――とはいえ。
これで問題が解決したわけではない。というか、何も解決していない。
仮にも魔王四天王のひとりが、聖剣の力を得て主となったとバレれば大騒動だ。
「さて。とりあえずこの事態をどうやって誤魔化そうか……」
「ヴェルグ様。よろしければ、私にも事情をお話いただけませんか? 何かお力になれるやもしれません」
「おお、そうだったな。お前に詳しく説明しないのは筋が通らん」
俺は事の顛末をフィアに語った。
魔王の非情な通知のこと。
聖剣を磨いていたら突然力を与えられたこと。
俺の中に目覚めた【貪欲鑑定】のこと。
フィアは真剣な表情で頷きながら聞いていた。前から薄々気付いていたが、やはりこいつは根が真面目らしい。
ただ、【貪欲鑑定】でフィアの内心を知ったくだりについては、両手で顔を覆って恥ずかしがっていた。お前、そんな仕草もできたのな。今まで本性隠しすぎだろ。逆に凄いわ。
「――と、いうわけだ」
「ごほん。なるほど。理解しました。非常にマズいですね」
一言でまとめられてしまった。まあそうなんだけど。
「
「なんだ?」
「サキュバスとしての私のスキルに、【鑑定妨害】がございます。本来は魔族であることを隠して人間に近づくためですが、このスキルを応用すれば、他者の目を欺けるのではないかと」
「なるほど! 聖剣の力や【貪欲鑑定】の存在を探知できなくするわけか」
「左様です。ヴェルグ様のような強者の能力をすべて改ざんすることは困難ですが、一部の能力のみを知覚できなくすることは可能です。ただ――」
ふと、フィアが視線を逸らした。
「【鑑定妨害】は元々他者にかけるスキルではございませんので……誤魔化し続けるには私が常にお側にいる必要があるのですが」
「なんだそんなことか。ならば今このときから、お前が俺の右腕になればよい。常に側にいて、俺を助けてくれ」
「よろしいのですか!?」
「よろしくないわけがあるか」
呆れ混じりに言う俺。するとフィアは顔を上げ、嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとうございます。誠心誠意、務めさせていただきます!」
「うむ。いい表情になった。こちらの方が美しい」
「なっ……!? お、お
くるりとフィアは背を向けた。俺は首を傾げる。
素の彼女は、どうやら男性との会話が苦手なようだ。この性格でサキュバスとして振る舞い続けるのは確かにストレスであっただろう。
1000年以上魔族として生きていると、サキュバスの魅了スキルや
オークジェネラルのように見限られないよう、俺も気を引き締めなければな。主としての義務だ。
「フィアがいればさしあたりバレることはなさそうだ。しかし、いずれにせよ我が領地は存続の危機……よし、俺は決めたぞ」
「ヴェルグ様? 何かよいお考えがあるのですか?」
「うむ。ここのところずっと考えていた」
聖剣を振り返った。奴に主と認められたのは、ある意味、いいきっかけと言える。
「俺は今後、魔王に頼らぬ。どちらにせよ支給が止められたのでは、自活していくしかない。それに、もし魔王に俺の秘密がバレたとしても、処罰をためらうほどの国力を蓄えておかねば。そのために――」
「そのために?」
「この紅の大地に、かつての栄華を取り戻す」
拳を握りしめる。脳裏に蘇るのは、かつて聖地と呼ばれていた頃の紅の大地。聖剣が眠るに相応しい豊穣と繁栄の地だったときの光景だ。
「人的交流を復活させ、荒れた土地を開拓する。紅の大地を再び偉大な地に再建するのだ。そうすれば、魔王とておいそれと手は出せまい。かねてからの我が野望でもある。その実現に向けて、動き出すときがきたのだ!」
「しかし今は何もない、と」
「冷静に話の腰を折るのはやめていただきたいのだ。我が右腕よ」
鋭利すぎるツッコミに若干凹みながら抗議する俺。そのとおりだよ。だから今から奮起しようとしてるんじゃないか。こいつはこいつで「右腕」と呼ばれたことに少し嬉しそうだし。
