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第10話 浅はかな姉妹


 決定権。

 ティエラひとりでは何も決められないということか。面倒だな。俺が欲しいのは彼女だけなのだが。

 日陰に一体化しそうなほど、ティエラの顔色は暗い。

 何とフォローすべきか考えていたとき、ふと上から声が振ってきた。


「ちょっとティエラさん! いつまでグズグズ探し回ってるの!」

「もうせんぱーい。どうなってるんですかぁ? 水割り作れなくて、あたしもう喉カラカラですよぉ」


 顔を上げる。

 窪地の縁に、2人の女が立っていた。ティエラと同じくらいの年齢で、同じ制服を着ている。コンクルーシ魔法学園の生徒だ。


 そして。

 あの耳障りな声音と口調からすぐに察した。

【貪欲鑑定】に出てきた女子生徒ども。執拗な暴言と暴挙を繰り返してきた奴ら。

 こいつらがティエラの復讐相手だ。


 彼女らの声を耳にしたティエラは、傍目はために分かるほど身体を硬直させた。冷や汗が額ににじみ出している。彼女は振り返ることもできずにいた。

 それほどのトラウマ。それほどの心身への束縛。

 決定権がないとこぼしたのは、こういうことか。


 だるそうに窪地の底へ降りてくる女2人。髪型は違うが、顔の作りは似ていた。特に卑しそうな目つきなどそっくりだ。姉妹なのだろう。


 俺は彼女らを一目見て、その実力を看破した。

 先にフィアが言ったとおり、紅の大地に踏み込むには無謀としか言えない魔力の乏しさ。

 かといって、肉弾戦が得手というわけではあるまい。歩き方でわかる。俺に言わせれば骨と皮だけのような弱々しい四肢であるにも関わらず、わずかな肉は筋肉ではなく贅肉だ。

 人間の知性が如実に表れる瞳。退屈で濁っている。ティエラを虐げているときはさらにどす黒く輝いていることだろう。


 これまで何度となく目にしてきた。傲慢で身の程を知らない愚か者の典型。

 もしここが紅竜城の玉座の間であったなら、即座に一喝していたことだろう。

 不愉快だ、去れ!――と。

 もしくは無言で消し炭にしている。


 魔王軍の中には、こういう不遜な人間を好む輩もいる。だが、俺ははっきり言って苦手だった。我が領地に来て欲しくない人種だ。


 厄介なことに、相手はそう思わなかったらしい。

 渋い表情をする俺を見た途端、彼女らは黄色い声を出した。


「あらイケメン!」


 直後、彼女らからの魔力放出を感じ、俺はさらに眉をひそめる。

 これは一般鑑定スキルの証だ。

 無礼、無遠慮にも、姉妹は俺を品定めしようとしてきたのである。

 彼女らの魔力は、これまで俺が対峙してきた勇者どもと比べるべくもなく弱い。不快極まりなかった。


 そのとき、後ろから別の魔力が俺を包んだ。フィアが無言で【鑑定妨害】スキルを発動させたのだ。

 上位魔族の洗練された魔力は、小娘程度には見抜けない。

 妨害されたなど露ほども気付かず、姉妹は自分たちの眼前に現れた鑑定結果画面を笑いながら覗き込んでいる。


 人間が使う鑑定スキルは、相手が所有するスキルや資格、公的な肩書き等を表示するのが一般的だ。これまで何千人、何万人と相手にしてきて、そういうものだと俺は知った。

 当然、聖剣の所持者はその旨が記載される。

 フィアの【鑑定妨害】スキルがあれば、聖剣の所持者であることは誤魔化せるはずだが――。


「まあっ、ステキ! こんなレアスキルもお持ちなのね!」

「見てよお姉様。この資格なんて、持ってるの数えるくらいじゃないかな!? すごーい、これ超掘り出しモノだよー!」


 きゃいきゃいと姉妹で舞い上がっている。

 まるで財宝を見つけたゴブリンのようだ。


