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第2話 いいなぁ。そういう誇れる感じ 3/3

(どうして……マイロが……)


 ミラは驚きで声が出なかった。あのマイロが私だけを見ていて、何かを話しかけようとしている。そう思うだけで緊張して心臓がドクドクと跳ね上がった。


 一方で、マイロの目線はあちこちに散らばって不安定だった。

 そわそわと落ち着きのない態度で明らかに不自然だった。マーゴットをはじめ、従者の3人は反射的にさっとミラを囲んだが、マイロは申し訳なさそうな態度を続けている。


「あの、俺、インク・メディアのマイロ・ガルシアです。あの、姫さ、いえ、ミラ様のお付きの人、どなたかこっちにお願いします」


 挙動不審なマイロにマーゴットは眉根を寄せたままだったが、ヒューゴに『姫をお守りして』という合図をすると、ゆっくりマイロの方へと駆け寄った。

 だがマイロは相手をしてくれる者がマーゴットだったことが少し不満だったようで、もごもごと口ごもってしまった。


「あの……で、できればあのゴツい男の人がいいんすけど」

「いえ、用事でしたら私が」

「え? いやキモイって思われたくないんでできれば男性が」

「何の、ご用でしょうか?」


 マーゴットはマイロのもごもごとした態度を気持ち悪いと思いつつ、毅然とした態度でマイロに反論する。


「あ、いや、じゃお姉さんで……」


 根負けしたマイロは内緒話をするようにマーゴットに耳打ちをした。

 ごにょごにょ、とそのまま囁くと、マーゴットはすぐ同情するような目でミラを見た。


「で、――なんで――の方がいいと思うっす」

「……そうですね。ありがとうございます」

「あっこにいるおっさんたち、あっいや、ジャーナリストのカメラ、確認してもらっていいっすか?」

「えぇ、ぜひ」


 マーゴットはマイロに礼を言いながら、ジャーナリストたちの元へと駆け寄った。

 そして全員のカメラを一台ずつ確認し終えると「ありがとうございました」と深々と礼を伝え、すぐミラたちの方へと戻っていった。


「姫さま。失礼いたします。お寒いですからジャケットを羽織ってくださいまし」

「え? でももう車に乗るところ……」

「いいから羽織ってください。風邪をひいてしまいますから」


 ミラは不思議そうに顔をきょとんとさせているが、マーゴットが差し出したコートを素直に羽織る。

 それを見てマイロは少しホッとした。

 そのことにも疑問を感じつつ、コートを着たミラを車に押し込みながら、「それでは皆さんまた」とマーゴットが言い置いて車に乗り込んだ。


「ねえマーゴット、あのジャーナリストと何を話してたの?」


 静かに出発した車内の中でミラがマーゴットに尋ねる。


(あのマイロが、初めて私に声をかけそうだったのよ。気になるわ)


 直接会話はできなかったけれど、マイロが関心を持っていたことは確かだ。

 ミラは高鳴る胸を抑えながら、ルビー色の瞳を上目遣いしながらマーゴットに訊ねた。

 しかしマーゴットは「はぁ」とため息をついた。

 そしてすぐに、


 「ミラ様、ミニスカートはしばらく禁止でございます」


 と、苦言を呈した。

 ミラは今日一番びっくりしたような顔をしたが、すぐ「えぇ!? どうして?」と大声を上げ、マーゴットに食い下がった。


「どうしてもです! しばらくは禁止です!」

「なんで? 似合ってないの!? ヒューゴ! 私って女としてイケてないの!?」

「ヒューゴに絡まない! なんでもです!」

「モーヴ! モーヴはどう思うの⁉」

「今日の姫も超かわいいよ〜?」

「モーヴ! 黙りなさい!」


 その後も似たようなやり取りを2、3度繰り返したが、根負けしたミラは黙って鞄から読みかけの小説を取り出して、静かに読み始めた。

 マーゴットは膝掛けをかけてやり、ミラのミニスカートから伸びる足を隠してやる。ミラは少し不機嫌そうだったが、小声で「ありがとう」と返すと、そのまま読書へと集中し始めた。


(全く。姫ったらもう少ししっかりしていただかかないと)


 マーゴットは不満そうに本を読む姫の横顔を見つめていた。


(ミラ様、あなたはとてもミニスカートが似合っていましたよ。だけどね、ダメなものはダメなんです)