「……まあ、全てが一からなのは事実だ。フィアよ。何か良い考えはあるか?」
「そうですね」
顎に手を当てたサキュバス。すると彼女は、手持ちの書類から1枚の紙を取り出した。紅の大地の簡易地図である。
近くのテーブルに地図を広げ、羽根ペンを手にするフィア。
「ヴェルグ様の領地を再び偉大にする。そのために7段階の目標をご提案します」
「ほう。7つとな」
「はい」
頷くと、フィアは地図の余白にサラサラとペンを走らせた。
1.土壌改良
2.安全な居住地の確保
3.資源の開拓、開発
4.交通網の整備
5.教育機関の確立
6.情報発信
7.持続可能で新しい力の確保
「――以上の項目をクリアしていくことによって、やがて現魔王直轄領にも負けない国作りが可能となるでしょう」
「おお……!」
「これらの目標達成には、人間との協同が欠かせません。いわば、人魔が手を取り合い巨大で平和的な観光地を創り出す計画です。私も――そうした夢のような国に興味があります」
最後の言葉を少しはにかみながら口にするフィア。
素晴らしいの一言だった。
最初は地盤整備から始め、徐々に人を呼び込み、最終的に開放的かつ魔王に頼らない独立した領地を目指す。そういうプランだろう。
7つの目標をひとつずつクリアして発展させていく――非常にそそられるじゃないか。研究者気質の俺に相応しい。血が騒ぐというものだ。
「素晴らしい提案だ。ぜひ採用しよう。改めて、お前のような優秀な文官を持てて嬉しいぞ。フィア!」
「いえ……。お役に立てて光栄です」
フィアが俯いて微笑む。褒められて嬉しいらしい。
これからどんどん褒めてやろう。
まさかあのクールなフィアが、多少褒められたくらいでポンコツになることは思えんしな。
さて。まずは第1段階、土壌改良だ。
人間を迎え入れるにしても、荒廃した大地のままでは何もできない。平行して治水工事も必要になってくるだろう。
せめて、人間が口にできる作物を作れるようにならないと。
俺自身、別に食えれば何でもいい派だが、人間が作る料理の美味さと多様さは認めている。
しかし、この広大な紅の大地。どこからどうやって手を付けていくか……。
「フィア。俺に考えがあるのだが。ここは早速、人間の力を借りようと思う」
「と、言いますと?」
「かつて彼らと交戦していたときを思い出した。人間の中には、土属性魔法が得意な者がいる。彼らを仲間に引き入れるのだ。幸い――と言うべきか、紅の大地には聖剣を求めてやってくる人間が後を絶たない。その中には土属性魔法の実力者もきっといるはずだ」
「なるほど。それはよいお考えです」
フィアは頷いた。なぜか小さく拍手までしている。こいつ、ストレスから解放された途端に仕草まで可愛らしく変貌したな。
「ですが、懸念もございます。これまで長らく敵対関係にあった人間たちを、どうやって仲間に引き入れるのですか? 金、食糧……我々には今、何も差し出せるものがないのですが。まさかいきなり聖剣を取引材料に使うわけにはいかないでしょう」
「まあ、この
俺が聖剣を振り返ると、「やめて」とばかり聖なる光がパラパラと散った。こいつもこいつで、俺が主になった途端にやたら自己主張してくる。しばらくそこで大人しくしていろ。
「方法はある。攻めてくる人間たちの中からめぼしい奴を見つけ出し、【貪欲鑑定】で弱味を握るのだ」
「え?」
「こいつは鑑定対象の負の感情を暴き出す。どんな恥ずかしい秘密を抱えていようが、俺の前では無意味。いくらでも交渉材料は手に入るだろう。ふははは!」
「とても魔族らしいお考えで非常に感服致しました」
「表情が前に戻っているぞ、フィア」
冷酷な魔族の顔になった部下に、俺は口を尖らせる。
それから俺とフィアは身支度を調える。怪しまれないよう、冒険者風の衣装に身を包んだ。
聖剣のある部屋を強固にロックしてから、俺たちは城を出る。
まずは視察だ。めぼしい人材を見つけなければならない。
「ゆくぞフィア。偉大な復興への第一歩だ!」
「かしこまりました。お供致します、ヴェルグ様」