろう。


 顔だけ出しても参加したことにはなるだろうから、正志の顔は潰さないはずだ。本人もそう思っているのか、あからさまにホッとしたような顔になった。


「よかった。これで、清司が来ないとか言い出したら女子たちにボコボコにされるところだったよ」

「大げさだな」

「いやいや、そんなことねえからな! あいつら俺を取り囲んでこんなに目を吊り上げてだな」

「あはは」


 まぶたを指で押し上げて、鬼の形相だったというから思わず笑ってしまった。


 正志の顔芸に笑っていたら、正志も俺につられてゲラゲラと笑い出して、二人揃って大笑いになってしまって、その日はそれ以上話になんなかった。


 でも、正志とはいい友達になれそうで、戻ってからもこの関係を維持していきたい。


 正志は俺が何も言ってないのに、美野里さんとの仲を察して、あれこれと気を使ってくれたりするので、良介なんかとの違いに嬉しくなる。


 むしろ、俺は何でまだ良介と友達なんてやっているんだろ。同じ学部だから? リサの彼氏だから? その辺はよく分からないけど、帰ったらあの二人との関係をちゃんと見直したい。いや、今から見直すか?


 良介は消してしまっても問題はないが、リサは幼なじみだからお互いの親のためにももう少し残しておいてもいいかも。でも、それもちょっとの間だけだ。


 リサも俺が美野里さんのこと狙っているのは知っているし、分かってくれるはず。


 一応リサには連絡を減らしたい旨のメッセージを入れておく。既読にはなってないけど、それならそれでいい。送ったってだけでもいいか。


 いつかはリサもメッセージを見るかもだし。


 そして、美野里さんが前より俺のところにちょこちょこ顔を出してくれるようになった。


 何で俺のところに来てくれるのか分からない。だけど、あの時美野里さんのことを助けて、美野里さんの中で何かが変わったのだと思う。ここに来て本当によかった。


 今までなら美野里さんから俺のところに来てくれるようになるだなんて、夢のまた夢だったのに、今はちょくちょく来ては雑談や、発掘の豆知識なんかを教えてくれる。


 その話がとても面白くて何時間でも聞いていたいけど、二人共作業があるし、夜は相変わらず疲れて寝てしまうので、ちょっとしか話せないけど、それでも充分幸せ。


 そして、やっぱり前は避けられていたんだと分かって落ち込みそうになるが、最初に比べたらかなりよくなっているのだから、落ち込む必要はないんだと自分を励ます。


 そうだよ。前はいつ通報されるかとヒヤヒヤしていたのに、これからは通報される必要はなくなったと考えれば、今ならあの子たちにお礼すら言えそうだ。本人たちには避けられているけど。


 美野里さんと仲良くなれてきたんだし、彼女たちとも友人にはされなくとも、会う度に邪険な態度は取られないようになると思いたい。


 ……彼女たちに何かお菓子かなんかを持って行くか?


 点数稼ぎかと嫌みを言われそうな気もするが、あの時美野里さんの帰り道を教えてくれなかったら今も、美野里さんにどうやって近付こうかって考えていただろうから、そのお礼はちゃんとしたい。


 いや、美野里さんとちゃんと付き合えるようになってからの方がいいか?


 そしたら、彼女たちも文句の一つや二つは言われるだろうけど、受け取ってくれるかも。


 やっぱり美野里さんとの距離を縮めてお付き合いまで持って行こう。だが、ここいらでもうちょっと美野里さんと仲良くなりたかったけど、そろそろ夏休みも終わる。


 それに伴ってこの発掘作業も終わる。


 一応終わる前に俺らの間でお疲れ様会みたいなのをしようという話になっているから、その時に何かしら進展があるかもと考えていたけど、甘かった。


 美野里さんは用事があるとかで先に帰ってしまったからだ。


 そんなこと聞いてなかった俺は、膝から崩れ落ちそうになったけど、なけなしのプライドを総動員させて、何とかみっともない真似を晒すようなことは避けられた。


 美野里さんがいないんだったら俺もここに残る理由はないんだけど、せっかく仲良くなった奴らが出るって言っていたから顔だけは出しておいた。


 ついでに、俺が美野里さんのことをどれだけ好きかってことを話しておけば、妙な勘違いしていた子たちがまた何か変なことをしてこないように。


 学部が違うから、そんなに会う機会があるか分からないからな。前期だって、週に何度か講義が被る程度だったから、頻繁に会える訳でもなかったんだし、ちゃんとアピールしておいた方が変な気は起きないように念押ししなければ。


