五十二、安住の地はない
「母さん、煙が見えるよ!」
「煙……?」
ヘリコプターに乗るのは初めてで、振動で酔いそうだった咲苗だが、どれだけ時が過ぎただろうか。既に水平線の向こうが赤く染まっている。夜明けが近い。
「おいおいどうなってんだよ……」
運転手の声が聞こえた。
「母さん、異常だよ」
「どういうこと……?」
「東京が燃えている」
ヘリの無線に連絡が入る。『こちら港区◯◯病院、患者の避難で精一杯で受け入れ拒否』
『こちら杉並区◯◯病院、近くで爆発音がした』
『こちら横浜◯◯病院、こちらもさきほど爆発があり、近隣住民が避難を開始、受け入れは無理です』
咲苗は訳がわからなかった。まるで歴史の教科書に載っていた戦争中のようである。爆発、火災……?
『テロです。自爆テロが一時間の間に九件発生しています』
テロなんて言葉を耳にすると思っていなかった。日本は一体どうなっているのか。
「どこか受け入れてくれる病院はないでしょうか?」
咲苗は傷だらけではあるが、致命傷を負っている訳ではない。
「あの、私だったら大丈夫です」
ヘリの運転手がチラリと咲苗の方を一瞥した。
「君は大丈夫でもヘリの燃料がもたないから、どこかに不時着するよ」
ヘリはスピードをあげた。後ろの席から手を伸ばしてずっと咲苗の手を握ってくれている明日花も不安そうだ。
ヘリコプターが海上から陸地の上空へと入った。遠くでまた爆発音がした。窓から眺めると煙があがっている。
「どうなってんだこれは……」
ヘリコプターから遠くに鎌倉の大仏が見えた。前方には横浜の街並みが見えたが、幹線道路にはパトカーの赤色灯があちこち光っている。
咲苗はヘリコプターに乗るのが初めてなので、上空何メートルくらいを飛行しているのかわからないが、米粒のような人や車が見える。
ヘリコプターの無線機はあちこちの病院とやりとりしている。
「都会は危険だ。町からはずれたところで不時着しよう」
この世は終わるのか。咲苗はもう疲れ果てていた。安住の地を求めていた。すべて夢なら今すぐ覚めてほしい。