 俺はさりげなくフィアを呼んだ。奴らに聞こえないように小声で問い質す。


「おい、本当に【鑑定妨害】は成功したのだろうな?」

「問題ありません」

「……その割には、奴らずいぶんとはしゃいでいるようだが? お前、いったい何を見せたんだ」

「ヴェルグ様が得意とされるスキルと、普段の立ち居振る舞いから連想できる資格をいくつか」


 ただ、と付け加えるフィア。


「たとえ必要性があろうとヴェルグ様を不当に貶める情報は許容できませんので、『多少の脚色』は行いましたが。あのような品性下劣で下級な人間は、ヴェルグ様を褒め称えるくらいの役割でも光栄と思うべきです。ふふん」

「つまりお前、不都合な情報を隠すだけじゃなく、俺の能力を誇張して見せたんだな? しかもその様子だと、多少どころじゃないだろ? 誇張のレベル」

「ふふん!」


 褒めてない。

 撫でられるのを待ってるフェンリルみたいな顔をするな、我が右腕よ。お前は上級魔族サキュバスだろう。犬じゃなく。

 まさかマジで褒めたらポンコツになるとは思ってなかったよ。

 魔王四天王の俺もびっくりだ。


 ……まあ、いい。

 こいつの力が大いに役立っていることは確かだ。

 俺は無言でフィアの肩を叩いた。労いである。


「……んふふふふ!」


 感情が溢れすぎである。フェンリルなら尻尾をぶんぶん振っているだろう。もう少し彼女は昔の姿を思い出した方がよいかもしれない。


 鑑定結果を見終えた姉妹が、こちらに駆け寄ってきた。


「ごきげんよう。私はマリー。マリー・アロガーン。かの高名なアロガーン公爵家の者ですわ。あなた、お名前は?」

「あたしリーナ! マリーお姉様の妹ですよ。お兄さん、いいセンいってますねえ。気に入りました! アロガーン家の人間に認められるなんて名誉なことなんですから、喜んでくださいよね!」


 いきなり不躾に言葉をぶつけている雑魚――もとい、マリーとリーナ姉妹。

 俺が冷めた顔で無視していると、遠慮がちにティエラが「ヴェルグさん」と裾を引っ張ってきた。


 それが気に入らなかったらしい。


 姉妹はティエラを突き飛ばし、代わりに俺の両腕にそれぞれしがみついてきた。上目遣いに俺を見上げ、これ見よがしに媚びを売ってくる。


「ヴェルグ様とおっしゃるのですね。見た目の通り、勇ましいお名前ですこと。ますます気に入りましたわ」

「ねぇねぇ。あたしたちさあ、これから聖剣を手に入れに行くんですけどぉ。一緒に来てくれますぅ? ね?」


 猫なで声だ。

 まったく鬱陶しい。

 そもそもこいつら、自分の媚びに効果があると思っているのだろうか。せめてフィアぐらいの外見的魅力を備えてから出直してこいと言いたい。


「邪魔だ、離れろ」


 俺は言った。これでも配慮した物言いのつもりである。

 ……というか、こいつらに構ってる場合ではない。背後でフィアの奴が着々と魔力を練ってやがる。おい待て。それはやばい。窪地の大きさが倍になってしまう。

 姉妹はともかくティエラには気を遣え。


 マリーとリーナは、敵対心を剥き出しにしてティエラとフィアを見ていた。

 こいつら、フィアの魔力にちっとも気付いていないようだ。

 話にならん。


「ティエラよ」

「えっ?」

「お前は、この姉妹に隷属されているのか? 悪いことは言わない。さっさと独立しろ。そうすれば俺たちと共にいられるのだろう?」

「ヴ、ヴェルグさん!」


 焦ったようにティエラが言う。首を傾げる俺。

 その横で、マリーとルーナが口元をひん曲げてティエラを睨み付けていた。


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