正直、なぜティエラが焦り、姉妹が不愉快そうな顔をするのか理解できない。俺はこの下劣な女ふたりにまったく興味がないというのに。
自分が口にした台詞を思い返す。
――邪魔だ、離れろ。
――ティエラ、この女たちから独立しろ。
ふむ。やはり俺は何も間違ったことを言っていない。
その証拠に、俺の側でフィアが「うんうん」と頷いている。
だが、ティエラが不安に思うというのなら、フォローは必要だろう。
「自信を持て、ティエラ。お前は独り立ちするのに十分な実力を備えている。少々の不安は付きものだ。なに、最初の一歩さえ踏み出してしまえば、あとはどうということはない。俺はそういう人間を数多く見てきたぞ。そして、そやつらの多くは確かな力と人格の持ち主であった。お前もきっと、同じ地平にたどり着ける」
「ううう……」
精一杯の賛辞を送ったつもりだった。
しかし、どういうわけかティエラは釈然としない様子で唸っている。どことなく迷惑そうにも見えた。
なぜだ? こちらは可能な限り歩み寄っているというのに。
俺はフィアを側まで呼んで尋ねた。
「フィア。お前はこの状況をどう思う。俺は何か間違ったことを言ったのか?」
「処しましょう」
「結論が崖から飛び降りるくらい早いわ。質問に答えてすらないだろ。……ティエラは必要な人材なんだ。彼女をこちら側に引き入れるため、いつもの論理的な思考でアドバイスをくれ」
「失礼しました。そうですね――……羨ましいですねあの人間め」
「だから論理的な思考」
紅の大地くらい不毛な会話をする。
こいつ、俺がティエラをフォローしたことをまだ根に持っているのか。
釈然としないまま、周囲の人間たちを見る。
ティエラは眉をひそめて視線を逸らしている。何かを堪えるように自分の腕を抱いていた。
そういえば以前、女性冒険者がこの仕草をするのは拒否感の表れだと、どこかの軽薄な勇者が言っていた。あのとき勇者を消し炭にするのではなく、もう少し締め上げて真意と解決策を吐かせるべきだった。勿体ないことをした。
姉妹も面白くなさそうな表情をしている。特にティエラやフィアを見る目には、あからさまな敵対心が宿っていた。まあこいつらはどうでもいい。
――で、フィアよ。何でお前まで頬を膨らませているのか。俺の右腕上級魔族まで人間側に行ってもらっては困るのだが。この期に及んで俺を孤立無援にする気か。
……いや本当に困った。
ここに来て、ティエラとどう会話を進めたらいいのかわからん。俺としてはこれ以上ないほど歩み寄ったつもりなのだが……。
貴重な人材が目の前にいるというのに、この体たらくは情けない。
【貪欲鑑定】なしで人間とコミュニケーションを取るには、どうしたらいいのだ。
仕方なく、一番話しやすい相手に助けを求めることにする。
「フィア。お前ならこの場をどう切り抜ける?」
「つーん」
拗ねられた。
「だから論理的な! 助言を! 俺の右腕たる自覚を失ったのかお前!?」
「そんなわけはありません。私の他にヴェルグ様を支えられる人材などいようはずが」
「ならば意見を頼む」
「つーん」
「この……っ」
不毛すぎる。
いや、もしかしてこいつも人間とのコミュニケーション方法がわかってないクチか? よく見ると冷や汗が浮かんでるぞ上級魔族。
確かお前、人間を
フィアがこの有様なら、俺はどうしろと?
――などと天を仰いでいると、ふとティエラが遠慮がちに尋ねてきた。
「あの……おふたりはもしかして、お付き合いをされているのですか?」
「は?」と俺。
「えっ!!? ええっ!!?」とフィア。……フィア?
怜悧な目はそのままに、口元だけ引き上げる我が右腕。
その表情と叫びの意味が理解できぬまま、とりあえず俺は真実を告げる。
「違うな。付き合っているのではない。付き従えているのだ。この者は我が右腕。強く、賢く、泣くオーガすら滅殺する上級サキュ――」
おっと、しまった。
またいつものように魔王四天王のノリで放言してしまいそうに――。
「ヴェルグ様ーっ!!」
フィア?
その魔力の高まりは何事だ、フィア?
俺は途中で、ちゃんと口を閉ざしたぞ?
それなのにお前、城内でぶちかましたときより火炎の魔力を高めて……っておいおいおい――それは、流石に、洒落に、ならんぞフィア?!
――大爆発。
上級魔族であるフィア渾身の攻撃魔法が、至近距離で炸裂した。
ティエラ含めた人間たちの悲鳴が遠く聞こえる。
もうもうと立ちこめる土煙。
数分経ってようやく、紅の大地の乾燥した風に土煙が流され、視界がクリアになる。
「やれやれ」
俺は呆れながら防御魔法を解いた。例によって人的被害はない。が、人以外はそれなりにひどい有様となっていた。
なにせ窪地が4割ほど広さと深さを増している。影を作っていた斜面のでっぱりも軒並み吹き飛んでしまっていた。
やり過ぎだ、馬鹿者め。
「あ、あれ……?」
「い、生きてる……?」
すぐ近くで、ティエラたち人間の呆然とする声がした。彼女らは咄嗟に頭を抱えてうずくまっていたが、五体満足どころか、服の裾に土埃ひとつ付いていない。
フィアの爆発魔法発動の瞬間、俺が防御魔法を展開して守ったためだ。無論、最も中心にいた俺もフィアも無傷である。
右腕を睨む。
「おい」
「失礼しました。ヴェルグ様の口が滑らかになりすぎていたので、つい」
「それは悪かったが、『つい』じゃない。さすがの俺でもこの状況はマズいと理解できるぞ。大惨事だ」
「……。ヴェルグ様がこの人間の言葉をきっぱり否定するから」
「子どもか!!」
結局、真正面からツッコんでしまった。
「まったく……ん? どうした、お前たち」
ふと気付いて、ティエラたちを見る。
防御魔法の中で、3人の少女たちは呆然と座り込んでいた。特にティエラは、あからさまに表情が青ざめている。
あの顔、見たことがあるぞ。
戦意喪失して許しを請う直前の冒険者だ。
友好とか融和とは対極にある表情である。
「もしやこのまま拒絶される……?」と不安を抱いて手を伸ばす俺。果たして、ティエラは小さく悲鳴を上げてのけぞった。
誰が見ても距離を取られた。
フィアがいつもの冷静さを取り戻して言う。
「困りましたね、ヴェルグ様」
――やかましいわ! 誰のせいだと思ってる!?
喉まで出かかった叫びをぐっと腹に押し込んだ。
ぎくしゃくしたこの雰囲気をどうにかする術を、俺は持ち合わせていなかった。
「こんなハズでは」
天を仰ぐ。
今まで戦ってばかりで、人間の常識に疎いままだったと俺は痛感するのだった。