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第16話 それは誠意の証


 ――なかなか面白いものを見せてもらった。


 ゆっくりとティエラの元に歩み寄りながら、俺は心の中で頷いた。

 炎竜を貸し与え、魔力バフも含めて十分な守護を付けたから、負けることはないと確信していた。しかし、正直言ってこれほど圧倒するとは思わなかった。


 特にあの合成魔法は、俺ですら意表を突かれた。もし邪紅竜として彼女と対峙していたなら、確実に手痛いダメージを受けていただろう。

 歴代の勇者と遜色ないと言っても過言ではない。


 それに比べ、あの下劣な姉妹の態度といったら。

 恥も外聞もなく背中を向けるあの姿。あれだけ大言を吐いた後だというのに、見苦しいとしか言いようがなかった。ティエラ自身も言っていたが、ああいう奴らに紅の大地を穢されたくないものだ。


 ティエラの隣に立ち、指を鳴らす。役目を終えた炎竜が満足げに消えていった。

 姉妹を見事追い払ったティエラへ、俺は賞賛と礼を言った。


「見事だったぞ、ティエラ。俺も奴らには鬱陶しさを感じていた。すっきり撃退してくれて、感謝する」

「……はふぅ」

「お、おい。ティエラ?」


 声をかけた途端、ティエラは頭を吹っ飛ばされたスケルトンのようにその場へ崩れ落ちた。

 ティエラから感じる魔力量は健在だ。力が切れたというわけではないはずだが。


「ホッとしたら、気が抜けてしましました」

「は? 気が抜けた? ……ぷっ。くくく」

「わっ、笑わないでくださいよヴェルグさん! 私、一世一代というか、全身全霊だったというか、とにかく必死だったんですから!」

「悪い悪い。そうだな。最初に見たときと比べて、雲泥の違いだ。よく頑張ったな、ティエラ」


 微笑みながらそう告げると、ティエラは拗ねたように顔を逸らした。そしてすぐに、はにかんだように目元を緩める。


 その顔を見たとき、俺は不思議な感情を覚えた。

 なるほど。これが成長を間近で見届けた者の心境か。

 始めからほぼ完成された我ら魔族では、なかなか味わえない感覚である。

 悪くない。悪くない。

 この感覚を教えてくれた点からも、ティエラには感謝しなければなるまい。


 それはそうと。


「フィアよ」

「……ぶー」

「そのふくれっ面には今更ツッコまんが、その氷の槍は何だ?」


 半眼で睨みながら振り返る。

 眼前数センチ先に、鋭い氷の切っ先が4本浮かんでいた。

 言わずもがな、フィアの攻撃魔法である。

 炎だけでなく氷の魔法も使えたのだな、コイツ。

 というか、俺の右腕になってからというもの、俺に対してだけ攻撃魔法を使ってるんじゃないか?


「うなじを狙えば、ヴェルグ様も多少は顧みてくださいますか?」

「お前な……いくら俺に効果がないと言っても、さすがに甘えすぎだ。他の四天王なり魔王が相手であったなら、即座に抹殺対象だぞ」

「ヴェルグ様はそのようなことをされるお方でないと確信しております」

「だから甘えすぎと言ってるんだ。あまり度を超すならしばらく右腕の役割を解くぞ」

「ぶー!」

「子どもか」


 フィアは頬を膨らませたのち、素直に氷の槍の魔法を消滅させた。少し意外である。


 てっきりこのまま串刺しにしてくるかと思った。


 一呼吸置いて表情を戻した彼女は、さらに意外な行動に出た。


「ヴェルグ様に同意します。先ほどの魔法、見事でした。ティエラ」


 そう言って、ティエラに手を差し出したのだ。座り込んだティエラを起き上がらせるためである。

 これにはティエラも予想外だったのか、目を白黒させていた。

 フィアは再び、小さく頬を膨らませた。


「……私の手を取るのは不服ですか?」

「い、いえっ! そんなことはっ。あ、ありがとうございます」


 差し出された手を握って、ティエラは立ち上がった。

 それから、アロガーン姉妹が去っていった方を振り返る。

 荒廃した大地には、ティエラが放った魔法の傷跡が刻まれていた。彼女は呟いた。


「これを……私が」

「ああ、そうだ。舞うは炎砂の彼岸花ベタロクリス……だったか。特徴を捉えたよい名だ。魔法の迸りも実に美しかった。舞うは炎砂の彼岸花ベタロクリス。うむ、俺も使ってみたいくらいだな」

「う……! な、名付けも魔法効果も無我夢中だったというか。あんまり繰り返さないでください。恥ずかしい」

「何を恥ずかしがる必要がある?」


 俺は首を傾げた。


「炎竜の魔力支援があったとはいえ、あの場で土属性と火属性を組み合わせたオリジナル魔法を生み出したのだ。まだまだ改善の余地はあるにせよ、これができる魔法使いは勇者といえど多くない」

