五十、オペ
座間を医務室に運びたいが余裕がない。薊は輸血用血液と器具を抱えて走り出した。
座間、重症。鰐と鮫も重症。誰を一番に助けるのか指示を仰ぎたいところだったが、薊は医師として、とにかくできることをやろうとした。総理大臣の妹でもない、この島の責任者でもなければ被害者でもない、ただの医師として動く。
渡り廊下を過ぎた先で一番近いのは座間だ。再び彼の元にたどり着き脈をとる。まだ生きている。慌てて、止血を開始する。こんなところで手術をするには不衛生だが四の五の言っていられない。消毒液を辺り一面に撒いて、彼の腹部の傷の状態を確認し、腹部に局所麻酔をかける。本来なら全身麻酔を施すところだが、彼はすでに意識不明だ。内臓の傷を確認するのに
薄暗い囚人棟で、手持ちの非常用ライトを照らす。令和六年に血液型を問わない輸血が可能になって以来、患者の血液型を把握する必要はなくなった。
輸血を開始、内臓の損傷は、大腸の一部が負傷している程度で予想より悲惨なことにはなっていないようだ。とはいえ、重体であることに間違いはない。急がないと鰐と鮫の容態が気になる。菫と鷹のことも気になるし、姿が見えない虎と甲のことも気になった。
最新機器はない。助手もいない。昔ながらの方法で、ゆっくり確実に縫合する。傷は腹部右側の上行結腸の一部を損傷している。太ももの傷も、動脈、静脈を外しており、深いキズではあるが、命に関わるほどではない。
黒服を呼ぼうかとも思ったが、先程の渡倉真心と石塚晋也への仕打ちを見る限り、彼女たちが囚人の命を助けようとするだろうか。それより一人の方が集中できる。
手術を終えると今度は鰐の元へ向かった。意識が朦朧としている。
鰐の腕のちょうど肘の部分、血液検査などで血液を採取する静脈が切れている。
急いで輸血を開始する。
神経も損傷しているようだ。これでは後々右手が使い物になるかどうか。まずは命を助けなければ。
そして鮫は、全身に八箇所も傷があった。比較的浅い傷ばかりだが、顔、首、脇腹、太もも、足、手、全身血まみれだ。
今いったい何時なのか。ひどく喉がかわいていた。夜でも気温が下がらないこの島の湿気が憎い。汗を拭いて、一旦水を飲んだ。負傷者がこれ以上増えたらもう手がまわらない。
せめて、ここにいる三人だけでも助かってほしい。