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貪欲なる邪竜の領地再建計画
貪欲なる邪竜の領地再建計画
和成ソウイチ
異世界ファンタジー内政・領地経営
2024年12月12日
公開日
5.2万字
連載中
【3/31更新!】
【次回は4/3 12:00更新予定】

古株の四天王「邪紅竜ヴェルグ」は、新しく代替わりした魔王から冷遇されていた。ヴェルグが守り続けている聖剣が、魔王の新しい魔法によって脅威でなくなったためだ。
給料や物資の支給も滞り、「金の切れ目は縁の切れ目」とばかり主立った配下から次々と見限られるヴェルグ。

そんな中、何百年も見守り手入れを続けていた聖剣から、あろうことかヴェルグが主として認められてしまう。
しかも、その様子を配下であるサキュバスのフィアに目撃され、ヴェルグは処罰の危機に陥る。

そんなとき、聖剣から力を得たヴェルグに特殊スキル『貪欲鑑定』が目覚める。
これはあらゆる対象のより深い『負』の情報を暴き出すというものだった。
これにより、フィアの隠された苦悩を知ったヴェルグは、彼女のありのままを受け入れる度量を見せ、フィアを味方に引き入れる。

魔王に愛想を尽かせていたヴェルグは、以後、自分の好きに生きることを決意。
聖剣を餌にして人を集め、領地をかつてのような偉大な国へ再建するために動き出す。
するとその中で、貪欲鑑定の意外な使い方を発見。
聖剣を求め攻めてくる人間を改心させたり、誰にもわからなかったダンジョンの謎を解いたりと、貪欲鑑定は大活躍。

やがてヴェルグの治める邪紅領は、魔王直轄地を凌ぐ規模と人材を抱える強大な王国へと発展するのだった。

第1話 邪紅竜の聖なる受難

 ここは魔王四天王のひとり、邪紅竜じゃこうりゅうヴェルグが治める『くれないの大地』。その最奥部にそびえる『紅竜城』。

 つまり俺の領地と俺の居城だ。


「おのれ魔王め……!」


 四天王である邪紅竜ヴェルグが、魔王への怨嗟を口にする。

 それほどまでに、俺は憤っていた。

 手には魔王から送られてきたペラ紙の通知が1枚。


「今後は給料どころか、支給物資すら止めるだと……!? 我が領地領民がどれほど困窮していると思っているのだ!」

「困るほどいないっしょ、ヴェルグさまー」

「それを言ってはいけない」


 苦虫を噛み潰した顔で、部下にツッコミを入れる。

 つまらなそうな表情で欠伸をするコイツは、オークジェネラル。近隣のオークどもを束ねる実力者――なのだが、ご覧の通りすこぶるやる気がない。


 ちなみに、魔王からの通知を持ってきたのはコイツだ。「ヴェルグさまー、これ」とか言いながら紙を『ぺいっ』としてきた不心得者である。敬意の欠片も感じられない。


 ……いったいどうしてこうなった?


 竜族最強の男、邪紅竜ヴェルグとして認められ、先代魔王陛下から四天王の地位と紅の大地を賜った俺。

 すでに300年以上も前の話だ。

 俺自身の年齢もすでに1000歳を超え、魔王軍の中では古参のひとりとなっている。ちなみにジジイではない。竜族の中じゃまだまだ働き盛りだ。

 現魔王からは「じゃあおっさんだな」とバカにされた。ちくしょうめ。


 俺が今の地位にいられるのは、先代の陛下から目を掛けて頂いたことと、もうひとつ。

 魔王に有効とされる武器、『聖剣ルルスエクサ』を人間どもの手から守り続けているためだ。


 ところが、代替わりした現在の魔王が、聖剣の脅威を無効化する魔法を開発。

「聖剣の警護役など、もはや無用の長物」とされ、俺はあからさまにハブられるようになったのだ。

 今回の通知はトドメと言える。


 まったく……先代の陛下なら、決してこのような無体むたいは働かなかっただろうに。そんな偉大なお方だったからこそ、俺は先代に託されたこの土地と聖剣をずっと守り続けているのだ。

