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第11話 邪紅竜、困る


 正直、なぜティエラが焦り、姉妹が不愉快そうな顔をするのか理解できない。俺はこの下劣な女ふたりにまったく興味がないというのに。


 自分が口にした台詞を思い返す。

 ――邪魔だ、離れろ。

 ――ティエラ、この女たちから独立しろ。

 ふむ。やはり俺は何も間違ったことを言っていない。

 その証拠に、俺の側でフィアが「うんうん」と頷いている。

 だが、ティエラが不安に思うというのなら、フォローは必要だろう。


「自信を持て、ティエラ。お前は独り立ちするのに十分な実力を備えている。少々の不安は付きものだ。なに、最初の一歩さえ踏み出してしまえば、あとはどうということはない。俺はそういう人間を数多く見てきたぞ。そして、そやつらの多くは確かな力と人格の持ち主であった。お前もきっと、同じ地平にたどり着ける」

「ううう……」


 精一杯の賛辞を送ったつもりだった。

 しかし、どういうわけかティエラは釈然としない様子で唸っている。どことなく迷惑そうにも見えた。

 なぜだ? こちらは可能な限り歩み寄っているというのに。


 俺はフィアを側まで呼んで尋ねた。


「フィア。お前はこの状況をどう思う。俺は何か間違ったことを言ったのか?」

「処しましょう」

「結論が崖から飛び降りるくらい早いわ。質問に答えてすらないだろ。……ティエラは必要な人材なんだ。彼女をこちら側に引き入れるため、いつもの論理的な思考でアドバイスをくれ」

「失礼しました。そうですね――……羨ましいですねあの人間め」

「だから論理的な思考」


 紅の大地くらい不毛な会話をする。

 こいつ、俺がティエラをフォローしたことをまだ根に持っているのか。


 釈然としないまま、周囲の人間たちを見る。

 ティエラは眉をひそめて視線を逸らしている。何かを堪えるように自分の腕を抱いていた。

 そういえば以前、女性冒険者がこの仕草をするのは拒否感の表れだと、どこかの軽薄な勇者が言っていた。あのとき勇者を消し炭にするのではなく、もう少し締め上げて真意と解決策を吐かせるべきだった。勿体ないことをした。


 姉妹も面白くなさそうな表情をしている。特にティエラやフィアを見る目には、あからさまな敵対心が宿っていた。まあこいつらはどうでもいい。


 ――で、フィアよ。何でお前まで頬を膨らませているのか。俺の右腕上級魔族まで人間側に行ってもらっては困るのだが。この期に及んで俺を孤立無援にする気か。


 ……いや本当に困った。

 ここに来て、ティエラとどう会話を進めたらいいのかわからん。俺としてはこれ以上ないほど歩み寄ったつもりなのだが……。

 貴重な人材が目の前にいるというのに、この体たらくは情けない。

【貪欲鑑定】なしで人間とコミュニケーションを取るには、どうしたらいいのだ。


 仕方なく、一番話しやすい相手に助けを求めることにする。


「フィア。お前ならこの場をどう切り抜ける?」

「つーん」


 拗ねられた。


「だから論理的な! 助言を! 俺の右腕たる自覚を失ったのかお前!?」

「そんなわけはありません。私の他にヴェルグ様を支えられる人材などいようはずが」

「ならば意見を頼む」

「つーん」

「この……っ」


 不毛すぎる。

 いや、もしかしてこいつも人間とのコミュニケーション方法がわかってないクチか? よく見ると冷や汗が浮かんでるぞ上級魔族。

 確かお前、人間を籠絡ろうらくすることに長けたサキュバスだったよな?

 フィアがこの有様なら、俺はどうしろと?


 ――などと天を仰いでいると、ふとティエラが遠慮がちに尋ねてきた。


「あの……おふたりはもしかして、お付き合いをされているのですか?」


「は?」と俺。

「えっ!!? ええっ!!?」とフィア。……フィア?

 怜悧な目はそのままに、口元だけ引き上げる我が右腕。

 その表情と叫びの意味が理解できぬまま、とりあえず俺は真実を告げる。


「違うな。付き合っているのではない。付き従えているのだ。この者は我が右腕。強く、賢く、泣くオーガすら滅殺する上級サキュ――」


 おっと、しまった。

 またいつものように魔王四天王のノリで放言してしまいそうに――。


「ヴェルグ様ーっ!!」


 フィア?

 その魔力の高まりは何事だ、フィア?

 俺は途中で、ちゃんと口を閉ざしたぞ?

 それなのにお前、城内でぶちかましたときより火炎の魔力を高めて……っておいおいおい――それは、流石に、洒落に、ならんぞフィア?!


 ――大爆発。


 上級魔族であるフィア渾身の攻撃魔法が、至近距離で炸裂した。

 ティエラ含めた人間たちの悲鳴が遠く聞こえる。


 もうもうと立ちこめる土煙。

 数分経ってようやく、紅の大地の乾燥した風に土煙が流され、視界がクリアになる。


「やれやれ」


 俺は呆れながら防御魔法を解いた。例によって人的被害はない。が、人以外はそれなりにひどい有様となっていた。

 なにせ窪地が4割ほど広さと深さを増している。影を作っていた斜面のでっぱりも軒並み吹き飛んでしまっていた。

 やり過ぎだ、馬鹿者め。


「あ、あれ……?」

「い、生きてる……?」


 すぐ近くで、ティエラたち人間の呆然とする声がした。彼女らは咄嗟に頭を抱えてうずくまっていたが、五体満足どころか、服の裾に土埃ひとつ付いていない。


 フィアの爆発魔法発動の瞬間、俺が防御魔法を展開して守ったためだ。無論、最も中心にいた俺もフィアも無傷である。

 右腕を睨む。


「おい」

「失礼しました。ヴェルグ様の口が滑らかになりすぎていたので、つい」

「それは悪かったが、『つい』じゃない。さすがの俺でもこの状況はマズいと理解できるぞ。大惨事だ」

「……。ヴェルグ様がこの人間の言葉をきっぱり否定するから」

「子どもか!!」


 結局、真正面からツッコんでしまった。


「まったく……ん? どうした、お前たち」


 ふと気付いて、ティエラたちを見る。

 防御魔法の中で、3人の少女たちは呆然と座り込んでいた。特にティエラは、あからさまに表情が青ざめている。


 あの顔、見たことがあるぞ。

 戦意喪失して許しを請う直前の冒険者だ。

 友好とか融和とは対極にある表情である。


「もしやこのまま拒絶される……?」と不安を抱いて手を伸ばす俺。果たして、ティエラは小さく悲鳴を上げてのけぞった。

 誰が見ても距離を取られた。


 フィアがいつもの冷静さを取り戻して言う。


「困りましたね、ヴェルグ様」


 ――やかましいわ! 誰のせいだと思ってる!?

 喉まで出かかった叫びをぐっと腹に押し込んだ。

 ぎくしゃくしたこの雰囲気をどうにかする術を、俺は持ち合わせていなかった。


「こんなハズでは」


 天を仰ぐ。

 今まで戦ってばかりで、人間の常識に疎いままだったと俺は痛感するのだった。


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