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第3話 マイロに会いたくない 2/2

 その日の夜、ミラの部屋にて。


「ってことがあって……」

「まぁ~、そうだったのね」


 ミラは昼間の出来事を姉姫ジャネットに打ち明けていた。

 昼間の騒ぎから逃げるようにその場を後にした彼女は、急いで帰宅し、夕食を終えた後、ジャネットと共に食後のお茶を楽しんでいた。


 男性関係の噂が絶えないジャネットは、ミラとは対照的だった。

 共通点と言えば豊かなブロンドの髪くらいで、性格も雰囲気も全く異なる。

 ミラが「かわいい系」の女性であるのに対し、ジャネットは「フェミニンでエレガント」な雰囲気を持つ美人だった。


 13人兄姉の中で、ミラが一番仲良くしているのがこのジャネットであり、ジャネットにとっても一番の親友はミラだった。

 在宅している間、ジャネットはほとんどの時間をミラの部屋で過ごしている。寝るときくらいしか自室に戻らないほど、2人は親密だった。


 ジャネットはミラの話を聞きながら、クリスタル製のジャム瓶からブルーベリージャムをたっぷりとすくい、クロテッドクリームとともにスコーンに載せる。

 そして上品に口をあーんと開けると、優雅にそれを食べた。

 ミラはその様子を見ながら「さっき夕ご飯を食べたばかりなのに」と思いつつ、何度も手鏡を見てはため息をついている。


「でもねミラ。男性は女性の美容の変化なんてさほど気付かないものよ」


 ジャネットはどよんと落ち込んでいる妹へ、アドバイスをするように声をかけた。


「あなたが気になってる男性だって何も思ってないわよ。髪を失敗されただなんてさほど気にすることじゃないわ」

「違うのよお姉ちゃん! マ……! じゃなくて、私の専属の王族専門ジャーナリストの中に、すごく細かいところまで見る人がいるのよ! その人にもし悪い印象を持たれたら、恥ず、じゃなくて、王家の人間としてみっともないじゃない!」

「大丈夫よ。ミラは顔がとってもかわいいんだから」


 ジャネットは顔を真っ赤にするミラをからかうように、にっこりと微笑んだ。


「そんなに心配ならデートにでも誘ってストレートに聞いてみたらいいじゃない? 私の髪型変? って」

「き、聞けないわよ。連絡先も知らないし……」


 ミラの予想外の返答に、ジャネットは目を丸くする。


「えぇ? それくらい聞きだしなさいよ。どうせあなたの好きな人って、大学の同級生とか、幼馴染の彼でしょ? どうして踏みとどまっているのよ」

「そんなこと言われたって……」

「ていうか、いい加減教えなさいよ! あなたの好きな人!」


 ジャネットは例えるのならば、恋の女怪盗のようであった。

 少しでも良いと思った男には必ずアプローチし、交際したら与えてもらうだけ与えてもらい、飽きたらぽいっと捨ててしまう小悪魔的な一面がある。


「ねえ誰なの? 同級生の子? お姉ちゃん知ってる? ほら、誰にも言わないから教えてよ」


 そんな性格のジャネットからすると、うじうじした奥手の妹は大変いじらしい。

 そして同時に、【絶好のスクープ】だとも考えていた。


(今日こそ妹の秘密を暴いてやるわ)


 虎視眈々とジャネットは目論んでいたのだ。

 ミラはミラで姉の思惑には気が付いていた。ミラは恥ずかしさで顔を真っ赤にして声を荒げながら「内緒よ!」と叫んだ。


(お姉ちゃんとはいえ、さすがに好きな人が自分を追いかけてるパパラッチだとは言えないわ!)


 ミラがマイロのことが好きだということは一部の従者しか知らないトップシークレットだ。

 もちろん姉が自分の恋に反対することはないだろうけど、もし姉がマイロにちょっかいをかけたら困る。困るに違いない。私が困るに決まってる!

 そんな風に考えていると、ミラのスマホから突然通知の音楽がポロンと聞こえた。


「! 最新号の更新だわ!」


 ミラは思わず声を上げ、机の上に置いていたスマホを手に取ると、すぐに通知タブを連打しながら記事を開こうとした。

 彼女はマイロが担当している雑誌のWEBページに更新があった際に通知を受け取る設定をしていたのだ。どうやら、今まさに新しい記事がアップされたらしい。


「あんまり急ぐものだから旗取り競争でもしてるのかと思ったわ。何の通知?」

「えっと……好きな作家さんの新刊が出る日なの! 大学ですっごく流行ってるのよ!」


 ミラはとっさに嘘をついた。


「そんなに慌てるほど面白いの? お姉ちゃんにも教えて?」

「もちろんよ!」


 自分でも苦しい言い訳だと思いながら、ミラはスマホの画面に目を凝らす。

 WEBページはマイロ以外の記者も更新することがあるため、まずはマイロの名前を探すことにした。

 ページの最下部に「著 マイロ・ガルシア」としっかりと名前が記載されているのを確認したミラは、ほっとしたように息をつき、画面を上にスワイプして、少し緊張しながら記事を最初から読み進めた。