 俺は先代に巨大な恩がある。

 だが、現魔王にはこれっぽっちも恩を感じない。むしろ怒りしかない。


 もう我慢の限界だ。


「こうなったら直接文句を言ってやる。おいオークジェネラル。ついてこい!」

「え? いやっす」

「お前……」


 玉座から立ち上がった姿勢のまま、俺は愕然とした。邪紅竜形態ならもっと威厳はあっただろうが、今は青年期の人間に擬態している。300年戦っていた間に「これぞ」と見込んだ人間の男たちの特徴を真似ているから、人間基準でも見た目は良いはずだ。竜のまま下手に動いて城を壊したら直す金がない。


 小太りのオークジェネラルは、どこからかしわくちゃの紙を取り出した。また『ぺいっ』とこちらに投げて寄越す。「コイツまたかよ」と思いながら紙を拾うと、そこには汚い字で『辞表』と書かれていた。

 鼻をほじりながらクソオークは宣う。


「今日限りでここを辞めまーす。よろしくー」

「な、なんだと!? 何故だ。ここは先代から賜った由緒正しき土地だぞ!?」

「えー、だってぇ。金も食いもんもろくにないじゃないっすかぁ。それなのに乱暴な人間の相手ばっかりやらされるしぃ。もうカンベンっすわ」

「くっ。それは……」


 悔しいが、コイツの言っていることは事実である。

 紅の大地は、大昔は聖地と呼ばれるほど豊かな土地だったと聞く。聖剣が創られたのもその頃だ。しかし、今は見る影もないほど荒廃している。灰の空と岩ばかりの大地だ。

 現魔王によって支給が諸々止まったせいで、確かに金も食糧も乏しい。


 加えて。


 聖剣を求めてやってくる人間どもは、腕に覚えのある奴か戦闘狂ばかり。どいつもこいつも俺の相手ではなかったが、奴らと激しい戦いを繰り広げる度に大地はえぐれ、部下たちは消耗していった。