 報告をしにきたマイロの気まずそうな顔。何度思い出してもため息が出る。

 おそらく、あの男は自主的に言いにきたわけではい。パパラッチ内で話し合った結果、一番若いから貧乏くじを引かされただけなのだろう。

 だから彼を責めるのは止めておこう。マーゴットは心に決めた。


 パパラッチをしにくるジャーナリストは目の上のたんこぶのような存在だ。あの中に善良な心を持つ者がいようがそれは変わらない。

 とはいえ、ミラにひっついているパパラッチたちは良識的な方なのである。何故なら彼らはミラにとって不名誉な写真を撮ってしまった時は、王族側を恫喝するようなことはせず、自主的に、何もなかったことにしてくれるのだ。


(きっと彼らは無害で人懐こいミラ様を、自分たちなりに可愛がってくれているのだろう。誰だって、自分の娘のような存在の恥ずかしい写真は他人に見せたくないものね)


 マーゴットは自分に言い聞かせるようにそう考えた。


(――とはいえ、『こけた瞬間スカートの中を全員うっかり撮ってしまいました。消すんで確認してください』なんて報告、初めて受けたわよ!)


 あの時のマイロのすました顔を思い出すと、はぁ〜! とまた大きなため息をついたので、モーヴが「先輩!  おばさんくさいですよ〜!」と嗜めた。


 *


(俺は2つ、国家秘密を知ってしまっのたかもしれん)


 事務所に戻り、専用のデスクで記事を書いていたマイロは頭を唸らせながら考えていた。

 事務所内ではジャーナリストたちのキーボドを叩く音が鳴り渡っている。マイロは心地よいタイプ音に身を委ねつつ、今日中に仕上げねばならないミラの写真をレタッチしているところだった。


(1つ目は、姫さんは絶賛恋愛中。相手は多分ヒューゴっていうお付きの男だ。じゃないとあんなに恥ずかしそうに顔を真っ赤にしないもんな)


 姫という高貴な立場とはいえ所詮は女の子。そばにいて自分を守ってくれる男に惚れるものなんだなと思うと、マイロはほっこりと和んでしまった。

 口を大きく開けてあくびをしたあほ面は、顔を真っ赤にした原因が自分にあるだなんて微塵も考えていない。マイロはあくびのせいで垂れた涎を拭うと、座ったまま軽くストレッチをした。


(さて。姫さんの画像の編集っと)


 若手のマイロは社内の雑用として芸能人のレタッチを頼まれることもあるが、女優の写真は数え切れないほどの修正がされていることが普通だ。シミやシワを修正して、出た腹を引っ込めるなどの修正だけで、数時間溶けることはざらにある。

 しかし、ミラは修正前提の女優たちとは違い、ほとんど修正を必要としなかった。二十歳の若い女性とはいえこれは珍しいことだ。

 マイロはミラの修正がほんの数箇所で終わるたびに、この人は本当に美人なんだなぁと実感するのだ。


(姫と従者の秘密の恋なんて茨の道だなぁ。がんばれ姫さん。俺はスクープのために君の恋を応援している)


 自分が出世する日は案外近いのかもしれない。

 マイロは少しにやけながら、ミラの顔色がよく見えるように、画像の彩度を上げて調整した。

 念のために画像をアップにして、顔や、腹回りを見てみるが、やはり修正は不要のようだった。


 修正が早く終わるから楽ちんでいい。

 そういう意味ではミラの仕事をマイロは気に入っている。


(国家秘密、2つ目は……)


 マイロは文章用のソフトを立ち上げながら、泥のような味のブラックコーヒーを啜った。

 真っ白な画面に、日付とミラ用の記事のテンプレートを貼り付け、凝り固まった首をぽきぽきと鳴らすと、そのまま深く腰掛け直す。

 そして、夕方に見た光景をぼーっと思い出していた。


(…………黒、だったな)


 2つ目の秘密は未来永劫秘密にしておこう。


「俺だってこんなんで評価されたくないしな」


 そう心に決めると、マイロはラップトップに向かって仕事を始めた。



 *


 今日のミラ様

 大学にて講義を受けられたミラ様。ラップトップのカバーは普段から愛用されているクラシカルなチェック柄。

 疲れも見せず、今日もロイヤルな笑顔を向けている。付き人とも和やかな様子を見せた。ミステリアスなサングラスは王族の秘密を隠しているのかもしれない。

 いつもよりもラグジュアリーなスタイルで決められたが、誰かに見せるためのコーディネートだったのだろうか……。


 ツイードのジャケット ブラダ 770,000-(Tax別)

 ミニスカート ブラダ 400,000-(Tax別)

 ブラウス ブラダ 350,000-(Tax別)

 ベロアのリボン(髪飾り) プルガリ 15,000-(Tax別)

 サングラス シヤネル 240,000-(Tax別)

 ブーツ シヤネル 338,000-(Tax別)


 著 マイロ・ガルシア


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