「間に合ったな」
俺はそう声をかけながら、内心では鼻歌を口ずさみたい気持ちになっていた。
(幸先が良いことこの上ないな。良きことだ)
上機嫌である。
何せ、求めていた土属性魔法の遣い手が、こんなにも早く見つかったのだから。
しかも、彼女が引き上げたのはエドモウトワーム。紅の大地の地中深くに棲息する魔物だ。奴は土中の魔力で生きていけるため滅多に地表に出てくることはない。
それを魔法で無理矢理引っ張り上げて見せたのだ。相応の実力がなければできない芸当である。
(まあ、実力に比べて少々頼りない風貌ではあるが)
俺は
まだ若い。ふわふわと緩やかにうねる金茶色の長髪、大きな瞳に柔らかそうな身体つき。全体的におっとりとした印象を与える外見だ。
人間の美醜にあまり興味のない俺だが、おそらく『美少女』と呼ばれる部類に入るだろう。
気になるのは、全体的に生気がないことだ。
命の危機が去ってホッとしたのとは少し違う。あまり思い出したくないが、少し前にオークジェネラルに見放されたときの俺みたいな陰気な顔だ。
それに、よく見ると着ている服がボロボロである。冒険に適した格好ですらない。物見遊山にでも来たつもりだろうか。
まあいい。相応の実力が備わっているのが第一だ。
俺は小声でフィアに告げた。
「若年ながらなかなかの才能だ。まさかあの魔力反応からこれほどの逸材にぶち当たるとは。我らは運が良い。お前もそう思うだろう、フィア?」
「そうですね」
眉をひそめる。
言葉では肯定しているが、とても心からそう思っているようには聞こえない。むしろ、ハッキリ不機嫌になっていた。
「何だ。あの人間では不満なのか」
「いえ別に。ただ、いつもはただの人間など歯牙にもかけないヴェルグ様が、あの者にはずいぶんご執心なのだなと思っただけです」
「思いっきり不満タラタラではないか」
「いえ別に。ヴェルグ様が私以外の人間をお褒めになられたとしても、私は何とも。ええ、何とも」
要するに、フィア以外の者を褒めたから拗ねているのか。
……子どもかよ!
そうツッコみたいところをぐっと堪える。
こいつはこれまで感情を腹の底に抑えて生きてきた。どういう形であれ、それが表に出てくるのは喜ぶべきことだ。
そう思うようにする。
下手なことを言えばまた火球が飛んできそうだし。
とりあえず、まずは自己紹介だな。相手の警戒心を解かなければならない。
「どうやら生きているようだな、人間の少女よ。結構。素晴らしい生存能力だ。賞賛に値する。俺は魔王四天王――」
「ごほん、ごほん!」
隣でフィアがわざとらしく咳をする。
しまった。つい癖で正体を堂々と名乗るところだった。
仕方ないだろう。ここ100年くらい、俺の前に現れる人間はどいつもこいつも殺気だった奴らばかりだったんだから。
魔王四天王のひとり、邪紅竜だ――なんて名乗るのが恒例になってしまったのだよ。口癖は実に怖い。
「少しは状況をお考えください。子どもですか」
「お前には言われたくない」
こそこそと言い合う。
フィアにじろりと睨まれる俺。言外に「ヴェルグ様は黙っててください」と釘を刺された。
ぽかんとしている人間の少女に、フィアが歩み寄る。膝を折り、彼女と目線を合わせた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私の名はフィア。こちらの男性はヴェルグ様でいらっしゃいます」
「ヴェルグサマ? 変わった名前……」
「『様』は敬称です。あしからず」
もう一度ごほんと咳払いするフィア。
「我々は流れの冒険者として紅の大地を探索中です。偶然、あなたが魔物に襲われているのを発見し、救助しました。体調は問題ありませんね?」
「は、はい。助けていただいてありがとうございます。えっと……あちらにいるヴェルグ、さん? いつも『様』付けで呼んでいるのですか……?」
「もちろんです」
「もちろんなんですね……」
「様付け以外はありえません」
「ありえないんですね……」
「あの方は私の『師匠』です。ですから敬称でお呼びするのは当然です」
フィアの説明に「ああ、なるほど」と頷く少女。
流石フィアだと思いながら俺は彼女らのやり取りを見ていた。実にスムーズな説明である。あくまでも『様』付けを曲げないのもフィアらしい。その忠義、しかと受け取った。
忠実で有能な右腕の頑張りを無駄にするわけにはいくまい。
フィアが少女の相手をしている間、俺は密かに魔力を練った。【貪欲鑑定】を発動させる。
モノクロに反転する世界。3度目ともなると慣れたものだ。
目標は土属性魔法を操る少女――。
聖剣と似た輝きが光粒となって空間に集束する。
どこかの映像を映し出そうとしているようだ。
(これは何だ? 人間の城? いや、それにしては警備が薄い。敷地を歩く人間たちも、皆とても衛兵に見えない……というか女ばかりじゃないか。どうなってる?)
見えてきた光景に、俺は首を傾げた。
まるで鳥が俯瞰したように映像は移動していく。やがて立派な門扉が見えた。そこに刻まれた文字を読み取る。
(コンクルーシ魔法学園……なるほど。ここが噂に聞く人の学び舎か)
俺は大いに興味を引かれた。
人間の世界にこうした教育機関があるのは耳にしていたが、実際に目にするのは初めてだ。
おそらく、この少女も学園に通っているのだろう。そういえば、映像に登場する少女たちと同じ格好をしている。あれが『制服』というやつか。
(存外立派で趣があるのだな、学園とは。我が領地が発展した暁には、ぜひ学園も造ってみたい。夢が広がる)
本来の目的をしばし忘れ、ウキウキと学園の様子を観察する俺。
すると、この映像の主要人物であろう例の少女が現れた。外壁近くの花壇で庭いじりをしている。
さすが土属性魔法の遣い手。殊勝なことだ。
光粒が映像の少女に集まる。彼女の内心を、文字として映し出そうとしているのだ。
花を愛する少女。さぞ平和的な思想の持ち主に違いない。
『その傲慢な自尊心、完膚なきまでにへし折ってやりたい』
――だいぶ違った。