 ついでに、お疲れ様会では美野里さんの話とか聞けたら聞いておこう。


 そう思って参加したお疲れ様会はそれなりに楽しくて、またこの作業に参加したくなった。


 来年もあるといいなと思いながら帰り、後期が始まってから後期の授業で美野里さんと被っている講義が前は三つだったのに、今期は二つだけ。泣きそう。


 そんなことある? と問いたくなったけど、被ったのがそれだけだから仕方ない。夏休みの間にそれとなく聞いておけばよかったのに、発掘の話ばっかしてた俺のことぶん殴りたくなった。


 一瞬良介に殴ってもらおうかなとも思わなくもなかったが、それだと俺が反射で殴り返してしまいそうなんだよな。


 それは避けたいので、この案はお蔵入りにしておこう。


 仕方ないんだけど、今期こそはもっと仲良くなれると考えていただけに、がっかりだよ。


 最近はちょっとだけ距離が縮まっていたような気がしていたから、あわよくばを狙っていたのに、こんなことってあるのだろうか。悲しくなってきた。


 自分の運のなさにうじうじしてしまって、うっかり良介とリサとしばらく行動していることに気付くまでちょっと時間が掛かってしまったじゃないか。


 俺が思っていた未来はこんなんじゃない!


 何やってんだよ! 馬鹿なんじゃないのか!?


 どこで間違ってしまったんだと泣きたくなったが、美野里さんに会えない悲しみをどこかにぶつけたくなって、後期はバイト三昧にすることにした。


 後期になってからも美野里さんは相変わらずだけど、数少ない講義では隣に座っても睨まれるようなことはなくなった。


 そのことに友人たちから何かあったのか? とニヤニヤしながら聞いてくるので、俺もニヤニヤしながら返事をしてやろうかと思ったが、これが美野里さんかその友達に聞かれたら恥を掻くだけなので、大人しく何もなかったと答えたが、納得してくれなくてしばらくしつこくされた。


 何かあったらもっと浮かれてるよ。ただ、前より話せるようになっただけだっての。そう言っているのに中々信じてもらえなくて、あいつらの頭の中ではどれだけ進んでるんだ?


 現実は話は出来るけど、連絡先はブロックされたままだし、一緒に出かけることすら出来ないってのに。


 一応美野里さんと夏休みの間に少し距離も縮まったような気はするし、一緒の講義が減ったぐらい気にする必要はないのかもしれない。ただ、こいつらにからかわれるのはそろそろ面倒臭い。


 美野里さんと本当に何もなかった。俺だってニヤニヤしたいよ!


 本音を言えば美野里さんにもっと会いたいし、あわよくば付き合いたいけどな。でも、今は美野里さんの気持ちを優先してあげたいから、これ以上望むのはどうかと思う。


 しばらくは現状維持で隙あれば距離を縮められればと考えているが、どうなるか。


 美野里さんが何かサークルとか入っていてくれたら、そこに俺も入ってもうちょっと一緒にいられたんだろうが、もう何かのサークルに入る気はそんなにないらしい。残念だ。


 最近はバイトの方が楽しいとも言っていたし、入らないかな。俺も同じバイト出来たらと思うのだが、相変わらず美野里さんはバイト先の名前すら教えてくれないので、その辺は諦めるしかないのかな。


 そんな俺は入りっぱなしで放置していた映研の方から人手が足りないから来いとしつこく呼び出されて、無視していたら良介とリサによって無理やり顔を出すハメになってしまった。


