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第7話 スクープの宝庫 3/3

(やっばい。これ、完全におもちゃにされてるんじゃないのか?)


 一方、マイロは完全に窮地に立たされていた。

 特別ルールで注意を受けたため、できるだけ距離を取ろうと席を移動しようとしたのだが、ミラの友人たちに無理やり連れて行かれ、気づけばミラのグループの真ん中に座らされてしまった。

 冷や汗が止まらず、まさにその場にいること自体が緊張の塊となっていた。


(流石にトイレ中の姫さんにカメラを向けるのは気が引けるから講義室内で待ってただけなんだよ……! 女子大生の群れに25のおっさんが勝てるわけないだろ! おやじ狩りで殺されるのかと思ったわ!)


 もしマイロがコミュニケーション能力に長けていたのならこの状況もうまく利用できただろうが、マイロには無理な話だ。

 20歳の若いパワーに圧倒され何を話せばいいのか分からない。

 何故なら彼女達が静かな瞬間なんてほとんどなく、まるでディベートするかのようにずっと話したてているからだ。

 マイロが声をかける隙は一分もなく、マイロはただ黙ってその場にいるしかなかった。


 ふと、マイロは横目でちらりとミラの方を見た。

 ミラはカバンから筆記用具を取り出して講義の準備を整えており、ちょうど目が合った。

 普段カメラ越しにしか見たことのない顔が、首を少し横に向けるだけでこんなに近くにあるのだと思うと、マイロは少し緊張して目を背けた。

 陶器のような白い肌、ブロンドの髪が一本一本まで鮮明に見える距離。

 これをカメラで写さず、約90分間堪える必要があるのかと思うと、マイロは気が気でなかった。


 ついに教授が入ってきて講義が始まると、マイロは益々逃げ出せなくなった。

 ミラは黙って授業用のレジュメを2人の間に置き、指で軽くとんとんと指示をした。

 ミラはマイロに、教授が話している内容の範囲をこっそり教えてくれており、マイロもその意図をすぐに理解した。


(親切にしてもらってるけど……、バ、バレてるよなこれ)


 信じがたいほどの出来事に、マイロは頭の中が混乱しそうになった。ミラはまるで、単なる同級生として親切にしているだけだと言わんばかりに授業に集中し始め、教授が発した言葉をきれいな字でノートに書き写していった。ミラの手書きの文字は非常に均等で美しく、整っており、マイロは思わずその手元に目を奪われてしまった。


(…………流石に隣の席じゃカメラは使えない。メモを取るのも不自然だし……)


