「ヴェルグさん? どうしたんですか?」
ティエラがやってきて尋ねた。突っ立ったままの俺を怪訝に思ったらしい。一方のフィアは事情を理解したように頷いていた。
俺は自分が立っている場所を指差した。
「ティエラ。頼みがある。お前の土属性魔法で、ここを掘り返し、耕してくれ。できるだけ深く、広くだ。そうだな……ちょうどお前がエドモウトワームを引き上げたくらいの深さだと思ってくれ」
「私が、この土地を?」
「そうだ。この下にテリタスの種がある。それをお前の力で芽吹かせるんだ」
ティエラが驚きの表情を浮かべる。
「ここの地下に、叔母さまが求めていたものがある……? で、でもどうしてヴェルグさんがそのことをご存じなのですか!?」
「ヴェルグ様は、隠されたものを見通す能力をお持ちなのです。あの方を信じなさい、ティエラ」
そうフィアに諭されたティエラは、一瞬、自信なさげな顔つきになった。
「けど、叔母さまがずっと努力しても成し遂げられなかった成果を、私なんかが」
俺は苦笑して肩をすくめる。
「何だ。また弱気な自分に逆戻りか?」
「あ……」
「心配するな。魔王四天王のひとり、この邪紅竜ヴェルグが見いだした人材だ。お前ならできるさ。敬愛する恩師の無念、晴らしたいのだろう?」
ハッとしたように目を見開くティエラ。俺とフィアの顔を順に見る。俺たちが頷くのを見て、ティエラもまた、
「わかりました。やってみます」
「頼んだぞ勇者」
「わ、私は勇者なんかじゃ……!」
「頼みましたよティエラ。それはそれとしてヴェルグ様に親しげにお声かけ頂くなんて、羨ましい」
「お、お姉様まで! もうっ」
口を尖らせたティエラは、すぐに真剣な表情に戻る。先ほどまであった固さが抜けていた。良い意味でリラックスできたようだ。
ティエラに場所を譲る。数歩離れたところで、フィアが俺の隣に来た。
「これは期待できそうですね」
「元より俺は成功を確信している」
口元に笑みを浮かべて応える俺。
フィアの奴。拗ねたり魔法で
俺たちが見守る中、ティエラはひとつ深呼吸をして、その場にひざまずいた。両手で土を撫でる。
「行きます」
ティエラの身体から魔力が溢れ出した。地面に浸透していく。
土属性魔法だ。
大地に干渉、活性化させ、耕す――人間世界において、名もなき生活魔法の一種とされている。ごくありふれた、地味とも言える魔法。
だが、俺には分かる。
今、ティエラが行使しようとしているのは単なる生活魔法の枠に収まらない。
足裏から感じる大地の鼓動。広範囲に浸透した魔力に呼応して、これまで沈黙していたものが地表を求めて動き出す感覚。
大地の変化を察したフィアが小声で忠告した。
「ヴェルグ様。もう少しお離れになったほうが」
「よい。ここで大地の目覚めを共に感じるのも一興だ」
腕を組んで答える。視線はまっすぐティエラに向けたまま。フィアは小さく息を吐き、俺や自身に防護魔法を張った。
ふと、魔法行使中のティエラが振り返る。
「あ、あの。これ大丈夫なんでしょうか!? 私、こんなに大規模になるなんて思ってなくて」
「今更何を心配している。良い調子だから、胸張ってそのまま集中しろ」
「ヴェルグさん、もしかして魔力フォローしてくださってます!?」
「してない。正真正銘、これはお前自身の力だ」
俺が告げた直後。
地表に変化が現れた。
乾燥した大地にひび割れが走り、その下から新たな大地が盛り上がってくる。黄土色のさらさらとした質感の土から、やや湿り気を帯びた
掘り返された大地の至る所で、水が湧き出してきた。不毛の地と呼ばれてきた紅の大地からは想像できないほど、清らかで澄んだ水が溢れ出し、やがて小さな川や池を作っていく。
それだけではない。
ティエラの魔力とは別の力が足下から噴出してくるのを感じる。この力は【貪欲鑑定】で見た。地中に封印されていた、かつての聖なる魔力だ。
そして――ついに。
俺たちが望んでいたものが地表へと現れた。
「ああ……!」
ティエラが感極まった声を上げる。土で汚れるのも構わず、口元を手で覆う。
地表近くにまで来た種が、肥沃な大地と聖なる魔力に抱かれ、芽吹いたのだ。さらに時を早回ししたかのように、芽はぐんぐんと大きくなる。
一輪、また一輪。
純白の美しい花弁が、あちこちで咲き乱れた。
紛う事なきテリタスの花。
先代魔王陛下がいつも優しげな瞳で
――俺の視界が、一瞬
フィアが声をかけてくる。
「ヴェルグ様?」
「気にするな。昔を思い出しただけだ」
目元の涙を拭い、息を吐く。
まさかこの俺が感極まって涙を見せてしまうとは。
こうして、敬愛する陛下の幻影を肌で感じることの尊さを、俺は実感した。
ゆえに、共感する。
穏やかな風に身を委ねるテリタスの花を前に、声を上げて号泣するティエラの姿に。
「叔母さま。見て下さい。叔母さまの研究は正しかったんです。紅の大地は、決して死んだ土地ではなかった……! 叔母さまの苦労は、報われたんです!」
今はここにいない恩師へ向けて、涙ながらに報告するティエラ。
俺は彼女のもとへ歩み寄る。すっかり感触が変わった土を感じながら、ティエラの肩に手を置いた。
「よくやった、ティエラ」
「ヴェルグさん……」
「この花は、俺にとっても先代魔王陛下との思い出の象徴だ。再びこの目に見せてくれたこと、深く感謝する」
顔を上げたティエラに、俺は頭を下げた。
ぐずぐずに泣き崩れていたティエラは、涙を止めようとして失敗していた。肥沃な土によって汚れた手で何度も目元を拭ったせいで、顔は酷いことになっている。
だが俺はまったく不快に思わなかった。あの忌々しいアロガーン姉妹より、何百倍も美しいとさえ思った。