 こっちに顔を出すより、美野里さんのところに顔を出す方がとっても有意義なのに、どうしてこんなところにいなくちゃいけないのか。


「美野里さんと一緒にいたかった……」

「うるさい。口動かすより手を動かせ。そしたら、ちょっとぐらいは早く終わるだろ。それから会いに行けばいいじゃないか」

「簡単に会えたら苦労しないよ……」

「はいはい」


 くそっ、良介のくせに何で俺に上から目線で話してくんだよ。


 呆れた顔して良介が文句を言ってくるのが腹立つ。良介は大道具を作るからと、Tシャツ姿に頭にはタオルを巻いてるのに、イケメンなのは隠せてないのか、あちこちから視線が突き刺さっているが、ああいうのは気にしていたらキリがないので、無視してる。


 良介が来たせいで俺にも視線が集まって来るが、美野里さんからの視線じゃなければ、ただ単に鬱陶しい限りだ。


 良介の言う通りにするのは癪だったが、確かに手を動かした方が美野里さんのところに早く行ける。でも、俺美野里さんがどこにいるのか知らないんだよな。


 もう今日は講義もないし、前のバイト先は単発のバイトだったのか、もう行っていないと言っていたので、放課後暇かと聞いたら別のバイトしているからと断られてしまった奴の苦労なんか良介に分かる訳がないよ。


 俺のこと構うより、リサの相手してろよ。


 あいつ良介と付き合い出しても街中でしょっちゅう声掛けられたりしてて困ってるみたいなこと言ってたんだから。俺も美野里さんと一緒にいたかったけど、バイト先教えてくれないんだもんなぁ。


 そこまで信用されてないと言われれば、それまでなんだろうけど、いつになったら信用してもらえるのか。


 良介に愚痴愚痴言いたいところだが、あんまり言い過ぎるとまた怒って来るかもしんないから黙って作業に戻った。


 良介の言う通り黙々と作業していたらすぐに会えるという訳ではないけど、そのあとは黙々と作業をしていたらあっという間に時間は過ぎて行った。


 解放されたのは夜だったけど、まだ寝るまでには多少時間がある。どこかでのんびりするか、それともやりかけの課題でもするか、どっちがいいか。


「──柚木君?」


 どうやって時間を潰そうか考えていたら後ろから声を掛けられて振り返れば美野里さんが驚いた顔して立っていた。


「美野里さん?」


 振り返れば、バイト帰りなのかコンビニの袋を持った美野里さんがいた。


「こんな時間にどうかしたの?」

「こんな時間ってまだ九時だよ?」

「いや、でも……」


 女の子だからと言っていいものか悩む。


 まだ恋人になれてないのだからそこまで踏み込んでいいものか。下手に言って刺激して嫌われるのは嫌だ。


「……遅くなるんだったら言って迎えに行くから」

「柚木君に?」


 しばらく迷ってから口を開けば、美野里さんは何でと言いたげだったけど、無理やり約束を取り付ける。


 前にブロックされてしまったが、この際ブロックを解除してくれると信じたい。というか、信じる。美野里さんは何か言いたげだったが、一つ頷いてくれたので今はこれでよしとしよう。


「とりあえず歩こうか」

「……うん」


 とりあえず拒否されなくてよかった。


 途中までだったけど、美野里さんは一緒に帰ってくれると約束してくれたし、ホッとする。


 最近は仲良くなれたと思ったのに、やっぱり警戒されて当然と言えば当然なんだろうが、警戒されたくないと考えるのは男の性という奴なのか。


 考えているとドツボにハマってしまいそうだったから、それ以上考えるようなことはしなかったけど、帰ってからおんなじようにドツボにハマってしまいそうだな。


 それならと一旦何も考えないことにしたけど、今度は何を話せばいいのか分からなくてなくなった。


 テレビの話とか共通の講義の話とかしても会話は弾まないし、どんな話だったら美野里さんと会話が弾むんだよ!


 歩き出したのはいいものの、何を話せばいいのか分からずにさっきからずっと黙りっぱなし。かれこれ15分ぐらい何も話せてない。


 早くしないと美野里さんが帰ると言い出すかもしれないと焦るが、何を話していいのかさっぱりだ。


 というか、美野里さんちって思ってたより遠い? 思ったより長く一緒にいられるから今の状況的には嬉しいけど、防犯的にはどうなんだろ?


