目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

五十七、解放

 五十七、解放 


 喉に二箇所刺さった傷がズキズキと痛み、血は流れ続けていた。


 異端者のフォークとやらは、喉側と胸側の両方にフォークのようなものがついている。つまり下を向いてしまうと胸側にもフォークが突き刺さってしまうのだ。


「虎、甲……!」


 黒服の一人がそう言ったが、真心は名前を聞いたところで誰なのかは全くわからない。トラとカブトとは一体。


「君たちは一体何をやっているんだ。この二人は囚人ではあるまい」


 低い声だ。男であることは間違いない。


「この二人は……共謀してこの島のことを国民に暴露した」


 黒服の一人がそう言うと


「恐らく違う、君たちにはまだ、本島がどうなっているのか伝わっていないのか」

「え……?」

「何も知らないって顔だな。お前たちの仲間ではないのか」

「何のことかわからぬ」


 男はため息をついた。


「今、日本列島は大変なことになっている。あちこちでテロが発生している」


 それを聞いた黒服たちがザワつく。


「なんですって⁉️」

「テロ?」

「お前たちは全く関係ないのか」

「関係ないです!」

「自爆テロが発生している。その犯人たちはすべて自分が菫組だと言い放ってから自爆している」

「自爆……」


 黒服たちも状況を呑み込めないようだが、真心も当然、状況が呑み込めない。自爆テロというのは中東などでよく行われている。というイメージしかなかったが、日本で何が起こっているのか。


 真心は喉の痛みに耐えていた。石塚は何も発言しないが、どうしているのだろうか、身動きがとれない。もどかしくて仕方ない。


「それは私達の仲間ではありません」

「だとしたら過激派か……」

「とにかく、その二人を解放しろ。命令に従わん者は容赦なく撃つぞ」


 首につけられた器具を取り外してくれる誰か。重くて固まっていた首がようやく解放された。と同時に針が喉から抜けて血が吹き出した。


「まずいな。治療が必要だ」


 真心は虎と甲の姿を見た。いつも食堂でご飯を食べていたガタイのいい男の人たちだ。


「ありがとうございます」


 隣を見ると石塚は怪我を負っていないようで安心する。


「薊医師は?」

「今、囚人棟にいるはずだ」

「あの、僕が彼女の手当てをします」


 石塚が真心にかけより、またお姫様抱っこをされる。


「よろしく頼むよ」


 石塚は真心を抱いたまま職員棟の医務室に駆け込んだ。


「あの……」

「しばらく黙っていて、消毒と止血を行うから」


 慣れた手つきで石塚がガーゼと消毒液を用意する。


「ごめんね」


 突然、石塚が謝った。

「え……」

「渡倉さんは強いよ。僕は一言も言葉を発することができなかった」

消毒液を染み込ませた脱脂綿で喉の傷を消毒する。染みる。かなり痛い。


 気になることは山のようにあった。自爆テロの話が本当だとしたら日本列島は大混乱なのか。今は連絡一つとっていないが、真心の実母も実父もまだ生きている。


「首には太い血管が二つ走っている。頸動脈ってやつ。でも針が刺さったのは喉の方だから……舌や咽頭は無事みたいだ」 


 何か話そうかと思ったが、今は口を動かさない方がいいであろう。


「あのスマートフォンはさ、おじいちゃんと一緒に撮った写真が残っているから、宝物なんだ。この島に持ってきたときに渡したくなくて、隠していたのがまずかったみたい。本当に申し訳ない」


 謝る必要などない。黒服が無茶苦茶なのだ。


「僕は物心ついた時から、両親がいなくて、おじいちゃんに育てられた。家が貧しかったから、大学の医学部に行きたいと言えなくて、勝手にネットで情報を集めて勉強をしていた。この島に来たのは、大学に入学するための費用を稼ぎたかったからで、こんなことになるとは思ってなかった……」


 そうだったのか。真心は話せない代わりに石塚の目を見た。


「気分はどう? くらくらしない?」


 真心は指で◯と示した。


「よかった」


 医務室の時計は四時五十分を指していた。もうすぐ朝がやってくる。

 その時急に扉が開いた。薊医師だった。


「渡倉さん、怪我はどう?」


 薊は額に汗をかいている。 


「石塚くん、ちょうどよかった。今囚人棟で三人のオペを済ましてきたの。ベッドに運ぶ余裕もなくて床でね。さっき虎から無線連絡があって、渡倉さんが怪我したって聞いたから」

「わ、たしはだいじょーぶ」


 無理やり舌を動かして話すと痛みが走った。


「よかった、重傷でなくて。それで石塚くん、オペが終わったあとの患者が放置されている状態だから一緒についてきてくれないかしら?」

「わかりました」

「姉様が心配だわ。鷹に無線で何度か連絡を入れたんだけど、応答がないの」


二人が医務室を出ていこうとした時、急に不安になった。


「まって」


 薊と石塚が振り返る。


「わたしもいきたい」


 迷惑かもしれないが、一人になりたくなかった。


「大丈夫なの?」

「だいじょおぶです。一人になるんが……こわ、いから連れていってください」


 薊は一瞬上を向いて考えていたが、「わかったわ」と言う。


「ついてきて」


 真心は、薊と石塚と一緒に医務室を出た。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?