 ミラの愛用する文具はしっかり暗記していたし、彼女のファッションもおおよそ把握できた。

 しかし、学生の「ジャック」としてここにいる以上、それ以上のことはできそうにない。


 このままぼーっとしているだけでは時間の無駄だ。とりあえず、学生のふりをするために、板書された内容をノートに書き写すことにした。

 だが、左利きのマイロがノートの左上に手を伸ばした瞬間、マイロの左腕が偶然にもミラの右腕に当たった。

 左利きのマイロと右利きのミラが隣同士に座っていたため、利き手同士が軽くぶつかってしまったのだ。


「きゃっ!」


 女性らしい高くて細い声が講義室の中に響いた。

 マイロもその声に驚いて硬直し、横を見ると、真っ赤な顔をしたミラがびっくりした表情で彼を見ていた。


「ご、ごごご、ごめんなさい。あなたの腕が私の腕に当たったから、驚いちゃって」


 ミラは慌てながら小声で言い訳をした。

 マイロはその反応に驚きはしたが、左利きとして25年も生きていればこういったことは珍しくなく、すぐに自分の非を認めた。


「すんません。狭いっすよね。気をつけますね」

「え、いえ……」


 嬉し恥ずかしい気持ちでいっぱいのミラは、真っ赤になった顔を隠すように手で顔を覆った。


「ひ、左利きなんですね」


 ミラがまたぼそっと小さい声で聞いた。左利きの人間ならよくされる質問だったので、マイロは落ち着いて答える。


「あぁ、そうです。よく人にぶつけるんです、すみません」

「へ、へぇ……」


 マイロは左利き――他人からすればどうでもいい情報だが、ミラは心臓が跳ね、心が躍った。

 ここが自室ならば、「左利き、かわいい!」と飛び跳ねながら叫んでいたところだったが、講義室では淑やかなほほ笑みに留めておいた。


「私、左利きのお友達は初めてです」


 カメラ越しに見られるだけなら、こんな些細な情報でさえ一生得ることができなかったはずだ。

 純粋無垢なミラは、そんな些細なことを知ることさえ喜びを感じていた。

 ミラのバラ色の頬と微笑みに、マイロは少しどきりとしたが、教授が咳払いをしてこちらを牽制したので、2人は慌てて無言になった。

 マイロはそのまま、ノートの隅の方にさらさらとメッセージを綴った。


――そんなに左利きが珍しい?


 それを読んだミラは、満面の笑みを浮かべながら、自分のノートにさらさらと返事を書いた。


――とってもスペシャルな人だと思ったの!


 大げさだなと思いながらも、マイロは思わず微笑んだ。

 だが、マイロはミラが嬉しそうに反応することに首をかしげた。

 利き手の話がそんなに面白いのだろうか?

 彼女はまるで宝石でももらったかのように嬉しそうに微笑んでいる。


(お姫様にとって一般人の利き手はおもしろい話なのか? 変なの)


 育ちが違うのだから、笑いのツボが異なるのは当然だが、それでもどこか釈然としない気持ちが残った。


――好きな食べ物何ですか?


 次に送られてきたのは、ミラからのメッセージだった。マイロは少し考えてから、


――チョコとシェパーズパイ


 と返す。


 愛想のないシンプルすぎる答えにも関わらず、ミラはとても嬉しそうに静かに微笑んだ。

 そんなミラを見て、マイロは彼女がどうしてそんなに嬉しそうなのか、やっぱり全く理解できなかった。


 けれど、マイロの緊張はいつのまにか解けており、なぜか心が温かくなるのを感じた。

 不思議な子だなと思い、マイロはミラにバレないようにふっと笑う。


(……気付いてるにせよ、俺に怒ってはなさそう。だけど、これ以上は余計なことはしないでおこう)


 その後マイロはにこにこ笑顔のミラに愛想笑いを返すと、左手が当たらないように気をつけながら教授の方へと向いた。


(どうせ取材できないんだし、大学生らしく授業を受けとこ)


 なんたって、一流大学の教授による講義なのだ。どうせなら自力では入れない一流大学の講義を楽しんでしまおうと思った。

 マイロは最初90分もじっと座ってられるか心配だったけど、覚えないでいい授業を受けるということは案外面白く、自分でも驚くほどのめり込んでいた。

 そしてあっという間に時間が過ぎ、教授の号令と同時に解散の時間となった。


(マイロとお別れの時間だわ。もう少しお話ししたかったけど、もうマーゴットたちが待ってるはずだし、仕方ないわよね……)


 ミラにとっても、あっという間の90分だった。

 講義の間、何度もマイロの横顔をバレないように見てしまった。

 日焼けした肌、目の下の傷、少し乱れたくせ毛。

 ミラはそれらすべてが愛おしく、彼の存在をただ感じるだけで幸せだった。


(私……今日のこの時間を一生忘れない)


 きっと、このような機会は二度と訪れないだろうと、ミラは心から幸せを噛み締めた。

 ずっと憧れていた人と90分も一緒に過ごせたことに感動し、胸が高鳴るのを感じていた。

 同時に、もしかするとこの瞬間が人生のピークかもしれないと思うと、少し寂しさも湧いてきた。


「えー、レポートは全員出したかな? まだの子は、今日中で提出してね。メールは不可。Wordで作成し印刷したものを私の研究所のポストに入れておくように。じゃ、よろしく」


