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第14話 傲慢な姉妹たちの誤算


「ああもうっ、腹が立ちますわっ!」

「本当、サイアクだよね! 姉様!」


 ――アロガーン姉妹はイライラしていた。

 停めっぱなしの荷車へ戻る道すがら、ずっと愚痴をこぼし続けている。

 謎の美男子ヴェルグから袖にされたことが、彼女らのプライドをいたく傷つけていたのだ。


 名門アロガーン家の娘として、何不自由なく暮らしてきた姉妹。もちろん、男にも不自由しなかった。いつだって、自分たちは『選ぶ側』であったのだ。


 その点、顔良し、実力良しであったヴェルグという男は、由緒あるアロガーン公爵家の娘のとしてぴったりの人材。そう判断したから、こちらから特別に声を掛けて・・・・・やったというのに・・・・・・・・


 彼女たちの中では、ヴェルグは『目の前で逃げた大きな獲物』という感覚であった。

 獲物を捕まえられなかった苛立ちは、次第に矛先を変えていく。


「だいたい、何であの御仁がティエラさんの肩を持つんですの!? あり得ませんわ!」

「そうそう! なーにが『俺やティエラのような上位の者』よ! あの根暗女、きっとヴェルグ様に汚い手で取り入ったんだよっ。あーやだやだ。汚いのは格好と家柄だけでじゅーぶんだっての! せんぱいよりあたしたちが下だなんて、思い出しただけでも腹が立つーっ!!」


 ひととおり呪詛を吐くふたり。やがて姉妹は顔を見合わせた。揃って口元に意地の悪い笑みを浮かべる。


「ティエラさんには、今一度思い知っていただく必要がありそうですわね。自分の立場というものを」

「こうなったらさ、もっと酷い虐めを見せてやろうよ。姉様。くふふ、ちょっと楽しみになってきたわ」


 完全な八つ当たり。それでもアロガーン姉妹は悪びれない。なぜなら、生意気で反抗的な下級民を『教育』することは、自分たち上位者の使命であり権利だと信じて疑っていないからだ。


 そうこうしているうちに荷車まで戻ってきた。

 き手がいなくなった荷車を前に、姉妹は腰に手を当てる。


「さて。とりあえずコレをどうしたものかしら。曳き手がいないと単なるガラクタに過ぎませんし――ん?」

「どしたの姉様?」


 マリーの様子に、リーナが首を傾げる。

 それからふたり揃って、後ろを振り返った。


 直後、熱風がアロガーン姉妹の髪を巻き上げる。


「あ、熱っ!? な、何ですのいったい!?」

「もーっ、せっかく整えた髪がボサボサになった、じゃ……ない、の……」


 文句をぶちまけたリーナの語尾が、急速にしぼんでいく。隣に立つ姉のマリーも、完全に固まっていた。


 彼女たちの前に現れたもの――それは、全身が炎でできた巨大蛇であった。陽炎ができるほどの熱を放ち、炎よりもなおも赤い目で睨み付けてくる。鎌首をもたげたその大きさは、姉妹の身長を足してもまだ足りない。


 しかも。

 1匹でも脅威を感じるそれが、複数体並んで姉妹を睥睨へいげいしているのだ。


 マリーが愕然と呟く。


「あ、あれはまさか……『炎竜』!? 紅の大地を支配するという邪紅竜の眷属がどうしてここに!?」

「う、うそ。じゃあ、あたしたち、ここの大ボスに目を付けられたってこと!?」


 リーナの声に焦りが混じる。すかさずマリーが妹をなだめた。


「落ち着きなさいリーナ。私たちには『これ』があることを忘れたの?」

「あ、そうか」


 姉妹は揃って指輪を掲げる。アロガーン家がその財力をもって用意させた特殊な魔法の指輪。

 これには、魔族を退ける強力な聖の力を秘めているのだ。

 実際、ここに来るまでに遭遇した野良の魔物は、すべてこの指輪で撃退してきた。指輪から少し魔力を放出するだけで、魔物たちは尻尾を巻いて逃げ出したのだ。


 この指輪さえあれば、たとえ相手が邪紅竜だろうと怖れることはない。ましてや、その眷属相手などものの数ではない。全力で魔力を注ぎ込み、指輪の力を解放すれば一気に勝負がつく。


 ――そうふたりは思い込んでいた。


 彼女たちは知る由もない。

 今自分たちの目の前にいる炎竜が、聖剣・・の力を得た・・・・・邪紅竜から生まれ出たものであることなど。


「さあ、いきますわよ。魔力解放!」

「さっさと消えちゃえ! あはははっ!」


 姉妹が魔力を通した直後、指輪がまばゆく輝く。

 辺りに聖なる力が広がっていく。


 しかし――。


「え……?」

「な、何で? どうして何ともないの、あいつら!?」


 愕然とこぼすアロガーン姉妹。

 彼女らの眼前には、五体満足な炎竜が変わらず立ち塞がっていた。

 ダメージどころか、怯んだ様子すらない。


 完全な誤算である。

 予想外の展開に、今度こそ姉妹は慌て始めた。


「ね、ね、姉様。どうしよう? どうしよう!?」

「お、お、落ち着きなさい。もう一度! もう一度試すのよ!」


 再び指輪を掲げようとする。だが、炎竜の一体が吐いた炎の塊が彼女らの至近に着弾したことで、ふたりは悲鳴を上げて縮こまる。


「あり得ない……こんなのあり得ませんわ!」

「マジむかつく。ない、ない、ない、こんなのない! 認めないって、あたし!」

「――やはり、目の前の現実を受け入れないのですね」


 聞こえてきたその声に、ハッと姉妹が顔を上げる。

 炎竜の間から歩み出てきたのは、土埃で汚れた制服姿の少女。

 アロガーン姉妹は驚きと嫌悪を込めて叫んだ。


「ティエラ・フォスザ……!」

「何でせんぱいが、そこにいるんですか……!」

「あの方の言ったとおりでした。あなた方はその程度の存在であると。私はずっと、何を怖れていたのだろう」


 ため息をつくように零したティエラ。

 質問に答えないことと、妙な落ち着きぶり。それらが姉妹の神経を逆撫でした。


「貧乏貴族のくせに生意気な」

「せんぱいなんてそのまま炎竜に食われてしまえばいいんですよ」


 罵倒する。

 いつもなら、これだけでティエラは萎縮して俯いていた。

 しかし今は、姉妹を見据えたまま視線を逸らさない。明らかにこれまでと様子が違う。

 迫力すら感じるその立ち姿に、次第にアロガーン姉妹の方が気圧されていった。


「な、なんですの。何があったんですの?」

「せんぱいって、こんなに怖かった?」


 姉妹は寄り添いながら不安げに漏らす。


 ティエラが一歩前に進んだ。

 直後、炎竜たちが呼応するように炎の勢いを増す。「ひっ」と小さく悲鳴を上げるアロガーン姉妹。


 その様子を見たティエラは大きく息を吸い込み、告げた。


「私は、もう以前の私じゃない」


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