 いつもならもう少し話題も出てくるというのに、どうしたものか。


「……ねえ」

「どうかした?」


 何を話そうかとずっと考えていたら美野里さんが声を掛けてきてくれた。


 場違いだけど、美野里さんの声はやっぱり可愛くてずっと聞いていたいな。じゃない美野里さんから話題を振ってくれたのだから答えない訳にはいかない。


「前々から気になっていたこと聞いていい?」

「え? 俺のこと?」


 理解出来なくて聞き返してしまった。


 今まで美野里さんが俺に興味を持ってくれたことがあっただろうか?


 いや、ない。どっちかっていうと美野里さんにつきまとう俺が理解出来なくてって感じだった。


 それなのにようやく美野里さんが俺に興味を持ってくれたらしいと理解するのに、ポンコツの俺の脳ミソはかなり時間を要した。 


「……前に柚木君があたしのこと好きだって言ってたじゃない。どうして?」

「え」

「中学の時、あたしも柚木君に会ったことは覚えている。多分あたしの初恋だったの」

「え」


 どういうことだ? 美野里さんが俺のこと覚えてた?


 しかも初恋って……それってもしかしなくとも俺たち両想いだったってこと?


 それだったらあの時告白してたら付き合えていたかもしれないってことだろ? 驚くなっていう方が無理がある。


 あれ? でも、それなら俺は何で美野里さんにフられてんだ? もしかして、もう好きな人が出来たとか?


 いや、それはないと思いたいけど、あまり講義が被っている訳でもないし、バイト先だって知らない。それだったら俺の知らないところで何かあったって考えてもおかしくはない。


 何を言われるのかとバクバクする心臓をおさえたくなるが、そのまま美野里さんの話を聞き逃しても嫌なので。


「あの時の男の子が忘れられなくて、ずっと探してたけど出会えなくて、柚木君のこと忘れたくて、他の人と付き合ったこともあったけど、それでも忘れられなかった。大学に入って良介と付き合い出してから柚木君に出会ってあの時の男の子か聞きたかったけど、松葉さんいたし、タイミングがなくて聞けなくて……だけど、松葉さんが良介に告白してるの見ちゃって、人と付き合うのとか意味が分からなくなっちゃって……本当はこんなこと聞くべきじゃないんだろうけど、このままにしておくのもどうかと思って」

「美野里さんは悪くないよ。あの時はリサが悪い」


 タイミングとかもあっただろうけど、恋人がいる人に告白するべきではなかったんだし。


 良介もあっさり乗り替えていたもんな。美野里さんが人間不信になってたっておかしくはなかったんだし。


 そう伝えても美野里さんの顔は晴れない。どう慰めるべきか分からなくて、大丈夫だからと繰り返すしか出来ない。


 というか、美野里さんが良介以外にも付き合ったことがあるとか、ショックなんですけど。


 何で今そんなこと言うのかな。泣くよ俺。


「あたしは色々あって自分の気持ちが分からなくなっちゃった。ねえ、柚木君は何であたしのこと好きなの?」

「え、好きだから好きなだけだけど……そうだなぁ理由を上げていけばいい?」

「そこまでしなくていい」


 指折り数えて俺が美野里さんのことどれだけ好きか話そうとしたら止められてしまった。遠慮しなくとも朝まで語ってあげられるのに。もしかして恥ずかしいのかな?


「あたしは柚木君のこと嫌いじゃない。だけど、昔みたいな気持ちにはなれないの」

「それでもいいよ。でも、美野里さんが俺に興味を持ってくれるなら俺は嬉しい」

「……何で?」

「美野里さんが好きだから。中学の頃から美野里さんのことだけ好きだったから他に理由なんてないよ」

「……」

「それでも美野里さんが俺のことを信じないっていうのならば、やっぱり美野里さんの好きなところ上げて行こうか?」

「それはやめて」


 食いぎみに止められてしまった。


 その可愛さに笑ってしまいそうになったけど、美野里さんの不安が少しでも軽くなっていればいいんだけど、どうなのかな?


