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第2話 新たなスキル【貪欲鑑定】


 サキュバスらしい露出の多い黒の衣装。世の男性を虜にしてやまない蠱惑的なプロポーション。それをさらに映えさせる漆黒の艶やかな髪。

 極めつきは、彼女の肉体に引き寄せられた男どもが揃って瞬殺される、ダークブルーの冷たい瞳だ。噂では、その視線の鋭さだけで襲撃者を退けたこともあるとか。


 融通が利かず、常にクールで表情を変えず、淡々と敵を殲滅していく怖ろしい実力者――それが俺の知るフィアだ。


 現に今、彼女の耳や髪の一部に、今し方退けてきたであろう人間の返り血が薄く付着している。軽く一戦交えてきたのに、この涼しい顔だ。


 彼女はその切れ長の目で、俺と聖剣を交互に見た。フィアからわずかに魔力が漏れる。鑑定スキルでこちらを探っている証だ。


(まずいな……)


 鑑定スキル自体は珍しくも何ともない。魔族は元より、ここにやってくる人間たちも標準的に身につけている技能だ。万能ではなく、鑑定で得られる情報は遣い手の力や相手との実力差によって変わってくる。

 しかし、フィアほどの実力者となれば、俺の身に何が起きたかを看破するのは容易だろう。


 果たして、フィアは冷たい口調のまま俺に告げた。


「この聖なる力の波動。どうやら聖剣に主として認められてしまったようですね。魔王四天王のひとり、邪紅竜ヴェルグ様ともあろうお方が」

「ぐ……! フィアよ。弁解させて欲しい。これは不可抗力で――」

「このことを魔王陛下にご報告すれば、裏切り者としての処罰は免れません」


(相変わらず人の話を聞かない奴め……!)


 俺は内心で舌打ちした。

 こんな理不尽なことがあっていいのだろうか。俺がいったい何をしたというのだ。

 ええい、くそ。これも魔王の仕打ちのせい――あとは貴様だ、聖剣ルルスエクサ! 恩を仇で返しよって!!

 恨みを込めて聖剣を振り返る。小さな輝きが柄頭からはらりと零れた。まるできょとんと小首を傾げているようだ。おのれ聖剣。


 俺が歯がみしていると、フィアは足下に散らばった書類を拾い始める。まるでゴーレムのように感情が消えている。それほど軽蔑しているのか、俺を……。


「ヴェルグ様」

「なんだ。正当な批判以外は受け付けんぞ」

「私を処断すれば、全てうやむやにできます」

「……は?」


 困惑した。

 俺をなじるでも軽蔑するでもなく、「自分を処断すればいい」? 何を言っているのか、こいつは。


「本気か、フィア。ここで俺がお前を切り捨てればなかったことにできると、他ならぬお前が言うつもりか」

「……」


 フィアは無言だ。


 しばらく彼女の顔を見ていた俺は気付く。

 こいつ、完全に目が死んでいる……。

 これまで幾人もの人間たちを返り討ちにしてきた俺にはわかる。この表情、現実に打ちのめされて心折れた者のそれだ。

 今までクールだ冷酷だと言われていたが……本当は見誤っているだけではないのか?

 フィアは、俺の知っている他の魔族連中とは根本的に違うのかもしれない。


 そう思った瞬間だった。


 視界に急激な変化が現れる。

 すべてのものがモノクロに染まり、動きを止める。目の前にいるフィアも同様だ。死んだような目を、瞬きひとつせずにこちらに向けている。まるで時間が止まったみたいだ。

 加えて、俺自身も動けない。思考だけが目まぐるしく巡っている。


(なんだ!? 何が起きた!?)


 気ばかり焦る。こんな異変、これまで一度もなかった。

 そのとき、モノクロの世界に光点が生まれた。見覚えのある輝きだ。聖剣ルルスエクサから溢れた光と同じ温かさを感じる。


 光点は機敏に動き出し、やがて空中に光の文字を浮かび上がらせた。


『聖剣との同調完了 聖魔の融合により新たなスキル【貪欲鑑定】が発動しました』


 何だって? 貪欲鑑定だと!? 何だソレは。

 心の中で声を上げるも、光の文字は答えない。


 聖剣との同調。聖魔の融合。

 その言葉から推測する。

 聖剣の主となりその力が流れ込んだことで、俺の魔力と反応。それによって新しく発生したスキルが【貪欲鑑定】である――というわけか。


 しかしわからん。【貪欲鑑定】とは何なのだ。何ができるのだ。

 試してみたい……!


 言葉では不平を漏らす一方、どうしようもなく興奮している自分に俺は気づいていた。


 答えがないのなら、知りたい。探りたい。


 俺はこう見えてかなり研究者気質だ。ひたすら探求、ひたすら実験・実践、同じ作業の繰り返しという生活が苦じゃない。300年間聖剣磨きしてきたことがその証左。

 おかげで仲間や友人を作れず今の体たらくである。ちくしょうめ。


 すると、俺の思いが通じたのか景色に変化があった。

 光点がフィアの周りを忙しなく動き始めたのだ。光の軌跡がまた文字を描いていく。


『もう嫌だ。こんな私、消えてしまいたい……』


(ん?)


