「見て、買っちゃったの、マイロがいつも着てるジャージ……♡」
それは、マイロが愛用しているスポーツブランドのジャージの上着だった。
マイロはパパラッチという職業柄、動きやすいジャージをよく愛用していた。それは黒色で、袖にブランドロゴが並べられたアイコンアイテムだ。
もちろんミラはそれを見逃さなかった。
ジャージを特定した後、通販サイトのサイズ表を見て、マイロの数値を予想しながら垂涎していた。
ちなみに、ミラの目測ではマイロの身長は178cmほどだ。
ミラ自身は162cmなので、暇な講義中に定規を取り出しては「これくらい背が違うんだわ」と妄想して楽しんでいた。
「細身だからMと迷ったんだけど~……マイロっていつもジャージをだぼっと着てるでしょ? だからLサイズにしたの!」
「わぁ~……(恋愛初心者過ぎんな)」
自分が仕えている姫の恋のやり方がちょっとズレている気がして、モーヴは何とも言えない声を出したが、すっかり自分の世界に浸っていたミラはその声に気づいていなかった。
「お揃い良いですね。パーソナルトレーニングのときに着るんですか?」
対してヒューゴはノリノリでミラの話を聞いている。
「いいえ。私、今日は、ジャージでコーディネイトを組もうかと思っているのよ」
「えっ?」
「だって、これさえ着てれば、マイロだってきっと声をかけざるを得ないはずよ」
ミラはジャージの上着を羽織りながら、ミラは自信満々に思い描いたシナリオを頭の中で繰り返していた。
――まず、ミラはマイロとお揃いのジャージをメインにコーディネイトを組み、大学へと出かける。門を出て待ち構えているであろうマイロはもちろんすぐ同じジャージを着ていることに気が付いて「やあミラ姫、僕とお揃いですね。なんだか恥ずかしいな」と声をかけてくる。ミラはマイロからの声掛けにあくまで「えぇそうね」と冷静に返すが、ミステリアスにほほ笑んだ後「あなたもとっても似合っているわ」とほめる。そして2人は自然と距離を縮め、電話番号を交換し、その後は夜景のきれいなレストランでディナーを楽しみ、海に行って、密に連絡を取り合う日々が続く。最後には、何だかんだあって恋仲に……。
「題してお揃いジャージ作戦! 私ずっと考えてたのよ。どうしたらマイロとお話しできるようになるんだろう? って」
「あー。はい」
「そして分かったの。きっかけだけがないんだわって! だから、マイロから話しかけるきっかけを作ってあげなくっちゃ! ってね」
「あー。ですねー」
「我ながら完璧な作戦だわ……。これならマイロも私に声をかけてくるはず……!」
ミラは声高々に言ったが、モーヴはスマホを操作しながら空返事をし、ヒューゴは途中から微妙な空気を感じ取り、冷静にミラからジャージを受け取ると、付きっぱなしだった商品タグを切った。
「でも姫~。匂わせは止めてくださいね~」
「匂わせ?」
「こーゆーやつです」
モーヴがスマホで見せてきたのは、かつて大炎上を引き起こした女優の記事だった。
その女優は当時、アイドルとして売り出し中の彼氏がいたにもかかわらず、ブログやSNSに帽子やアクセサリーの写真を頻繁に投稿していた。実はそれらはすべて彼氏の私物であり、彼女でないと撮れないような写真だったことから、『匂わせ画像』として話題を呼んだ。もちろん、交際は公表していなかった。
さらに、彼氏の口癖や歌詞をブログにさりげなく引用したり、明らかにデート中とわかる写真を堂々と投稿したりと、その行動は次第にエスカレートしていった。
結果、アイドルのファンから激しい非難を浴び、大炎上に発展。
それから数年が経った今でも、SNSでたびたび掘り返されるほどの“伝説の炎上”として語り継がれている。
ミラはその記事を端から端まで読み上げたが、まるで理解ができないとでも言うように眉根を寄せた。
「でも付き合っているのよね? それなら、別にこの女優の子は悪いことはしていないんじゃないの?」
その一言には、純粋な疑問と少しの困惑が滲んでいた。
「匂わせって言うのは、本人に悪意があろうがなかろうが、人の神経を逆なでるんですよ~」
モーヴはスマホを指先で操作しながら、ミラの反応に肩をすくめて軽く笑った。
「この女優が悪いことをしていないのはその通りです。でも、そこは問題じゃないんです。匂わせの善悪を決めるのは本人じゃなくて、世間の人たちなんですよ」
「えぇ!? どうして? 意味が分からないわ」
「そういうものなんです。この女優も当時は物凄く叩かれていましたよ~。それこそ、普通なら気に病んで自殺するレベルの酷い叩き様でした。まっ。この女優さんは最終的には結婚してましたけどね」