「……柚木君の言いたいことは分かった。でも、あたしは自分の気持ちが分からなくなっちゃったから返事は出来ない」

「それは美野里さんが気の済むまで引っ張ってくれたっていいよ。それで、出た答えで俺のこと好きになってくれたら嬉しいけど、美野里さんが無理だって言うのなら、俺が美野里さんのこと想い続けるのだけは許して欲しい」


 美野里さんに俺が嫌だと言われたとしても、この気持ちが捨てられる訳じゃないのだから、それだけは許してもらわないと。


「……分かった。考えておく」


 それだけ言うと美野里さんは帰ってしまった。家まで送ると言ったんだけど、美野里さんはもう近いからいいと言って行ってしまった。


 俺はその背中を見送ることしか出来なかったけど、言いたいことは言ったからそれで美野里さんに嫌われたって満足だ。




◇◇◇◇◇◇




 あれから美野里さんに声を掛けることもなく12月に入ろうとしていた。 


 美野里さんは考えるって言ってくれたあとも変わらない態度で接してくれると考えていたが、そうではなかったらしくてがっかりした。


 数少ない講義も避けられてしまったのか、顔も見ることがなくなってしまい、どうなっているんだとため息しか出てこない。


 この間映研を手伝った時に美野里さんと出くわした辺りまで行ってみても、結果はいつぞやの時みたいに空振りだった。


 考えて欲しいって言ったのは俺だけど、避けられるとまで考えてなかったからショックがでかい。


 探してみる? いや、それだと強要しているみたいで、嫌がられるかもしれないと思うと一歩も動けなくなってしまう。


 というか、ちょっとだけでもいいから顔を見れたら安心できるのに、やっぱり気まずいのかな?


 俺から連絡はしないと言ったから美野里さんの友達に聞くようなこともしてない。何だかんだ言って俺って健気だよな。


「あーあ……」

「またため息かよ。辛気臭いな」

「……良介とリサか」


 どうするのが正解なんだって悩んでいたら、のんきに二人揃って俺の前に現れた。美野里さんと仲良くしたかったから、こいつらとは一時的に距離を取っていたのに、今日はわざわざやって来るとは。何か用でもあったか?


 考えてみたけど、全く分からない。


 今は次の講義までの休憩時間だからいいけど、講義が始まったら二人共どっか行くよな?


 メッセージとかもろくに見てなかったから良介が何の用かさっぱり分からない。


 二人も俺が避けていることはとっくに気付いているはずなのに、今日はどうしてわざわざ来たんだ?


「あ、そうだ、この間は助かったってさ、部長たちがもっと顔を出せって言っていたから伝えとくぞ」

「ああ、うん」


 なんだそんなことか。でも、面倒だから行かない。


 適当に頷くが、行くつもりがないのは良介も分かっているのか、それ以上は言ってこなかった。


 映研に行っても美野里さんいないし。俺も退部しようかな。元々あそこに入ったのは美野里さんが入るって聞いたからだったんだよな。


 良介とリサは映研の話で盛り上がってる。


 どうでもいいけど、そのまま近くの席に座って話すのかよ。用件が終わったのなら他の席に移ればいいのにと思うが、この講義は美野里さんいないからどうでもいいか。それとも俺が移動しようかな。


 しばらく悩んだけど面倒になってそのまま二人の話を聞くともなしに聞いていた。デートでどこに行くかとか話しているのが聞こえて来てやっぱり別の席に移るべきだったと後悔したけど、もう殆どの席は埋まってしまったし、そろそろ教授が来るから今から移動するのは時間がもったいないな。


「それでさ──聞いてるか?」

「聞いてない」

「おい!」


 何か文句言って来たけど、聞こえないフリしてやり過ごしていたら小突かれてしまった。やっぱり移動するべきだったなぁ。


「……痛いんだけど」

「お前がちゃんと話聞かないから悪いんだろ。ちゃんと話を聞け。それともさゆとの仲上手くいってないのか?」

「……」


 図星なのを悟られたくなかったけど、何も言い返せなくて結局は俺が上手く行ってないことが良介たちにバレてしまった。どうしてこの男はデリカシーがないのに、友人が多いのか不思議になる。


 みんななんでこんな奴がいいんだ?


