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第2話

「……降ってまいりました。初雪です」


雪になったと呟き、僧はなぜか鎧戸まで閉じる。


どこか殺気だった様子が、気にかかる。


「……来ましたか」


さらに、入口の扉に耳をあて、外の様子を伺っている。


「あの?」


静かにと、僧は男の問いを制した。


追って、その答えと言うべきものが聞こえてきた。


楼門を潜り、誰かが本殿へ伸びる石畳を歩んでいるようだ。こつり、こつりと、沓音くつおとが響いている。


消えいりそうなそれは、おそらく、女のもの。


雪も降り始めたというのに、いったいどうして、女が寺に?


男は首をかしげた。 


なにかに怯える素振りを見せる僧がいる。なぜ、僧は、息を潜めているのだろう。


女か?


女ごときが、恐ろしいのか?


まさか、戒律を守るため、女を寄せ付けないように……いや、それは、度を越している。


と――。


足音がやんだ。庵の扉が数回、叩かれた。


「もし、庵主様あるじさま。もし、おいででしょうか」


若い女の声がした。


美しい娘に違いない――。そう男に思わせるほど、聞こえてくる声は清水のごとく澄み渡り、気品すら漂っていた。


「……困ったものだ」


厳しい顔つきで、僧は言い放つ。


「もし、もし、おいででしょうか?」


幾度呼び掛けられても、僧は、決して扉を開けようとしない。


「本当に、どうすればよいのやら」


僧は落ち着かないようで、火掻き棒で炭をつついている。


その間も、女の呼びかけは続いていた。


雪が降っているのだ。寒かろうに……。


男は、僧の無情さに腹立たしさを覚えた。


「あの、よろしいので?」


「……はぁ、毎年なのです」


僧は口ごもり、あきらめのような溜め息をつくと、男を火鉢に誘った。


そして、口重に事情を語り始めた。


「旅のお方も、ご存じでしょう?初雪が舞う中、好きあう者通しで過ごせば、永久に結ばれるという話を」


「そういえば、ええ、そんな伝承が、ありますな」


男は、相槌を打つ。


いつの頃から、そのようにたわいもない事が、若い者達の間で信じられるようになっていた。


男も、初雪が降るのを心待ちにしていた事がある。とはいえ、ずいぶん昔の話であるが――。


さて、それと、訪ねて来た女とどう関係があるのだろう。


「あの、それであの方は?」


男は遠慮がちに尋ねた。


「あの者は、初雪の伝承を信じているのです」


「それじゃ……」


「まさか、私は修行の身。女人と関わる事などできませぬ。どうやら、先方の思い込みが強いようで……」


「じゃあ、勝手に押しかけてくるのですか?」


奇異な事情に、男はほぉと、驚きの声をあげた。


女に慕われているという、男冥利に尽きる話であるが、世俗に染まってはならない立場の僧にしてみれば、迷惑千万といったところか。


しかし、女が、見知らぬ男を追いかける事などないだろう。


それなり、身に覚えがあるのでは?


いっさいの関わりがないなら、このように怯えなくとも。


「……どうやら、誰でも良いようで、何を思ったか、私……なのです」


言って、僧は忌々しげに、火掻き棒を火鉢の灰に突き刺した。


ふと現れた僧の荒々しさに男は、ぎょっとした。


それ程まで、毛嫌いするとは。なぜなのだろう。なにか解せない。


「すみません。少しばかり、わからないのですが……」


好奇心に負けて、男は、恐る恐る問うてみる。


「はぁ、どうやら、心を患っているようで。私と誰かを、想い違っているのでしょうか。律義に、毎年、訪ねてこられる」


「なんと!」


それは、手に余る。


男は、僧の困惑する理由を知り、息を飲んだ。


相手が病んでいる以上、居留守を通すのが一番なのか。割り切るしかない僧の胸の内に、男は同情した。


「……しばらくすれば、あきらめるでしょう。そうだ、茶をもう一杯……。気分直しに、お入れしましょう」


どこか歯がゆさそうに顔を歪め、僧は立ち上がる。


「……庵主様あるじさま……」


泣いているのだろう。外から、女のかすれた声がする。


僧は、びくりと肩を揺らし、だが、何事もないかのように、裏方へと消えた。


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