 しかし講義が終わる直前、教授が棒読みの台詞かのようにすらすらと告げた。

 そして足早に講義室を退室して行ったが、解放の喜びで少しずつ騒がしくなる学生らの真ん中で、ミラはぽかんとした表情でその場に座っていた。


「……レポート?」

「ミラち、どしたん?」

「レポートって、先週出たやつ? あれって締め切り来週じゃないの……?」


 友人らも事態を察してだんだんと真顔になる。

 お互いに目を合わせて、あーあとため息をつくように苦笑いをした。


「今日までよ」

「……えーうそ、勘違いしてた。やってない」

「あー。ミラち、やっちったねぇ」

「この講義、必修だから落とせないでしょ? どうするのミラち」

「て、手伝って……!」


 友人たちは目配せしながら、それぞれが考えを巡らせる。今回のレポートは比較的簡単な内容でB+くらいのレベルだ。ミラなら1人でも数時間で終わらせられるだろう。

 だが問題は、手書きもメール提出も禁じられている点だ。


「ジャックさん、タイピングって早い? ミラちってぇ、タイピングがすっご〜く遅・い・の。その辺のおばあちゃんより遅・い・の。1人じゃ絶対に間・に・合・わ・な・い・の!」

「うぇ?」


 ジャック(マイロ)は完全に蚊帳の外だと思っていたが、予想外の問いかけが飛んできて、驚きと戸惑いを隠せなかった。

 大学を出たものの学力に差があるマイロは、レポートを手伝うなんてまったく自信がなかった。


「いや、俺、皆さんほど頭よくないんで」


 マイロはすぐに断るつもりだったが、心の中に邪な考えが過ぎった。

 それはまるで悪魔のささやきのように、マイロの意識を支配していった。


 ――夢を叶えたくないのか? チャンスが土産付きでやってきたんだぞ。


 その声は、まるで耳元で囁かれるように頭に響いた。


(いや、でもそれは越えてはいけない一線だ。俺はそんなことしたくない)


 マイロは自分の欲望を追い払おうとした。もしその欲に負けたら、自分を許せなくなるような気がしたからだ。



 一方で、ミラも悩んでいた。

 レポートを提出しなければ単位を落としてしまうこと、そして自分のタイピングが遅いことは本当だったが、こんなことでマイロを巻き込むべきか迷っていた。


(流石にマイロの時間を奪うことなんてできないわ。だってこれは私の失敗だもの)


 けれど、ミラの心にも邪な考えがよぎった。


 ――これはチャンス。今日を逃せば永遠に他人同士かもよ? それでいいの? ミラ。


「ジャ、ジャックさん、手伝って……くれますか……?」

「ぜ、ぜひ……」


 ほほ笑み合う2人の間に微妙な緊張感が漂った。


 次回予告

 レポートよ終わらないで




=====

本日のミラ様(下書き)


スウェット 白 大きい花柄のやつ 


ボーイフレンドデニム 灰色 ユネクロ 


スニーカー 厚底 ネイキがバスケ選手の誰かとコラボしたアイテム ←後で検索


ピアス パールの一粒 ネキモトっぽい 女性誌に先月号掲載あったはず


ネックレス ゴールドのチェーン テフニーぽっい ←確定


服は全体的にラフ 珍しい


講義室で休憩中は友人と談笑。

リップを7本持ち歩いている。気分で変えている? 友人にも貸していた。おしゃれなのか、友人の為か。


小さいあくびを1度だけ

授業中は髪まとめる派 ←あとで髪留め調べる


謎ルールで絡んだ友人にも横暴な態度を取らず、あくまでも淑女的に対応


文具

手帳 ペンシルケース スマウソン

ボールペン シャープペンシル パークー ショッター




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