 ちょっと前に美野里さんとリサのことで散々陰口叩かれていた男なんだぞ。


「図星なのか」

「……だったらなんだ? 黙っててくれよ」


 このまま喋り続けられたら良介のことをぶん殴ってしまいそうだから黙ってくれた方がありがたいし、リサだって元カノの話をされたくないだろうに。


 本当に色々考えてから喋れよこの野郎。


「いや、さ。俺らのせいで揉めたんだから気にならないって方が変だろ」

「だったら美野里さんのこと教えろよ」


 いつも自信満々な奴が珍しく眉尻を下げて、少し申し訳なさそうな顔をする良介にそんな顔が出来たんだと不思議な気分になる。だけど、そんなこと本人には伝えない。


 良介にはお前にはそれぐらいの利用価値しかないんだからと告げたが、良介はそれにはきっぱりと拒否される。


「前にも言ってるけど、俺がさゆにしてあげられることなんて顔を見せないことぐらいだ。それなのに、お前伝いに俺が協力してたら駄目だろ」

「じゃあわざわざ聞いてくるなよ」


 何もしてくれないのに、わざわざ首突っ込んで来るのか。


 美野里さんの情報をくれないんだったら、良介なんて邪魔でしかないんだからどっか行ってくれとしか思わねえよ。


「気になるから。あと、もし、さゆに謝れるんだったら謝りたい。あんな終わり方だとお互いに未練があるかもだから……」

「清々しい程自己中だな」


 美野里さんに良介とのことで何らかのわだかまりがあるとしたら恨みとかじゃないのか?


 俺が美野里さんだったらひっぱたくと思うというか、二人共既にひっぱたかれていたいたんだっけ。


 美野里さんGJ! 俺も出来ることなら今すぐひっぱたきたい。


 無理だけど、うっかり良介のことひっぱたいてやりたくなったが、リサの手前我慢してやっただけでもありがたく思え!


 決してうちの親が怖いとかじゃなくて、リサが可哀想だと思ったからだからな! その後もしばらく良介に文句をぶつくさ言われたけど、それは全部無視してやった。


 自分はリサっていう美人の彼女もいるくせに、何で一人身の俺に構うんだよ!


 お前はリサとよろしくやってろ!


 内心で文句たらたらだったが、ハタから見たら恋人のいる二人への八つ当たりにしか見えなかっただろうことに、家に帰ってから気付いて、のたうち回りたいぐらい叫びたくなった。


 やっぱり良介はいつかぶん殴る。


 その日の帰り道、一人でのんびりと歩きながら、美野里さんのこととか色々考える。


 課題のこととかも考えていたけど、思考の殆どは美野里さん。


 避けられている理由はポジティブに考えるなら、俺のことをじっくりと考えていてくれているからと考えればいいけど、ネガティブに考えたら俺の顔も見たくはないってことなんだろうか?


 考えないようにしていても、気が付けばうだうだと美野里さんのことを考えてしまう自分に嫌気がさしてしまうが、これが自分だから仕方ない。


 もし、美野里さんに嫌われていたとしても、美野里さんに言った通り俺の気持ちが変わる訳ではないんだし。




◇◇◇◇◇◇




「あ」

「あ」


 ネガティブに偏り過ぎそうになる気持ちをどうやって切り替えようかなと考えながら歩いていたら、美野里さんが曲がり角から現れてびっくりした。


 いつもこの時間にここを通っても今まで美野里さんに会ったことなかったよな?


 考えてみるがさっぱり記憶にないので、たまたま美野里さんがここを通っただけなんだろう。


 でも、まさか会えるとは思ってなかったため、お互いにびっくりしたけど、それよりも気になったことがある。


 全然会えてなかったから気付かなかったけど、美野里さんの髪の長さが全く違う。前はかなりロングで腰辺りまであったのに、今は肩甲骨の辺りまでしかない。


 いつの間に切ったんだろう。というか、これは突っ込んでいい話題なのか?

