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六十一、終わりの始まり 

 六十一、終わりの始まり 


 手が震えていた。やってしまった。咄嗟に倉庫に入った真心はそこにあったもののピンを思い切りひいて、それを投げた。凄まじい音がして思わず耳を塞いだ。どうして使い方を知っていたのかというと、戦争映画のワンシーンで見たことがあるからだ。


 煙がたちこめていて、最初は見えなかったけど、どうやら命中したらしく誰も襲いかかってこない。そこには、思わず吐き気がするような人の残骸が転がっていた。


「渡倉さん‼️」

「ど……どうしよう……」


 頭が混乱していた。仙台和菜は昨日まで一緒に働いていた仕事仲間である。

足に力が入らなくて腰が抜けた。


「鷹を……鷹をお願い!」


 磔にされた総理がそう叫んだ。その顔は必死だった。


「わかったわ」


 薊は鷹に近づいて、脈を確認する。


「大丈夫、生きている」


 誰が敵? 誰が味方? どうなっているの? わからないことばかり。だけど、目の前には大火傷をした人物が倒れていて、磔にされている総理も足を火傷している状態で、助けようにも邪魔をする人間がいる。そういう状況で、邪魔をする人間をどうにかしないと誰も助からない。判断は合っていたのか間違っていたのかなんてわからない。


 ガタガタ震えている真心の肩にそっと手が置かれた。


「大丈夫」


 石塚はそう言って前へ走っていく。


「手伝います」


 仙台のいた方向はとにかく見ないことにした。目を閉じた。大丈夫。


「担架を持ってこなくちゃ」


 とにかく人手が必要だ。そうだ、黒服たち。黒服たちはこの人を崇拝しているんじゃないのか。石塚と薊の話す声が聞こえる。


 冷静になれ。冷静に。今、この状況で自分がやるべきことは。立ち上がろうとしたが、ふらついた。落ち着いて、前を見て、私も手伝うの。ゆっくりと体を持ち上げる。


 まずは最優先の鷹を運ぶが医務室のベッドはもういっぱいらしい。総理も十字架からおろされて、担架で運ばれた。鮫、鰐、鷹、総理、そして囚人と思われるおじさん、皆重症なのが、医療に詳しくない真心でもわかる。


「ドクターヘリを呼べるか?」

「本島が混乱している」

「海上自衛隊の助けを借りよう」

「菫様、菫様!」


 無線で呼んだ菫組の一同は彼女の火傷を見てひどく嘆いている。それを見ていたらなんとなくこの人たちも人間なんだって思えてきた。


 薊と石塚は駆け回っている。すごい、医者ってすごい。こんな状況で、冷静に動けるなんて。


 そういえば喉を怪我していたんだった。痛かったはずなのに、あまりにも酷い状況に痛みすら忘れていた。


 ドクターヘリを呼んだところで来るかどうかもわからない。時間もかかる。とにかくやれるだけの応急処置は行う。人間は皮膚の三十パーセント以上に火傷を負うと命が危ぶまれる。これも知っているのは偶然で、真心にとっての曾祖母、つまりひいおばあちゃんは火傷で亡くなったという話を聞いたからだ。曾祖母は長生きで九十歳まで生きていた。しかし認知症を患い、当時はまだ介護サービスも充実していなかったため、施設などに入っていなかった。曾祖母が庭の草木が伸びているのを気にして、ライターで焼こうとしたらしい。季節は五月でまだ雨季には入っていなかった。緑の葉は水分を含んでいるので簡単には焼けないが、枝をかき集めて火をつけた。それがまた家族が寝静まっている早朝の出来事で、気付いた時には曾祖母は火だるまになっていたらしい。病院に運ばれたが、翌日には亡くなった。


 その事件から一年後に真心はこの世に誕生した。それ以来真心の家の庭には曾祖母が好きだった梅の木が植えられて大切に育てられていた。


 夜が明ける。東の空から日が昇る。真心たちが怪我人の看病にあたってから数時間後、ヘリコプターの音が聞こえてきた。棟から出て上空を見ると、自衛隊のヘリだった。


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