「……!」


 ミラのルビー色の瞳が輝きを放つ。


「お姉ちゃん、私、この髪やっぱりすっごく気に入ったわ」


 そして手鏡を持ち直し、自分の美しい顔を覗き込むと、満面の笑みを浮かべながら姉に自慢するように言った。


「急にどうしたのよ」

「今日の美容師さんまた指名しようかしら♪」

「手のひら返しがすごいわ」


 ジャネットには、妹の機嫌が急に良くなった理由が全くわからなかった。

 何度か声をかけてみたが、ミラはその後も上の空で、ニヤニヤしながら鏡を覗き込むだけで、まともな会話はできなかった。


(がーん。ミラに無視されてる)


 ジャネットは少し傷付いた。その間もミラはにやにやしながら記事を何度も読んではスクリーンショットを何十枚と撮っていた。


(お姉ちゃん寂しい。でもミラが幸せならOKよ)


 にやけ面が止まらないミラを見ながら、ジャネットは新しいスコーンに手を伸ばし、ミルクジャムをたっぷりとつけて食べる。

 そしてマーゴットが言った通り、シャンプーをしたらすっかりいつものミラに戻ったのだが、それはまた別のお話。


 *


 同じ日の夜、インク・メディアのフロアにて。


「よっしゃ、WEB記事更新完了っと……」


 薄暗い部屋、残業中のマイロは一息つきながらコーヒーをすすった。


 毎日毎日ミラのファッションばかりを書いていたマイロはネタ切れに悩まされていたが、今日は幸いにも美容院のネタがあったため、スムーズに記事が完成した。

 ミラが傷つかないように言葉を慎重に選ぶ手間はあったものの、それでもいつもより1時間も早く仕事を終わらせることができそうだ。

 マイロは大きくあくびをし、思いっきり伸びをした。


(それにしても、姫さん、今日は速攻で帰ったな)


 愛想のいいミラは、たいていパパラッチと少しは会話を交わすものだ。

 しかし、今日は違った。

 ミラはマイロの方をちらりと見た瞬間、顔が一瞬で青ざめ、まるで逃げるように車に乗り込むと、急いで帰ってしまった。

 他のパパラッチたちも困惑していたが、結局それに代わるような出来事も起きることなく、皆一様に帰宅していった。


(……俺と目が合った瞬間、すっごい嫌そうな顔をされた気がする)


 その光景を思い出すたびに、マイロは動揺し、ミラの記事を何度も上下にスクロールしてしまう。

 それと同時に、いやいや、考えすぎだと自分に言い聞かせる。


(そうだよ。たかがパパラッチ1人に一国の姫が良くも悪くも執着するはずがない)


 マイロは自意識過剰だと自嘲し、薄ら笑いを浮かべる。

 今日は撮影したばかりのミラの写真を拡大し、改めて見ることにした。


(新しい髪型、かわいかったな~)


 ミラが大失敗だと思った髪型だが、マイロはそれを気に入っていた。母が昔大事にしていたドレスを着た女の子の人形みたいでかわいらしいと思ったからだ。

 だからこそ、今日も本当はもっと何枚も写真を撮って、その中から厳選したものを記事に載せたかった。

 だというのに、心残りがあるまま仕事を終えてしまったことを、マイロは後悔していた。


「……やっぱ俺嫌われてんのかな~」


 勘違いしたままマイロはラップトップを閉じた。そのまま立ち上がってジャージを羽織ると、残業を続ける同僚に声をかけてからオフィスを後にした。

 薄暗い廊下を歩きながら、彼の頭の中にはミラの顔が何度も浮かんでは消えていった。


 *


――ミラ姫、華麗なるイメチェン! 新たな魅力を披露!

 トータルビューティーサロンから姿を現したミラ姫は、集まったジャーナリストたちに満面の笑みで挨拶をされた。

 その後、リムジンに乗り込み足早に帰宅されたが、注目を集めたのはそのヘアスタイルだった。

 これまでの柔らかでナチュラルな印象とは異なり、今回のヘアスタイルは力強いカールが施されていた。

 クラシカルで洗練された美しさが際立ち、アンティーク映画の女優を彷彿とさせる優雅な雰囲気をまとっていた。

 このスタイルチェンジが、何か特別な心境の変化や大人の女性としての新たな一歩を意識した結果なのかは定かではない。

 しかし、その大胆なイメージチェンジは大成功と言える。

 ミラ姫の新たな魅力が、さらに多くの人々を惹きつけるに違いない。


著:マイロ・ガルシア

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