 失恋?


 いや、良介との噂で傷付いたであろう時期だって、切ってなかったんだから多分違う。


 それに、ここしばらくは俺が彼女に付きまとっていたから、他に男の陰があったら気付いているはずだ。


 多分、気分転換か何かで切ったんだろう。それなら聞いたっておかしくはないよな?


「……髪切ったんだね」


 ちょっと迷ったけど、聞いてみる。前とは雰囲気が違うけど、これはこれで可愛い。


 ニコニコしながら褒めれれば、美野里さんはちょっと引いているのか、恥ずかしいのか身じろぎした。


 どっち? 俺また余計なこと言った訳じゃないよな?


「……何でここにいるの?」

「大学の帰りだけど?」


 ちょっと大学に長居してしまったけど、それ以外言いようがない。というか、俺の話をスルーされてしまった。


 せっかく褒めたのに、答えにくい話題だったかな? 分からない。


 そりゃ、良介と揉めたかもしれないけど、あんなのが騒ぎになる程ではないだろうから美野里さんが知っている訳ないだろうし、この道は大学からの帰り道だとすぐに美野里さんは気付いてくれたので、それ以上は聞かれなかった。


 大学からの帰りだけどまだ夕方に近い時間だし、別におかしなところはないと思うけど、もしかして、ストーカーだと思われている?


「たまたま偶然この時間になっちゃっただけだから。……美野里さんも?」

「……ちょっと寄り道してただけだから」


 ストーカーとは違うからと強調してみたけど、美野里さんの警戒は解けない。どうしたら信じてくれるのか。


 早々に話を切りあげて帰ろうとする美野里さんに、本当に偶然だからと言っても多分信じてくれるかどうか。


「それより、今帰り? 一緒に帰る?」

「あ、うん」


 でも、何も言われないってことはまだ大丈夫だよな? 考えてくれているはずなんだよね? それともやっぱり俺のことなんか嫌い?


 ここまで脈なしだと諦めないと誓ったはずなのに、諦めた方がいいんじゃって囁く自分がいる。嫌な考えが頭の中をぐるぐるとループして余計に気が滅入りそうになる。


 だけど、諦めたくないと決めたじゃないかと自分で自分を鼓舞して美野里さんを誘ってみれば、てっきり断られるかと思っていたのに、美野里さんはあっさりと頷いた。


 その様子におっと思ったけど、話題は共通の講義の話とかでありきたりのないものだった。もうちょっと気の利いたこととか言えればよかったけど、とっさに出てきた話題がそれだったんだから仕方ない。


 どうして美野里さんの気が変わったのかは分からなかったけど、もしかしなくとも中々いい感じ? そうだったらいいなとデートのお誘いをしてみたが、その日は都合が悪いと断られてしまった。


 デートはまだはやかったのか。それとも本当に予定があったのか。


 それは、俺には分からない。もうちょっと聞けばよかったのだろうが、美野里さんにストーカーと思われているのかどうかの心配の方が大きすぎて聞く勇気がなかった。


 残念だけど、一ついいことがあった。美野里さんからブロックは解除したと教えてくれた。やったね!


 ずっと待っていたことだったからめちゃくちゃ嬉しい。


 帰ったらすぐにメッセージを入れようか。いや、解除されてすぐにメッセージを送るのはがっつき過ぎていると思われてしまうか? 悩む。


 ああだこうだと迷っている内にいつの間にか眠ってしまっていたらしく、朝になってスマホの電源が落ちていて美野里さんから何か連絡があったか分からなかった。


 何で肝心な時に寝落ちしてんだよ俺の馬鹿!


 慌ててスマホの充電をして起動させてみたら、美野里さんから帰ったのメッセージが入っていて、嬉しくなったのと同時に気付かなかった自分に落ち込みつつメッセージを沢山いれたら既読無視された。がっつき過ぎた。


 ほどほどの距離感って難しい。世の中の人たちはどうやって距離を詰めて行っているのだろう。その秘訣を教えて欲しい。

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