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第7話 スクープの宝庫 1/3

 王立大学はその伝統と美しさで知られ、世界中から集まった優秀な学生たちが学び舎として通っている。

 ここで王女ミラは、一般の生徒たちと肩を並べ、平等に扱われながら学びに励んでいた。


(バ、バレないようにしないと)


 そのような場所に、25歳のアラサー、マイロ・ガルシアが足を踏み入れていた。

 周囲の生徒たちの目を避けるように壁沿いを歩きながら、彼は目的の教室へと向かっていた。


(20歳とかってこんなに若かったっけ? 俺、おじさんだと思われてないかな)


 聴講生や留年者もいるためか誰もマイロに注目したりはしなかったが、それでも万が一警備員を呼ばれるかもしれないと思うと気が気でなかった。


(俺は、姫さんが嫌がるようなスキャンダルなんて書きたくない)


 自分の仕事と倫理観の狭間で葛藤しながらも、彼は足を止めることなく前進する。

 手には隠し撮り用のペン型カメラが握られていて、手汗で少し湿っていた。


(元々俺は風景写真家志望なんだ。人の悪意を煽るような仕事なんてしたくない)


 マイロの脳裏に浮かんだ大自然の風景は美しく、何の悪意も汚れもない。

 だというのに自分の手でそれらを汚すような最悪な気分になった。


(でも俺はパパラッチとして金貰ってるんだ。有名人のスクープで世間を騒がせることが俺の仕事なんだ)


 それでもこの道を選んだのは自分だ。そして今日大学に足を踏み入れたのも自分の意志だ。


(姫さんが良い子だから、スキャンダルじゃないない意味がないとか、言い訳してばっかりだった)


 自身を責め立てながらもマイロの足は止まる事を知らなかった。

 変装の為の伊達メガネを押し上げると、彼は大学生の雑踏の中に身を潜めながら歩き続ける。

 ――とにかく今は結果を出す為に動こう。それが今の俺が唯一できることなんだ。と、心を奮い立たせるように言い聞かせた。


(あと奨学金の返済もあるから首になるわけにはいかない! ゲームに影響を受けたってのが我ながらダサいけどやるぞ!)


 金銭的な問題からも目を背けられない。

 例のゲームの主人公に感情移入しながらマイロは深呼吸し目的の教室まで足を運ぶと重い扉を開けた。中は講義の開始を待つ生徒のせいで耳を塞ぎたくなるほどの騒がしさだったが、マイロは喧騒をかえって好都合だと思いながら座席を選んで座った。

 周りから浮かないように筆記用具を机に置いた後、隠し撮り用のペン型カメラとボイスレコーダーが作動するかこっそりチェックする。


(俺は記者としての姿勢が足らなかったんだ。スクープやスキャンダルは待ってても仕方ない、撮りに行かなきゃ)


 マイロは目を細め、教室内の喧騒に耳を傾けながら自信を奮い立たせる。

 そして帽子を目深にかぶり直してから、少し離れた中央付近の座席へと目を向けた。

 そこには友人らに囲まれて談笑しているミラの姿があった。


 (この講義は100人近くの受講生がいるから俺が紛れ込んだところで誰も気付かない。潜入取材をするにはうってつけの講義だ)


 ミラは姫という高貴な立場でありながら一般生徒の輪に見事に溶け込んでおり、20歳らしいあどけない笑顔を見せていた。


「ミラち~リップ貸して~忘れちった~」

「いいわよ~ちょっと待ってて~」


 まるで一般人だと勘違いしそうな程、ミラはごく普通の女子大生のように振舞っていた。

 ミラは友人に頼まれると、化粧ポーチからリップを7本取り出す。

 マイロは「口は一個しかないのに何で7本も持ってきてるんだ?」と思いつつ、友人らの顔もじっくりと観察し、脳内の情報と照合していく。


(確かあれは某洋菓子メーカーの娘だ。あっちは隣国でブイブイ言わせてる企業の娘。流石姫さん、パイプも太い)


 そろいもそろって経済に多大なる影響を与えるレベルの企業の子女ら。マイロは思わず生唾を飲んだ。

 もちろんマイロはノートにミラの友人の情報を書き残す。

 ミラがどのようなことに興味を持っているのかを知ることができれば、スクープの糸口を掴めるかもしれない。


「パーソナルカラーで考えたらこっちの色の方が似合うと思うけど、新作のブラウンもすっごくいい色だし似合うと思うわ。おすすめよ」

「う~ん。ミラちのおすすめの方で、お・ね・が・い!」

「はいはい。こっち向いてぇ」


 キスをするように唇を突き出す友人へミラはリップを塗ってやった。

 そして友人は綺麗に色付いた唇でミラにふざけてキスをしようとしたので、ミラは「止めてよ~!」と大きな声で笑いながらそれを避けていた。

 他の友人はその様子を見ながら、トートバッグから紙袋を取り出すとミラの前に置いた。


「ねえミラち、ポピープラウンの新作のファンデ気になるって言ってたでしょう? これ、良かったら貰ってくれない?」


 ミラが紙袋の中身を確認すると、新品同様のファンデーションの小瓶が入っていた。


「えっいいの? これ、とても高価なものじゃない。それに、売り切れ続出ってネットで見たわ!」


 ミラは目を丸くしながら遠慮していたが、友人は眉尻を下げながら「いいのいいの」と爽やかに言った。


「ラス1だからって買ったはいいものの、結局私の肌の色と合わなかったから。返品はできないし、かといって売るのもなんだし、よかったら使ってよ~」

「わぁ……! うれしい! ありがとう! 本当に気になってたのよこれ♪」


 いつもの従者3人組には見せない表情にマイロのジャーナリスト精神が躍った。

 いつもは年上のマーゴットたちに幼い子供のような対応をされるミラが、あだ名で呼ばれ、どこにでもいる女子大学生として扱われており、ミラも一端の大学生として接している。


(これは、スクープの宝庫だ……!)


 マイロが興奮するのは無理もなかった。

 ミラの周りはガードが固いことで有名で、ジャーナリストたちが同級生に取材費を渡してミラの様子を探ろうとしても一切応じようとしないことで有名だったからだ。

 学校から箝口令が敷かれているという噂もあったが、マイロは数分でそれがただの噂に過ぎないことを察していた。

 ミラは友人から愛されており、おそらく友人たちもミラを売る気がないだけなのだろう。


(姫さん良い友人をお持ちで。それでもごめんなさい。俺は自分の出世のために君を売る)


 ミラのプライベートを撮ることも、自身のポリシーに反することをしようとしていることも嫌だったが、パパラッチという仕事で食うためには割り切ることも大事だと自分に言い聞かせる。

 それに、割り切ったことで自分の人生が変わるきっかけをつかめるかもしれない、と思うと手が震えそうだった。

 もしそうなれば、自分が禁忌を犯したことにも言い訳ができる。高揚する心を抑えつつ、角度を整え、シャッターを切ろうとしたそのときだった。


「ねえ、あなた。席が少しミラ様に近いんじゃないの」


 突然かけられた冷たい声に、マイロは心臓が飛び跳ねるのを感じた。目を向けると、そこには険しい表情をした若い女子大生が立っていた。


「あなた、学生の癖に、この大学のルールを知らないわけじゃないでしょう?」


 まるで地の底から響くかのような声と学生とは思えない迫力に、マイロは思わず後ずさった。

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