マーゴットとミラから許可を得ると、ヒューゴはミラたちを部屋へ送り届けた後、私服に着替え、庶民的な車を車両管理部から借りて王宮を後にした。
(一昨日は別々にパブを出たけど、結構な量の雨が降ってたから濡れたのかもな。タクシーで家まで送ってあげればよかった)
彼は公休日だったため、マイロが体調を崩して休んでいることを一日遅れて知ることになった。
アレックスとマイロの3人で飲んだあの夜。
マイロはかなり酒を飲んでいたし、アレックスとヒューゴからの遠慮のない尋問にも疲れ果てていたのだろう。
(俺とアレックス様のせいだよなぁ〰〰、絶対)
ヒューゴは、マイロが体調を崩したのも無理はないと納得していた。
(SNSの連絡先を交換しとけばよかったな。そうすれば昨日向こうから連絡が来たかもしれないのに。悪いことしたなぁ)
もう少し気を配るべきだったと反省しながら、ヒューゴは身辺調査の際に入手していたマイロの住所をカーナビに入力した。
主婦が乗るようなコンパクトな車だったため、大柄な体を縮めながら「せまいなぁ」とぼやきつつ、マイロの家へと向かう。
彼の自宅は王宮から少し離れた閑静な住宅街にあり、車ならそれほど時間はかからない。
そして、あと少しで到着というタイミングでスマホが鳴った。
ヒューゴは軽快な声で「もしもし?」と応じる。画面には、妹からの着信が表示されていた。
『ヒューゴ~。もしもし~』
モーヴはいつも通り飄々とした調子だったが、その声色から何らかの問題が起こっていることをヒューゴはすぐに察した。
「何かあったか?」
スマホを片手に運転しながら、視線を前方に向けたまま続きを促す。
『いや、ひょっとしたらと思って~確認なんだけど~』
「なにかあったのか? 戻ろうか」
『ううん~いや、あのさ~』
モーヴの語尾が妙に伸び、どこか神に祈るような口調だったことに違和感を覚えながらも、ヒューゴは慎重に車を停めた。
停止先はちょうどマイロの住むアパートの少し手前だった。
そして、ふと後部座席に目をやると――さっきまで不安げな表情で泣いていたはずのミラが、今度は神妙な面持ちで座っていた。
『姫、ヒューゴについてってない?』
「いないって言って!」
妹の言葉と、ミラの無言の圧力が同時にヒューゴの耳に飛び込んできた気がした。
後部座席ではミラが身を乗り出し、必死に×マークを指で作りながら「言うな! 黙れ!」と懇願するように指示を送っている。
「――いや、いない。ジャネット様のところじゃないか?」
ヒューゴは一瞬迷ったが、ミラの必死の指示に従い、急いで電話を切った。同時に、冷や汗がぶわっと背中を流れる。
――今、王宮にはミラがいない。
おそらくモーヴたちが総出で探しているはずだ。
もしミラが見舞いについて来たことが知られれば、大問題になるのは確実だった。
「ミラ様! なぜいらっしゃるのですか!」
「私も行く、お願いヒューゴ、ヒューゴしかお願いできないの。一目顔を見るだけで良いから」
ミラは追い詰められたような表情でヒューゴに頭を下げる。
これがもし恋愛リアリティーショーなら相当盛り上がるイベントだと思いつつも、流石にヒューゴもすぐ首を縦に振ることができなかった。
「ミラ様、流石にだめです。問題がありすぎます。俺一人の首じゃすみません!」
「つれていってくれないなら、私、1人でこのまま車降りて、SNSのアカウント作って、配信しながら国中を逃げ回ってやるからね……」
「そんな恐ろしいこと仰られないでください!」
「だってもしマイロに何かあれば、私、悔やんでも悔やみ切れないわ」
ミラは今にも泣きそうな顔で必死にヒューゴに食い下がった。
「だって、私、マイロとお友達になったのよ。一緒に写真撮りに行こうって約束したのよ。お友達の心配をするのはおかしいことじゃないはずよ……」
「……」
「それに熱が出た日は寂しくなるもの。体が弱ると孤独を感じるじゃない。私、マイロにはいつも笑っててほしいの」
「……ミラ様」
「だからヒューゴおねがい、つれていって……」
ヒューゴはミラの必死な顔を見て、心の中で深いため息をついた。
彼女の心情がよく分かってはいたが、王宮の秩序を乱すことができないという現実も彼に重くのしかかっていた。
「いいですかミラ様。これは、ただのご心配では済まされません。もしも誰かに見られたら、あなたの立場が危うくなるかもしれません」
「分かってる……」
ヒューゴは慎重に言葉を選びながら続ける。
「王宮の方々にも迷惑をかけることになります」
「分かってるわ……」
「…………それでも、会いたいと仰られるんですね?」
ミラは白い肌を真っ赤にして、涙を我慢しながらこくんと頷く。
ヒューゴは「負けた」という表情をしてふーっと息を吐くと、ミラの座っている後部座席のドアロックを解除した。
「分かりました。ちょっと顔を見るだけですからね。あと俺はいつも以上に傍にいますよ」
ミラは嬉しそうに目を輝かせ、すぐに車のドアを開けて降りる準備を始めた。