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第12話 ヴェルグ、姉妹をばっさり切り捨てる


 ティエラとは深くなるばかりの心の溝。我が目的達成のため、彼女には胸襟きょうきんを開いてもらわなければならないのに、まったく上手くいかない。


 一方、どうでもいい方の人間たち――アロガーン姉妹は反対に距離を詰めてきた。


「す、すごいですわ! ヴェルグ様は魔法も達者でいらっしゃるのね。ほほほ……」

「ま、マジびびったしぃ。でも、ヴェルグさんがいれば安心、だよね? んふふ……」


 フィアによる盛大な爆発魔法を見た後でも、俺たちに――というか俺にだけ色目を使ってくる。

 その媚びに、俺は怖気が走った。不快感、嫌悪感。その類の感情だ。


 しかもこの姉妹ときたら……俺には媚びを売ってくるのに、ティエラやフィアに向ける視線は厳しいのだ。嫌悪と嘲りと敵意に満ちている。

 フィアはともかく、奴らの視線の強さでティエラはさらに自分の殻に閉じこもってしまう。

 くそ、忌々しい姉妹め。

 俺の内心に気付かず、アロガーン姉妹はなおも媚びを売ってくる。


「さあさあヴェルグ様。あんな女たちは放っておいて、私たちと一緒に行きませんこと?」

「そうそう。あたしらに付いた方が絶対に得だってぇ」


 そう言って、俺の腕を両方から引っ張るマリーとリーナ。

 フィアが再び魔力を高める。表情がすっかり『クールで冷酷なサキュバス』だ。昔に戻っている。

 まったく面倒くさい。いっそフィアにこの姉妹だけでも始末させようか……と、そう思ったときだ。

 奴らはティエラに言った。


「そもそも、ティエラさんのような僻地へきちの貧乏貴族生まれな女と一緒に居たら、私たちの品位がけがれてしまいますわ。きっぱり切り捨てるのが賢い選択ですわよ」

「ティエラせんぱいって、アレでしょ? あのすっごく地味で生意気な女の姪っ子なんですよねぇ? 何の研究でしたっけ、雑草? ダッサいと思いません? そんな1レグにもならないことに人生賭けるなんて、バカですよバカ」


 容赦ない罵倒。嘲笑。

 こいつらの顔が、口調が、オークジェネラルと被る。


 俺は拳を握りしめ――そして力を抜いた。


「くくっ」


 突然吹き出した俺を、怪訝そうに見るアロガーン姉妹。

 彼女らを無視して、俺はティエラに言った。


「しっかり伝えた方がいいぞ。な」


 ティエラは俯いている。握った拳が細かく震えていた。


 数秒前、彼女が呟いた言葉を俺は聞き逃していない。

 ティエラは確かに言ったのだ。「違う」と。


 自分の意志を伝えろ――俺の言葉に背中を押され、ティエラはようやく口を開く。


「サフィール叔母さまは……馬鹿じゃありません。テリタスの花の研究を通して、紅の大地の歴史を明らかにしようと邁進した、素晴らしい研究者……そ、それに、花と樹木を愛する、とても優しい人……私の、一番尊敬する人で」


 たどたどしく、しかししっかりと反論をするティエラ。

 アロガーン姉妹は、ティエラが喋っている間にもケタケタ笑っていた。


「なあに、聞こえませんわよー?」

「底辺同士、傷のなめ合いですかぁ?」


 揶揄してくる。甲高く、不快なその声に押しつぶされないよう、ティエラが喉に力を入れるのがわかった。


「だから。だから……っ。私が、この地に伝説の『テリタスの花』を咲かせて、叔母さまの正しさを……証明……」


 ここで力尽きたように口を閉ざす。きゅっと結ばれた口元。顔色は真っ青だ。

 嘲り笑っていた姉妹が、ふと笑みを引っ込めた。ふたりして顔に青筋を浮かべてティエラに迫る。


「ティエラさん」

「せんぱい」

「ひっ……!」


 姉妹から名を呼ばれたティエラが怯えた。


 俺には人間の機微がいまだによくわからない。

 だが、ティエラがこのクソ姉妹によって大きなトラウマを植え付けられているのは理解できた。

 そうでなければ、この怯えようが説明できない。


「あなた、邪魔ですわ」

「せんぱい、黙っててくれます? つーか、引っ込んでろよ。貧乏人」

「……は、い……」


 虫が鳴くようなか細い返事。いや、このクソ姉妹からすれば、今まさに邪魔な羽虫を踏み潰した感覚なのだろう。


 反吐ヘドが出る。


「さあさあヴェルグ様? こんな娘は放っておいて、私たちだけで参りましょう?」

「あたしたちぃ、もっとヴェルグ様のお話聞きたいなー?」


 ころりと態度を変え、俺の腕を引こうとする姉妹。

 その手を、俺は邪険に払った。


「触るな、ゴミども」

「ごっ、ゴミ!?」

「それってまさか、あたしたちのコトですかぁ!?」

「当たり前だろう。他に誰がいる」


 嘲り混じりに答える。久しぶりに心置きなく傲慢になれた。


 だがまだ言い足りない。


 姉妹の身長は当然ながら俺より下。全力で見下みおろし、見下みくだす。


「貴様らのような卑しい人間の言葉を聞いていると、耳が腐る。目も腐る」

「なっ……!?」

「立ち去るのは貴様らの方だ。さっさと俺の視界から消えろ、人間」

「ちょちょ、ちょっと待っててばぁ!」


 唖然とする姉妹。慌てたようにすがりついてくる。


「な、何かあなたの気に障るようなことを言ったかしら? 誤解ならほら、少しお話すればきっと解けるから……ですから、私たちと一緒に参りましょう?」

「こんな上物、みすみす逃すわけには――って、あ、違う違う! 違いますよぉ。ヴェルグ様の勘違い勘違い! そ、それに、あたしたちのような好奇で上位の人間が、下々の人間に関わってられないでしょう? ですよね?」


 俺は姉妹どもを睨む。


「確かにそうだな。失礼した」

「ほっ……」

「俺やティエラのような上位の者・・・・が、貴様らの下等な人間にかかるのは愚かであった。まったくその通りである」

「な、なななっ!?」

「ヴェルグ様だけならまだしも、せんぱいよりあたしたちが下!? どういうことよぉっ!?」


 見苦しく喚き続ける。俺はくるりと背を向けた。「もうお前たちと話すつもりはない」という意思表示だ。

 俺は内心で吐き捨てた。

 足蹴に――いや、火炎で消し炭にしなかっただけ感謝すべきだ。何なら、今も魔力を溜めて次撃を放とうとしているフィアに命じてもいいのだぞ。

『目障りだ、れ』と。

 あの様子なら、喜んで指示に従うだろう。


 ぽかんとしたティエラと目が合う。俺は小さく笑った。


 一方のアロガーン姉妹は悔しそうに唇を噛みしめていた。

 しばらく何事か喚き続けていたが、やがて埒が明かないと悟ったのか、自分たちから手を離す。


「もういいですわ! 覚えてなさい!」

「後で悔やんでもしらないよ! ふん、ばーかばーかっ!」


 歴代勇者たちならまず言わないような陳腐な捨て台詞を残し、姉妹は立ち去っていった。



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