 おかげで最近は、ほとんど俺が邪紅竜形態で出張って片付けている状況だ。


 唸るだけで反論できない俺に、オークジェネラルは無情に言った。


「つーわけで、オレは抜けますんで。もっといい給料もらえて美味いモンも食える職場があるんすわ。じゃ、そーいうことで」


 そのまま、オークジェネラルは謁見の間を去っていった。

 広大なホールに寒風かんぷうが吹く。


「金の切れ目が縁の切れ目、か。これで我が領内に残る部下はほとんどいなくなってしまった……」


 がっくりと肩を落とし、呟く。

 確かに魔族ともあろう者、金のない上司に付いていくことはない。

 先代への忠義を貫く俺が、魔族の中でも異端なのは自覚している。

 しかし……だからといって、この仕打ちはあんまりではなかろうか。


「……日課でもこなすか」


 ため息をついた俺は、謁見の間から出た。とぼとぼと歩いて向かうのは、聖剣を安置している部屋だ。

 丁寧に整理整頓された部屋の中央部に、石の台座に刺さった聖剣ルルスエクサがある。

 いつもの通り、静謐せいひつで美しい輝きだ。

 この聖剣を磨いて手入れするのが、俺の日課となっていた。魔王四天王が何を律儀なことを、と思うかもしれない。これが結構、気分転換になって良い感じなのだ。

 ……俺に心労が絶えない証拠でもあるが。


 部屋の隅に保管してあるバケツと魔鉱石、それに魔獣の革を持ってくる。

 魔鉱石を手に取ると、俺は自分の魔力をほんの少し差し向けた。するとみるみるうちに魔鉱石が赤熱し、どろりと溶ける。火傷などしない。腐っても俺は邪紅竜なのだ。

 もっとも、魔鉱石を溶かせるだけの魔法となると、人間なら遣い手はごくわずかだろう。このような細かな魔力操作も彼らにはまず無理だ。

 伊達に俺は1000年以上生きていない。人間との実力差が縮まることはなかった。


 下に置いたバケツの半分くらいになるまで作業を続け、魔獣の革をそれに浸す。その後、聖剣を丁寧に磨く。

 こうすると魔鉱石に含まれた魔力が余さず吸収され、聖剣としての力を維持できるのだ。さらに魔獣の革はツヤを出すのに最適だ。


 俺はこの作業を300年近く、欠かさず続けている。


 やがて作業を終えた俺は、満足げに聖剣を見つめた。だが今日に限っては、すぐに気分が沈む。

 先代から受けた恩義に報いるため、俺はこの地を見捨てるつもりは毛頭ない。

 しかし、このままでは――。


「もう魔王に虐げられるのはうんざりだ。どうしたものか」


 深いため息とともにそう呟いたときである。

 突如、聖剣がまばゆい輝きを放ったのだ。この温かく清浄な光は、俺たち魔族と対極を成すもの。


「これはまさか、聖剣が持つ聖なる力!? どうして今ごろ――って、お、おい!!?」


 俺は狼狽えた。

 聖剣から溢れた輝きが、次々に俺の中に入り込んできたのだ。振り払っても振り払ってもまとわりついてくる。まるで尻尾を振ってじゃれてくるフェンリルだ。


「ええい、離れろ! 落ち着け!! ――おすわり!!」


 いつぞや飼っていたフェンリルを思い出し、俺は思わずそう叫んだ。するとスーッと輝きが遠ざかる。聖なる力は聖剣の周りをぐるぐるぐるぐる周り始めた。叱られてしょんぼりしているように見えなくもない。


 ぜーはー息を吐いていた俺は、次の瞬間、自分の身体に起こった異変に青ざめた。


「この体内に溢れる力の感触……まさか、聖剣の力を宿したのか!? 俺が!!?」


 両手からうっすらと溢れる白い輝き。邪紅竜の俺の魔力と溶け合うように漂っている。

 電撃に打たれたように思い出した。

 聖剣の守護を言いつけられたとき、先代魔王陛下から聞かされたことだ。


『聖剣ルルスエクサは意志を持っている。自らが認めた主にのみ、聖剣の真の力を授けるという。その際は、光の奔流が起こる。ヴェルグよ。聖剣の輝きには常に注意を払うのだ』


「陛下が仰っていた現象と同じ。ルルスエクサが俺を選んだというのか?」


 愕然と呟く。すると、聖剣はそれを肯定するようにゆっくりと瞬いた。えらく機嫌良さそうなのがしゃくに障った。機嫌良さそうだとわかるほど長い間親身に接してきた自分に愕然とした。

 がっくりと両膝を突く。


「俺を勇者にしてどうすんだよ……! そりゃあ300年間お前の面倒を見てきたのは俺だけどさあ!」


 ――どうやら、知らない間に俺は聖剣からずいぶん気に入られていたらしい。

 そんな俺が魔王に対して強い憤りを抱いているのを感じ取って、俺に聖剣の力を授けたのか。


「とにかく、何とかして誤魔化す方法を考えないと。魔王四天王の俺が聖剣の力を得たなんて知られたら、大変なことに――」


 ばさばさばさっ!


 床に書類が落ちる音がした。

 俺は恐る恐る振り返る。


「ヴェルグ様。今、なんと?」


 ひどく冷たい声がした。


 そこにいたのは、上級魔族のサキュバス。

 俺の元に唯一残っていた女性部下であるフィアだ。


 彼女は、身内からさえ『クールで冷酷』と評される。

 裏切り者はたとえあるじであろうと容赦しない人物に、決定的瞬間を目撃されてしまったのだ。



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