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第17話 サキュバスのお姉様


 それから俺は、ティエラを連れて紅竜城の麓まで戻ってきた。人間の姿で下から城を見上げ、ひとり頷く。我ながら偉容に満ちた外観だ。

 なのに今は、ほとんど誰もいないんだよなあ……。

 そう思った途端に寒風が吹いた。世知辛い。ちくしょう魔王め。今に見ていろ。お前が俺たちを嘲り見捨てたこと、必ず後悔させてやるからな。


 まあ、それはともかく。

 こうして俺自ら人間を案内するのは初めてかもしれん。

 今までは来たのは、どいつもこいつも城ごと破壊しかねない奴らばかりだった。呼んでもないのに。


 俺はいつもより浮かれている自分を自覚しながら、ティエラに言った。


「あれが我が城、紅竜城だ。なかなかのものだろう」

「は……はい。そう、ですね……」

「ん?」


 首を傾げる。ティエラの歯切れがやたら悪い。もともとハキハキ喋るタイプではないにしろ、少しは胸襟を開いてくれたものだと思っていたが……。


「ヴェルグ様」

「何だフィア。……おい。マジで何だ、お前までその顔は」


 声をかけられ振り返った俺は、さらに戸惑った。腹心の部下が、これ以上ないほど頬を膨らませていたからだ。

 なぜまた拗ねている? 結果的に上手く事は運んだだろうに。


 俺の顔を見てさらにもう一段階ふくれ面度合いを増したフィアは、スッと居住まいを正して表情を改めた。


「そろそろ、お離れになった方がよろしいのでは? 無事帰還は果たせたのですし」

「離れる? ああ、これ・・のことか」


 俺は横抱きにした・・・・・ティエラ・・・・を軽く掲げる。ティエラが腕の中で小さく悲鳴を上げた。


「仕方ないだろう。ティエラは人間だ。我らのように健脚ではない。加えて、長い徒歩移動と魔力使用で消耗している。なら俺が運ぶのが効率的というもの――」

「だからと言ってお姫様抱っこなんて……」

「お姫様抱っこ? ああ、この運び方のことか。いいではないか、どんな風に運んでも――」

「いいから、離れてくださいな!」

「……むう。昔、骨のある勇者がやっていたからちょっと真似したかっただけなのだが」

「い、意外とミーハーなんですね。ヴェルグさんは」


 強ばった笑みでティエラが言う。顔が真っ赤だった。理由はわからぬ。わからぬが……放っておいたらまたフィアの火球が飛んできそうだ――というか飛んできた。しかも二連発。


「お前な……人間たちに危害を加えることに心を痛めていた慈悲はどこいった」

「知りません」

「まったく」


 ティエラを下ろす。

 それから俺は城とは別の方向に歩き出した。ティエラが首を傾げる。


「あの、どちらへ?」

「お前に見せたいものがある。付いてこい」


 戸惑うティエラを、フィアが「行きましょう」と背中を押して促した。


 向かったのは例の畑予定地。

【貪欲鑑定】でテリタスの種と水源を見つけたところだ。

 ここを耕すことが次の目的。ティエラの土属性魔法がさっそく必要となる。


 目的の場所へ向かう道すがら、フィアがティエラに何やら念押ししているのが聞こえてきた。


「いいですか、ティエラ。いかにあなたが才能ある人間だとしても、『わきまえ』は重要です」

「はあ……弁え、ですか」

「そうです。ヴェルグ様の部下になったのは私が先なのですから、私の方が上なのです。そのつもりで接して下さい」


 また何と幼稚な。


「おいこら、そこ。どっちが上とか下で揉めてるんじゃない」

「上ったら上です」

「拗ねるな。感情表現にブレがありすぎだろ。オークジェネラルでもそんなこと言わないぞ」

「一緒にしないで下さい」


 謎の対抗意識を見せるフィアに俺は苦言を告げた。

 せっかくティエラが友好的になってくれたというのに。上下関係の強要なぞ、あの愚かな姉妹とやっていることが一緒ではないか。これではまたティエラから悪感情を抱かれてしまうぞ。


 そんな俺の懸念に対して、意外にもティエラは寛容だった。


「何だか可愛いですね、フィアさん」

「上ったら上です!」

「語彙力まで可愛い……」


 むしろ、フィアを好意的に見ている節すらある。

 なぜだ?