『どうして戦わなければならないんだろう。私がサキュバスだからって、魔族だからって、どうして罪もない人間たちの身体と心を壊さなければならないんだろう』

『今日倒した人間たち。大丈夫だろうか。怪我をしていたが、ちゃんと故郷に帰れただろうか』

『誰にも言えない。私がこんなことで悩んでいるなんて』

『クールで残酷なんて言わないで。それを演じ続ける私はもっと嫌だ。消えてしまいたい』


(これは……)


 次々と描き出されていく文字。それらはすべて、葛藤と苦悶を打ち明けるものであった。

 内容からしておそらく、フィアの隠された本心。

 拭いきれぬ負の感情だ。


 あのクールで冷酷と言われるフィアのことだとはにわかに信じがたいが……彼女が「自分を処断すればいい」と言った理由がコレだと考えれば、つじつまが合う。


 何てことだ。

 これが【貪欲鑑定】の力か。

 相手の隠された負の感情を明らかにする。欲深く探り出す所業だ。なるほど、だから【貪欲鑑定】――。


(考えようによっては、俺にぴったりのスキルだな。こんな力が今になって目覚めるとは……300年聖剣を世話してきた甲斐はあったということか)


 これでますます聖剣を手放すわけにはいかなくなった。


 いまだ固まったままのフィアを見る。

 それにしても、まさかこいつがあのような葛藤を抱えて生きてきたとはな。

 フィアが紅の大地に来てそれなりに月日が経つ。その間ずっと苦しんできたことを思うと、我が部下ながら身につまされる思いだ。

 俺もまた、『魔族らしくない』と後ろ指さされて生きてきたからな……。

 気持ちは、正直わかる。


 すると、再び光点が動き出す。

 今度は短く、しかしこれまでよりも力強い文字が浮かぶ。


『疎まれた私をヴェルグ様はずっと側に置いて下さっている。この恩を、忘れてはいけない』


(フィア。お前……)


 俺はこれまで、先代の恩に報いようと忠義を貫いてきた。

 今度は俺自身が、忠義を捧げられる身になっている。

 先代魔王陛下なら、こんなときどうしただろうと考えた。


(……よし)


 腹を決めた。

 俺が忠義を貫くように、フィアも忠義を貫こうとするのであれば。

 その心意気、最大限尊重しようではないか。

 きっと先代なら、そうされるはずだ。


 モノクロ空間が元に戻る。視界に色彩が一気に蘇り、俺は思わず大きく息を吐いた。まるで水中深くから勢いよく水面に出た気分だ。


「ヴェルグ様?」


 目の前では、フィアがわずかに眉をひそめている。俺の仕草が唐突に映ったのだろう。

 なるほど。【貪欲鑑定】の発動は相手には認識されないのか。こういうところも通常の鑑定スキルと異なるようだ。


 改めてフィアと相対する。

 いつものクールな顔つき。感情の揺れが見られない瞳。だが、【貪欲鑑定】でフィアの心の闇を覗いた俺は、もう彼女を単なる『冷酷な女』と考えていなかった。


「フィアよ。お前は先ほど、『自分を処断すれば全てをうやむやにできる』と言ったな」

「……。厳然たる事実です。魔王四天王であるあなた様にはたやすいことでしょう」

「不要だ。お前はそのまま我が元で働くがよい」

「え?」


 それは滅多に見られないフィアの困惑顔だった。

 俺は腕を組み、胸を張った。


「見ての通り、我が領地は深刻な人材不足だ。それなのに、俺自身の失態で貴重な部下を切り捨てるわけにはいかないだろう。今の俺に、忠義者をないがしろにするだけの余裕はないのだよ」

「はあ……え? 忠義、者?」

「部下の多くに見限られた俺に、お前は最後まで付き従ってくれた。その忠義に俺は報いる必要がある」


 フィアが目を大きく見開く。

 口元に笑みを浮かべ、俺は言った。


「俺にはわかる。今まで、色々と難儀してきたようだな。どうせもうここには限られた者しかおらん。少しずつでも、素を出していけばよい」

「あ……」

「魔族らしくない? いいではないか。お前の目の前には、魔王四天王でありながら極めて魔族らしくない男がいるのだぞ? 何たって聖剣に認められてしまったのだからな。はっはっは」


 大げさに笑い飛ばしてから、フィアの肩を軽く叩いた。


「俺はお前の働きを認めよう。お前の苦しみを受け止めよう。それが『忠義者』フィアに対する俺の報い方だ。これからもどうかその心意気を貫き、我が元で尽力して欲しい」


 そう言葉にした直後であった。

 フィアの目から、大粒の涙が零れたのだ。


 彼女は何度も口を開こうとするが、嗚咽に紛れてなかなか言葉にならない。魔族が人前で泣くなどみっともない話ではあるが、まあこの際大目に見るべきだろう。おそらくフィアは、長い間泣くことを封印してきたのだ。


 やがて涙を拭った彼女は、心なしかスッキリしたような表情で言った。


「さすがヴェルグ様ですね。感服しました。……少々、恥ずかしくもありますが」

「なるほど。今日はずいぶん珍しいものが見られる日だ。オーガの目にも涙というやつだな」

「誰がオーガですか!」


 ――火球が飛んできた。


 無論、竜族の最上位である俺に生半可な炎は効かない。それでもツッコミと同時に人間を消し炭にする魔法を放つとは……さてはお前、実は結構ヤンチャだな? それとも心のたがが外れて本来の力が出せるようになったか? 良い傾向だ。


「いい炎だ。その調子で引き続き尽くしてくれ。期待している」

「取り乱した私の方がバカみたいじゃないですか……」


 ため息をついたフィアは、不意に表情を柔らかくした。これも俺は初めて見る微笑みだった。


「やはり、あなた様の元へ来てよかった。このフィア、改めてあなた様に忠誠をお誓い申し上げます。ヴェルグ様」

「ああ。よろしく頼む」


 これまで数多の魔族と交わしてきた主従の契り。

 しかし今日この時の誓いは、今までと違った特別なものに感じられた。



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