――紅の大地を、1台の荷馬車が進んでいる。
荷馬車にしては、歩みが遅い。
それもそのはず。本来、頑強な馬車馬が担うべきところを、まだ16、7の少女がたったひとりで 荷台を
紅の大地に整備された道などない。何とか車輪を取られないよう四苦八苦しながら、少女はひたすら苦役に徹していた。
彼女の名前はティエラ・フォスザ。
コンクルーシ魔法学園に通う学生である。
そして――。
ティエラが曳く荷台の上で寛いでいる少女がふたり。
マリー・アロガーンとリーナ・アロガーン。ティエラと同じく魔法学園に通う姉妹である。
埃と汗で薄汚れたティエラと違い、アロガーン姉妹は小綺麗な格好に身を包んでいる。
快適さを求めてか、荷台には幌が張られ、荷物の他に机や椅子まで設えられていた。
とても細腕の少女ひとりが曳ける積載量ではない。
それでもティエラが馬車馬として機能しているのは、彼女が土属性魔法の遣い手だからである。
両手両脚に、魔法によって作られた無骨な石の塊が覆っている。これが彼女のパワーをサポートし、荷台を曳き、長時間の苦役にも耐える身体にしているのだ。
もともと優しげな目をした美少女であったティエラは、今、見る影もなく憔悴している。
そんな功労者の少女に対し、姉妹は常に辛辣だった。
「あーやだやだ。ティエラさん、あなた髪がベットベトじゃない。こっちまで臭いが移ってしまいそうだわ」
「せんぱーい。もっと早く走れないんですかぁー? こんなんじゃ日が暮れちゃいますよー? あ、でもそんなずんぐりな見た目じゃ走るなんてムリか。きゃはは!」
自分たちは優雅にお茶をしながら、くすくすと侮蔑の言葉をぶつけてくる。
ティエラは振り返ることも、反論することもなく、ただ黙々と歩を進める。まるで自分の意志を失ったゴーレムのようだ。
彼女ら3人はコンクルーシ魔法学園の同級生とその後輩である。通常なら今日このときも学園は授業中だ。
しかし、彼女ら――正確にはマリーとリーナの姉妹――は授業をサボり、危険とされる紅の大地にやってきていた。
その理由はひとつ。
「紅の大地にあるという聖剣ルルスエクサ。それをリエーレ様にプレゼントして差し上げれば、きっとお喜びになるわ!」
「そうすれば、あたしたちリエーレ様のお側付きになれるわよね、お姉様。きゃー!」
黄色い声を上げる姉妹。
彼女たちが危険を顧みず紅の大地を訪れたのは、聖剣を手に入れるため。
そしてそれを、憧れの女騎士に献上して歓心を買うためであった。
もうすぐその女騎士が学園へ慰問に来る。
そのときまでに聖剣を手に入れようと、姉妹はティエラを『下僕』として引っ張り出してきたのだった。
ついでに、退屈な授業を抜け出す体の良い口実にしている。もちろん、アロガーン姉妹だけの勝手な理屈だ。
姉妹はアロガーン公爵家の娘。
裕福な貴族であることを証明するように、マリーとリーナは強力なマジックアイテムを身につけている。
美しい宝石があしらわれた指輪だ。
「この指輪があれば、たとえ魔王だって怖れるに足りないわ」
「ま、たとえ指輪がなくってもあたしと姉様の実力があれば楽勝楽勝! ああ、早く聖剣見つからないかなあ」
舐めた態度である。
指輪は魔法学園への入学時、父親から渡された逸品であった。アロガーン公爵は、我が儘で傲慢な娘たちを溺愛している。
平気で他者を踏みつけにする傲慢さと、『学内では』上位の実力、そして強力なマジックアイテム。これらが、危険な土地にろくな準備もなくノコノコとやってきて平気な顔をしていられる理由であった。
一方のティエラ。
彼女もまた実家が貴族の家であるが、アロガーン姉妹と違い田舎の貧乏領主の娘。暮らしぶりはほとんど庶民と変わらない。
特別なアイテムなど持たず、使えるのは地味な土属性魔法のみ。
入学時、運悪くアロガーン姉妹に目を付けられてしまったばかりに、ずっと虐げられ、下僕扱いされている。
馬車馬代わりの苦行を延々と続けながら、ティエラはふと思う。
――私はただ、花を育てたいだけなのに。
そんな些細な願いさえ口にできないほど、彼女は反抗する気力を失っていたのだった。
この現実が永久に続くようにティエラには思われた。
今日、このときまでは。