 種族の垣根を越えるのが俺より早くない?

 これまでの俺の苦悩や苦労はいったい?


「もしや、あのふたりは似たもの同士だから馬が合うのか? ううむ……」

「あの、ヴェルグさん。私とフィアさんが似たもの同士ってどういうことですか?」


 無意識の呟きにティエラが食いついてきた。俺は何の気なしに答える。


「こう見えてフィアは、少し前まで他人に心を閉ざしていたのだ。我らの間では、冷徹で冷酷なサキュバスともっぱらの評判だったくらいだ」

「え?」

「だが、それもこれも人間への慈悲の心を押し隠し、葛藤していたが故のこと。いわば、表向きの顔と本心が違っていたのだ。そう言う意味では、お前と似ていると思ってな。ティエラ」

「ヴェルグ様! 今更そのようなお話はお止め下さい。恥ずかしい……!」


 本気で羞恥した様子のフィア。

 一方のティエラは、どこか感動した目でフィアを見ていた。


「私と同じ……そう思ってくれていたんですか? フィアさん」

「ヴェルグ様の発言を否定するのも臣下として問題ですし、当たらずとも遠からずといったところです。その程度です。だからあなたは気にしなくてよろしい」

「ふふ。何だかフィアさんって、『ぱっと見はいじめっ子風だけど、本当はとても優しいお姉さん』って感じですね」

「……不本意です」


 口を尖らせるフィア。くすくすと微笑みながら横を歩いていたティエラが、ふとフィアに言った。


「あの。もしよければ、これからフィアさんのことを『お姉様』って呼んでもいいですか?」

「は!?」

「ダメですか?」

「……だから上下関係を」

「ダメなんですかね……」

「う。……もう、好きになさい」

「はい。フィアお姉様」


 何という微笑ましい会話であろうか。

 それ自体は大変結構。

 しかし俺はこの複雑な気持ちをどう処理したらいい?

 あれだけ苦労した人間関係の構築を、あれほど簡単になしとげる部下。

 それを目の当たりにした俺の立つ瀬はどこへ……。


 などと、心の中で嘆いているうちに目的の場所に到着した。


「着いたぞ。ここだ」

「えっと。ここに何があるんですか? 見たところ、ただの平地のようですが」

「少し待て」


 俺は平地の真ん中に進み出ると、魔力を練った。再度、【貪欲鑑定】を試みる。

 間もなく視界が色を変え、時間の流れが変わる。今度は上手く発動したようだ。


 足下の大地に意識を向ける。光の粒が映像を映し出し、美しいテリタスの種と、その下に眠る水源を捕捉した。

 さらに別の場所にも意識を向けると、そこにも種と水源があることがわかった。どうやらある程度広い範囲に分布しているようだ。

 加えて、水源にはかつて聖域だった時代の聖なる魔力が残留していると、【貪欲鑑定】は教えてくれた。


(ふむ……。こちらは再鑑定でさらに多くの情報を得られた。再鑑定できなかったティエラのときとは違う。この違いは何だ? 俺が【貪欲鑑定】を使いこなせてきた証なのか、それとも別の理由なのか)


 そんな風に考察しているときだった。

 突然、視界いっぱいに光の文字が現れる。


『魔力残量がわずかとなりました。聖剣ルルスエクサに魔力を補充して下さい』


(何だと? 魔力切れ?)


 戸惑う間もなく、【貪欲鑑定】が強制解除される。景色に色が戻り、時が動き始める。

 俺は顎に手を当て呟いた。


「聖剣に魔力補充せよ、か。【貪欲鑑定】は聖剣とリンクしたゆえに生まれたスキル。使用には俺の魔力だけでなく、聖剣の魔力も関係しているということだな」


 つまり、今後も聖剣の手入れは欠かせないというわけだ。

 やれやれ。これはますますこの地から離れるわけにはいかないではないか。


 まあ、よい。

 必要な情報は手に入った。

 後は、ティエラの出番である。


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