「そ、そうなんですか? というか、勇者って」

「うむ。誇るがいい、ティエラ・フォスザ。これがお前の真の力だ」

「私の、真の力」


 自分の手を見つめるティエラ。そしてフッと微笑み、肩の力を抜く。

 顔を上げた彼女は、今日初めて見るような朗らかで、それでいて少し悪戯っぽい笑顔を浮かべた。


「今までずっと溜め込んできた気持ちを吐き出せて、マリーさんとリーナさんを私の魔法で追い払えて――すごく気持ちよかったです」

「ふっ。そうか。良きことだ」

「でも、正直に言うと――これっきりにしたいなあ、なんて」


 やっぱり私には似合いません、とティエラは頭を掻いて言った。

 フィアが俺の隣に立ち、微かに苦笑する。


「これが『人柄』というものですね」

「なるほど。人間とは面白いものだな。学びになる。……しかし、破壊者になりきれないその人柄。お前は親近感を覚えてるんじゃないか、フィア?」

「知りません」


 笑みを浮かべたままつんとそっぽをむくフィア。彼女がティエラに友好的になった理由を察して、深く頷く俺。

 そんな俺たちの様子にクスクスと笑っていたティエラが、ふいに表情を引き締めた。


「ヴェルグさん」

「何だ?」

「あなたはもしかして、邪紅竜・・・その人・・・ではないですか? この紅の大地を統べる、魔王四天王のひとり」

「――なぜそう思う?」


 俺は落ち着いて問い返した。ティエラは苦笑する。


「邪紅竜の眷属である炎竜を、あんな簡単に召喚し、使役されたんです。素の魔力量や、魔法に対する耐性も常人離れしていますし。やっぱり、そうなのかなあって」

「ティエラ。それは違います。この方は――」


 すかさず誤魔化そうとするフィアを、俺は制した。

 ティエラの目を真っ直ぐ見つめ返す。


「いかにも。我は邪紅竜。魔王四天王のひとりにして、この地の王。邪紅竜ヴェルグである」

「ヴェルグ様!?」

「よい。下がっていろ、フィア」


 右腕たる部下にそう告げると、俺は体内の魔力をみなぎらせた。人間形態時に抑えつけていたものを解放する。その衝撃が風を生み、ティエラをよろめかせた。


 俺の肉体が変わる。

 視線があっという間に高くなる。

 巨大で優美な翼を誇示するように広げる。


 数秒後には、誇り高く雄々しき深紅の竜が人間ティエラ睥睨へいげいしていた。


「これが我が本来の姿である」

「……!」


 ティエラの顔が強ばるのが見えた。

 頭部を近づける。

 幾多の勇者たちを噛み砕いてきた顎を開き、灼熱の炎をくゆらせながら、俺はゆっくりと告げた。わらうように、試すように。


「ティエラ・フォスザよ。お前は我が眷属の力を持って、同族である人間を退けた。それは魔族にくみしたも同然。我らの側に足を踏み入れたお前が、よもや、今更人の世界に戻れるとは思うておるまいな?」


 ただただ傲慢に問う。


 竜形態になった俺とティエラの戦力差は歴然。

 そんな相手から、このような屈辱的な台詞をぶつけられたのだ。

 アロガーン姉妹から命令されるのとはワケが違う。

 普通の人間・・・・・なら、怒りか絶望に染まってもおかしくない。


 だが、ティエラは違った。


「何だか、ヴェルグさんらしくないですよ」


 彼女は怒るでも膝を折るでもなく、ただ苦笑した。

 冷や汗が出ているところを見ると、多少なりとも俺の姿に気圧されてはいるのだろう。

 それでも、ティエラは「俺らしくない」と言ってのけた。


 声に出して笑いそうになるのを堪えながら、俺は尋ねる。


「なぜ、そう思う?」

「上手く言えませんけど。竜の姿になったのって、私を脅すためじゃないような気がして。むしろ、自分から正体を明かしたのは、ヴェルグさんの誠意の証なんじゃないか、と。そう思ったんです」

「誠意の証、か。ふふ、ははは」


 とうとう笑い出してしまう俺。

 様子を見守っていたフィアが進み出てきた。


「ティエラ。私はあなたの意見に同意します。ヴェルグ様の誠意、それを見抜いたあなたの眼力は正しい」

「あはは。冷静に考えれば、あの邪紅竜さん相手にとんでもないことを言ってるんですけどね。でも……ありがとうございます。フィアさん。私を否定しないでくれて」


 微笑んだティエラは、少し考える仕草をした。そして、決意の表情で俺を見上げる。

 何倍も体格が違う邪紅竜に向かって、彼女は言った。


「ヴェルグさん。私、あなたと一緒に頑張りたい。他の人たちが言うほど、あなたは怖ろしい魔族じゃない。本当はいい人なんだと思えたから」

「いい人、か。ふっ……この300年、ついぞ聞かなかった評価だな」


 愉快な気持ちだった。人間とこれほど愉快な会話をした記憶はなかなかない。


 俺は再び魔力を体内に収める。竜形態から、人間形態へと姿を変えた。

 そして、ティエラに手を差し出す。


「お前の決意、しかと聞き届けた。俺もお前の力が必要だ。共に夢を叶えようではないか。ティエラ」

「はい!」


 大きく頷いたティエラと、俺は今度こそ固い握手を交わすのだった。


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