「なぜだ。どうして断る? お前に損はないはずだが……」
動揺を抑えきれず、俺は理由を尋ねる。
するとティエラは、若干後ずさりながら小声で答えた。
「あの……私、あなたに名乗ってないです。それなのに私の名前とか、よくわからない復讐とか……そんなことを言ってくる人を信じられないです。すみません」
「ん? そうだったか?」
「そうですよヴェルグ様」
フィアにまで同意されて、俺は腕を組んで天を見上げた。あいにく岩場に隠れて雲すら見えない。
じゃり、じゃりという靴音。ティエラが少しずつ距離を取っているのだ。
これはアレだ。ドン引きというやつだ。
俺は目当ての少女にドン引きされて断られたのだ。
「ふっ」
(なぜだ……思ったよりもショックがでかいのだが)
「ふふっ、はははっ――はぁ……」
ため息をついてがっくりと肩を落とす。
困ったことに、ドン引きされたことは理解できても、断られた理由にはピンとこないのだ。
知らない情報を告げられたから、ダメだと?
【貪欲鑑定】って、そういうものなんだが。
お前ら人間の勇者どもだって、バンバン不意を突いたり罠に掛けたりするだろ? 何度もあったぞ。「お前ら、それどこで知った?」とか「よく図々しくそんな台詞が言えるな」とか。
なのにダメなのか。それとも我ら魔族に対する暗黙のルールなのか? 人間の間では常識なのか!?
「わからん。人間がわからん!」
「あの……」
「ご心配には及びません。いつものことですので」
頭を抱える俺と、気まずげなティエラ。そしてティエラに声をかけるフィア。
俺の右腕はしれっと説明した。
「ヴェルグ様の社会常識は100年前で止まっていますから。多分。ダメなときはダメときちんと見切りを付けた方がお互いのためですわ。多分」
雑。
フォローが雑。
というかフィアよ。それ言外に「ティエラはさっさと帰れ」と主張してないか? 俺の目的は覚えてるよな右腕。
白い目で睨むと、フィアにスルーされた。オークジェネラルのトラウマが地味に蘇る。
よく見ると、フィアが微かに頬を膨らませている。ちょっと前に見せていた、拗ねた表情そっくりだ。
どうやら、内心ではティエラを仲間に引き込むことにまだ納得していないらしい。
――子どもか!
本日二度目だぞ、このツッコミ!
幸いというべきか、ティエラには通じなかったようだ。代わりに、俺たちを見る目が畏怖から「なんだこいつら」みたいな戸惑いに変わっている。勇者に剣を突き刺されたときより効いた。
ただ、根はお人好しなのか、このまま放置するのは申し訳ないと思ったようで、ティエラはおずおずと聞いてきた。
「よ、よくわからないのですが……とりあえず、どうして私の名前を」
「我々は耳が良いのです。今はおひとりのようですが、お仲間の会話がかすかに聞こえてきたのですわ。そうでなければ、こんな絶妙なタイミングで助けになど入れません」
「あ。そう、です……よね」
仲間、と言われて途端にティエラの表情が無に戻る。
そこに怒りや復讐心は微塵も感じられない。
俺が復讐を持ちかけても無反応だったことといい、どうやらティエラは、自身が抱えるドロドロした感情を自覚していないらしい。
無意識すら暴き出す【貪欲鑑定】。素晴らしく研究しがいのあるスキルだが、今回は正直困った。
(これは根が深そうだ。まずは自身の感情に気付かせないといけないのか。いや、それ以前に乗り越えるべき壁が高すぎる)
現状、俺とティエラの間には心理的な厚い壁がある。どうやってそれを乗り越えればいいのか、見当も付かない。
とりあえず、少しでもヒントが得られればと、俺は再び【貪欲鑑定】を発動させようとした。
しかし、魔力の高まりは感じてもスキルが発動しない。何度か試したが無駄だった。景色が暗転することもなければ、光粒も発生しない。
【貪欲鑑定】の弱点をまたひとつ理解する。
(どうやら連続使用はできないようだな)
それに、読み取る感情や情報の選別、コントロールもできないらしい。こっちが好き勝手暴くのは現状、できないということだ。
【貪欲鑑定】――これまでにない強力な効果を秘めているだけに、制約も多いとわかった。
だからこそ研究しがいもある。
(まあ、このスキルに関しては長い目で見ていく必要があるだろう。それより今は)
俺は改めてティエラを見つめる。
信用されているとはお世辞にも言いがたい表情で、見つめ返される。そしてすぐに視線を外された。
人間とのコミュニケーションがこれほど難しいとは。邪紅竜ヴェルグにとって初めての事態だ。
しかし――だからと言って野望を諦めるわけにはいかない。
できないから、思い通りにならないからと捨て置くのならば、それは現魔王と一緒だ。
かの者に反旗を翻すと決めた俺が、これしきの苦難で膝を折ってはならない。
思い出せ。先代魔王陛下の誠実さを。
思い出せ。これはと見込んだ勇者たちのひたむきさを。
「ティエラ。不躾に要求して済まなかった。改めて願いたい。復讐など関係なく、俺たちに同行してもらえないだろうか。この先、お前の力が必要になりそうなのだ」
できるだけフラットな条件を持ちかける。
ティエラはちらりと俺を見た。眉間に小さく皺を寄せる。悩んでいるのだ。
やがて、虫の鳴くような声で彼女は呟いた。
「私には、決定権なんてないんです。……ごめんなさい」