城から出た俺は、吹き付けてくる風に目を細めた。
我が居城、紅竜城は紅の大地のほぼ中央に鎮座している。そそりたつ山の中腹に築かれた、天然の要害だ。これまで幾多の勇者たちを、この地で退けてきた。
眺めがすこぶる良い。
だからこそ、軽く絶望した。
「改めて見ても……本当に何もないのだな。我が領地は」
「はい。そうです」
間髪入れずフィアが頷く。俺は密かに傷ついた。
見渡す限りの荒野、昼夜問わず空を覆い続ける灰色の雲。
とても人間が暮らせる土地ではない。
乾いた風でたなびく髪を押さえながら、フィアが言う。
「加えて、紅の大地全土の情報も不足しております。ダンジョン、地下資源、ヴェルグ様の支配下にない野良魔物。どこになにが、どのくらいあるのかさっぱり把握できておりません。なにせ人手不足ですので」
「お前、そこまでバッサリ言わなくていいだろ……」
「領地再建計画、第一段階からわりとお手上げです」
「もしや俺を精神的に殺しに来ているのではあるまいな?」
俺が恨みを込めて呟くと、フィアは小さく微笑んだ。
「ですが、逆に言えばどのように開拓するかは自由ということです。ヴェルグ様であれば、どんなことだって成し遂げられるでしょう。私はそう信じております」
「……ふん」
ばつが悪くなって空を見上げる。
まさか早々に部下から励まされることになるとは。
先代魔王陛下が見たら失笑されるだろうな。
しかし、フィアの言うとおりだ。何もない? 上等だ、俺がゼロから創り上げてやろうじゃないか。理想の街、理想の国を。
「突っ立っていても仕方ない。フィア、城下に降りるぞ。まずは城周辺の調査だ」
「人間どもをたぶらかしには行かれないので?」
「言い方。……その人間どもが暮らせる環境を用意するのは、俺たちの役目だろう」
「かしこまりました」
フィアとともに、目の前の崖を飛び降りる。一応、城までの道は造られているが、この方が早い。
生身の人間なら間違いなくミンチになるだろう高度を、軽やかに降りる。
「ふむ。この辺りは比較的平坦で開けているな」
城からほど近い場所にやってきた俺は、辺りを見回しながら頷いた。フィアに尋ねる。
「ここに人間用の畑を作るべきだろうか。どう思う、フィア」
「家畜用ですか?」
「人間用だ。お前、もしやわざととぼけているのではあるまいな」
「そんなまさか」
「……」
「……」
こいつ、浮かれている?
俺の冷ややかな視線でさすがに「まずい」と思ったのか、フィアは小さく咳払いをした。
「我々魔族であれば大地に溢れる魔力だけでも生きていけますが、人間はそうはいきません。よい考えだと思います。ただ」
フィアがその場にしゃがんだ。細い指で地面をなぞる。
「このように乾ききった土地では、人間用の作物はまず育たないでしょう。何より水が足りません。人間でも飲用可能な清らかな水が必要です」
「水か……」
城に井戸はあるが、あれだけで大勢の人間をまかなうわけにはいかないだろう。そもそも人間が口に出来るかわからない。
「地下に水源が眠っていればよいのだが」
そう呟いたときである。
突如、視界がモノクロに変化した。
『【貪欲鑑定】が発動しました』
フィアのときと同じ、周囲の時間経過がひどく緩やかになる。大地から巻き上げられた砂埃が、白黒の世界でほぼ制止していた。
まさかこのタイミングで発動するとは。
視界に複数の光点が浮かぶ。それらは地面の一角に集まり、一つの映像を映し出した。
それは、地中に眠る聖なる力の塊。それと、その力で守られるようにして浮かぶ、植物の種だ。
光点がメッセージを紡ぐ。
『地中に隠された聖魔の力、テリタスの種を発見しました』
『さらに数メートル下に水源あり』
(テリタス……間違いない。先王陛下が愛されていた花の名だ)
赤と白の鮮やかな色合いを持つ種皮。水晶のような美しい形。植物の種ではとても珍しい外見のテリタスを、俺が見間違うわけはない。
かつて先王陛下が愛し、聖剣を
(聖なる魔力に、種、そして水。まだ紅の大地は死んでいない)
鼓動が高鳴る。
同時に【貪欲鑑定】が解除され、世界に色と時間が戻る。
フィアが怪訝そうに首を傾げ、すぐに何かに気付いて声をかけてきた。
「ヴェルグ様。もしや今しがた、【貪欲鑑定】を発動されたのですか?」
「ああ。おかげで面白いことがわかったぞ」
俺は【貪欲鑑定】で得た情報をフィアに伝えた。彼女は感じ入ったように呟く。
「ヴェルグ様のスキルに、そのような使い方があるとは」
「まったく、嬉しい発見だ。これはますますこのスキルを極めていく必要があるな」
にやりと笑った後、俺はふとフィアに言った。
「フィア。お前、花は好きか?」
「え?」
「花があれば、お前は嬉しいか?」
「え、えええっ!?」
「ならばここに、花畑を作るのもよいかもしれないな」
俺はひとり頷く。
最初の一歩として、先王陛下の愛した花を復活させる。うむ、悪くない。
俄然やる気が出てきた。
こうなるとますます、土属性魔法の遣い手が欲しくなる。
「ヴェルグ様が私のために……?」などとブツブツ言いながら頬を押さえていたフィアが、ふいに後ろを振り返った。
「ヴェルグ様」
「どうした?」
「たった今、人間の魔力を感知しました。紅の大地に踏み入り、こちらに向かっている者たちがいるようです。無謀にも」
「無謀? ……ああ、なるほど」
フィアの言いたいことがわかった。
よくよく注意しなければわからないほどの微弱な魔力。このような歯牙にもかけない程度の力で、紅の大地にのこのこやってくるとは。
確かに無謀である。
「数は3。うちひとつに土属性の魔力を感じます」
「よし、でかした。そいつらと接触しよう」
「しかし、ヴェルグ様ともあろうお方が、このような弱く愚かな輩に頼らなくても」
「本当に雑魚で大馬鹿者かどうかはこの目で確かめる。行くぞ、フィア」
かしこまりましたと頷くフィアを引き連れ、俺は跳躍した。