四十九、間違っている
訳のわからない器具をつけられてからどれくらい経っただろうか、上を向き続けるのも限界で、首がピリピリしている。なぜこんな目に合わねばならないのか。
黒服たちが好き勝手に話している。
「ほら、早く吐きなさいよ。自分たちが情報を漏らしましたって」
「口が開けられないから答えられないのよ」
「開けようと思えば開けられるわよ。ちょっと痛いだけで」
「さっさと吐きなさい」
これこそ拷問だ。人を苦しませて虚偽の自白をさせる。負けてたまるか。やってもいない罪をなすりつけられても困る。
姉のことを思い出す。唯は『いい子』だった。それは見せかけではなくて本当にいい子だったのだ。頭がよくて誰にも優しくて明るくて器用で……。水釘を恨む気持ちがないと言えば嘘になる。水釘が姉を殺してから真心の家族はおかしくなり始めた。
しかし恨んで一体どうするのだろうかと自問自答していた。たまに真心はすごく悔しくなることがあった。祖父と祖母が自分に優しくしてくれているとはいえ、やはり親に愛されたかったのに、父も母も唯ばかり褒めた。
姉と一緒にお絵かきをしていると、「わあ唯ちゃん上手!」と褒められるのに対して、真心には「なにそれ」の一言だけ。
「唯ちゃんはお手伝いをしてくれて助かるわ」
その母の一言を聞いて、真心は家の手伝いをしようとした。洗濯物を取り込もうとしてベランダに出ようとしたらつまずいて転んで鼻を強打した。痛くて大泣きしていたら「ああ、もう何やってんのどんくさい」と揶揄されて悔しくてさらに泣いた。ああ、そうだと真心は思い出した。その時確か、怪我した鼻に消毒液を塗ってくれたのは姉の唯であった。姉は本当に誰にでも優しかった。
姉が死んだという報告を聞いたとき、悲しい気持ちと同時に浮かんだのは、これで母も父も自分に注目してくれるという期待だった。心のどこかで姉の存在が邪魔だと思っていたんだ。真心は涙を流した。
弱かった自分、卑屈だった自分、そしてやはり姉は失ってはいけなかった。でも水釘を恨んでも姉は返ってこない。
真心は口を開けた。と同時に針の先が顎の下に刺さって激痛が走る。
「間違っている」
必死で放った一言に黒服たちがザワついた。血がポタポタと膝の辺りに落ちる。
「あーあ、ついに開けちゃった」
黒服が嘲笑する。
「間違っているってことは、わたしはやっていないってことよね?」
「まだ認めないの?」
首を生暖かい液体が流れている感触が気持ち悪い。二箇所刺さった。
「私たちは何もやっていない」
必死に舌を動かした。
「拷問を追加しなくちゃ」
何だって?
「何にする?」
「スペインの蜘蛛なんでどう?」
「あれは女性専用よ」
何のことかわらかない。
「苦悩の梨は?」
「死んじゃうわよ」
その時、どこからか銃声が聞こえた。