ふうやれやれ。と言うようにモーヴは首を振ると、珍しく真面目な顔をして続けた。
「もしそのジャージがあの男とお揃いってばれたら『一国の姫が一般人にお熱』とか言う名目で、あることないこと言われるでしょうね。未来永劫擦られるに決まってます。それで傷付くのは姫ですよ。私は姫に傷ついて欲しくないっす。だから、匂わせみたいなことはせめて家の中だけでやってください」
ミラはモーヴの言葉にハッとした表情を見せた。
――傷ついて欲しくないっす。
モーヴの純粋な気持ちが、浮かれていた自分の心に突き刺さる。
これまで自分がどれだけ周囲の目に晒され、何をしても噂話の種にされるかを、頭では理解していたつもりだった。だが、恋する気持ちに浮かれていた彼女は、その現実を少し軽く見ていたのかもしれない。
「……そうよね。これは部屋着にするわ! ありがとうモーブ、教えてくれて」
ミラは少し俯きながらジャージを丁寧に畳み直した。その表情には、少しの悔しさと同時に、モーヴの優しさへの感謝が滲んでいた。
モーヴも答えるようににっこりと微笑んで言った。
「あと炎上とかしたら火消しするの私たちなんでだるいっす!」
「もう少しオブラートに包んでくれない?」
*
「それでは、いってらっしゃいませ。ミラ様」
「終わったら連絡するわね♪ いってきま~す!」
学生であるミラはこれから学びの時間だ。車で大学まで送ってもらったミラは、そのまま校舎へと入っていった。
ミラは校内では他の学生と同じように1人で行動している。その為従者の3人は待機する必要はあるものの、半分は自由時間である。
「それで、きちんと対応してくれたの?」
ミラが校舎の中に入り、廊下を曲がったことを確認したマーゴットはふうと息をつくと、傍にいたモーヴとヒューゴに問いかけた。
「ばーっちり。とりあえず、ジャージを外で着ることはないと思います」
「そう。ありがとう」
モーヴの返答に、マーゴットが満足そうに答えた。
「でも先輩。姫は多分、あのパパラッチへのアプローチを辞める気なんてないと思いますよ」
モーヴがいつも通りの間の抜けたような癖のある話し方で、マーゴットに進言した。
「もちろん、ご自身の立場はわかってると思いますぅ~。でも、本気で好きなんだなぁっていうのが、ひしひし伝わってくるんです」
「そもそも、姫様の恋心を俺たちが止める権利なんてあるんでしょうか」
ヒューゴも口を挟む。しかし、その言葉に対してマーゴットは冷ややかに返した。
「あなたたちは黙って従いなさい」
まるで一切の反論を許さないかのように、マーゴットの声には冷たい響きが宿っていた。
「ミラ様の恋は、国益となるお相手としか許されないの。絶対にパパラッチたちにマイロ・ガルシアのことを悟らせないで。これは私たちの重要な仕事の一つなのよ」
「……でも」
「分かったら返事!」
「……はぁい」
モーヴは不満げに返事をしつつも、逆らうことなく従った。
そしてマーゴットはミラが入っていった校舎を見たあとに、パパラッチたちへと目を向けた。
待機しているパパラッチたちの集団の中にはもちろんマイロがいた。
彼はスマホをタップして、黙々と文章を書き込んでいる。恐らく、今日のミラの服装についてメモを残しているのだろう。
マイロが書いた記事は、マーゴットもすべて目を通していた。
文章やミラの写真の扱い方で、彼の仕事に対する姿勢がよくわかる。
彼は真面目で、優しさがにじみ出るような記事を書く青年なのだ。
(……ミラ様には、実らないと分かりきった恋で傷ついてほしくないのよ)
マーゴットは冷静な表情を保ち、遠くのマイロを睨みながら、心の中でそう呟いた。
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今日のミラ様
冬の訪れを感じる季節にもかかわらず、鮮やかなレモンイエローのシャツドレスが視線を奪うミラ様。
爽やかさと上品さを見事に融合させたスタイリングは、寒さを忘れさせるようなポジティブなエネルギーを放っている。
黒のスニーカーと、軽やかにまとめたポニーテールが、全体にスポーティで明るい印象を添え、彼女の抜群のセンスを感じさせる。
シャツドレス ステラ・マッカロニ 209,000-(Tax別)
スニーカー セリータ 115,500-(Tax別)
ピアス(イエロー シトリンとダイヤモンド)アシュプレイ 515,750-(Tax別)
ペンダント(イエロー シトリンとダイヤモンド)アシュプレイ 370,000-(Tax別)
著 マイロ・ガルシア