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五十五、菫 

五十五、菫 


 熱い、喉がかわいて水が欲しかった。そうだ、昔広島と長崎に落とされた原爆で人々は火傷を負って水を求めていたと聞いたことがある。水……水が欲しい。

 朦朧とする意識の中で鷹は必死で生きていた。足はもう駄目だろう。

たとえ助かっても使い物にならない。菫はどうした。菫、菫、菫……。

「やめて!」


 誰だ、この声は……。


「もうやめて!」

「何を言っているんだよ。自分はこの人に拷問を命じて毎日こんなことをやらせていたんだろ?」

「とにかくやめて、死んでしまう!」

「呆れたオバサンだな。あんたのせいでこんな島ができて、こんな十字架なんて造らせて、こんな立派な施設まで作ったんだろが」

「私があなたに恨まれているのはなぜ⁉️」

「なんだよ覚えてないのかよ」

「……」

庄司しょうじって名前、覚えてる?」

「もしかして……」

「覚えているも何もあんたの兄、副医院長だよ。あんたの実家が経営している高松病院の」

「庄司さんが一体?」

「知っているだろ、お前が大学を辞める直前に悪性リンパ腫が見つかった。庄司はステージ4の白血病に侵されていた」

「……」

「血の繋がったお前だったらドナーになれたはずなのに、お前は突然医学の世界から去った」

「それはっ……」

「自分が犯罪に合ったからだろ? 知っているよ。病院の中で密かに噂になっていたよ、菫お嬢が強姦魔に襲われたって」

「……」

「でも庄司はお前の血を分けた兄だろうが。兄妹は三十パーセントの確率でHLAが一致する。兄妹間が最も一致率が高いのに、お前はドナーの登録すらしなかった。その後庄司は死んだ」

「あなた……どうしてそれを知って……」

「お前は高松家の本当の娘じゃないよな。妹の薊もスタイルが良くて、姉妹にしか見えないけど、血は全く繋がっていない。お前の父親、高松光が菫と庄司の兄妹二人を引き取った。つまり、光の本当の子どもは薊一人だ。そんな高松光は高校の同級生、三方潤喜みかた じゅんき、つまり咲苗の親父と仲良くしていた。……はずだった。咲苗の親父はずる賢いヤツで、実は高松の財産を狙っていた。咲苗の親父は高松を騙した。しかし騙されるほど高松光は馬鹿じゃなくて詐欺を見破った。それが原因で怒った高松光が何年もかけてじわじわと、三方の経営する会社を倒産寸前まで追い込んだ。それで、仕方なく自分の娘を東北で力のある商社の息子、勇と結婚させることで会社を立て直した。知っているよな? お前なら全部知っているはずだ」

「……」

「ま、結婚生活は全然うまくいってなかったみたいでかわいそうな咲苗お嬢様は勇に監禁されていた。そして結果、咲苗は夫の勇を殺した」

「……」

「話が逸れた。お前と庄司先生は元々、三方家の娘と息子だ。咲苗の年子の妹だよな。咲苗は父親似で菫は母親似で全然顔つきは違うけれど、菫と三方咲苗は血の繋がった姉妹だ。さらに、お前の三つ年上の兄が庄司。高松光は三方の親父を恨んでいたが、子どもたちに罪はないと言って二人を引き取った後に会社を倒産寸前まで追い込んだ」

「どうしてそこまで知っているの……」

「庄司先生に全部聞いたからだよ。光は咲苗も含めて、三人引き取る予定だったが、咲苗だけは手放したくないと親父が断固拒否して渡さなかった。当時中学生だった咲苗を後の結婚相手になる勇が気に入っていることを三方の親父は知っていたからだ。いざという時は娘を政略結婚させるために手元に置いた。お前たち二人も引き取るという話が出た時に相当断ったらしいな。引き取ったというより殆ど誘拐されたって庄司が言ってたぜ、拉致されたって」

「……それで、あなたは庄司とどんな関係があるの?」

「私は当時八歳だった。入院してたんだよ高松病院に……」


 二人の話す声が聞こえる……。菫、菫は無事だったのか……。


「庄司先生はいい先生だった。私は幼いころから持病があって、何度も入退院を繰り返していた。病院でつまらなさそうにしている私をいつも励ましてくれて、あんないい先生がどうして死ななくてはならないんだ……」

「事情はわかったけどそれで私を恨むのはお門違いだわ」

「何言ってんだよ……こんな島造りやがって……。庄司先生が知ったら泣くぞ」


 朦朧としている中で菫の声だけが響いている。


「座間祐滋とは、不倫関係だったの?」

「悪いかよ。庄司先生亡き後は祐滋が私の希望だったんだ。どうして私の大切なヒトは死んでしまうんだよ。家族全員殺すなんて無茶苦茶だ。京滋は大嫌いだ。だけどさぁ、お前はもっと嫌いだ」

「今の話を聞く限り、座間京滋をひどい目に合わせる舞台を作ったのは私でしょう。でも私は恨まれるの?」

「私が自分の手で殺りたかったのに」

「それはあなたの都合でしょう」


 仙台の大きなため息が聞こえた気がした。


「そんなに恨んでいるならこの人の代わりに磔にして頂戴。鷹は関係ないでしょう」

「正気か⁉️ こいつはお前のこと庇ったんだよ……」

「正気よ。どんなことがあっても鷹は私の大事な人だから」


 朦朧とする意識の中で喜んでいるような自分がいた。


「言うねぇ。覚悟しろよ」


 鷹はついに意識を失った。


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