神様はきっと、僕の味方をしてくれているに違いない。
そうでないと、矢野が柊さんを選ばないはずがない。
学年で一番可愛いんじゃない柊さんを視野にも入れず、相田さんが好きだと言い始める矢野。
相田さんも可愛くないわけではないのだが、僕が思うに、男勝りのガサツな性格が相田さんの良さを消し去ってしまっているんだと思う。
……なんてことは、矢野には絶対に言えないけれど。そんな事を言おうもんなら、きっと口さえ聞いてもらえなくなるような気がする。
「……矢野くん、教室に戻ろうか」
「ああ、そうだな」
教室に戻るように諭すと僕の数歩前を歩く矢野。
「あのさ、矢野くん。なんであのとき僕と相田さん参加できなかったのかな」
しつこいことは分かっているけれど、パートナーの話し合いのことについて再度聞いてみる。
矢野も柊さんのことは、皆の押し付けで決められたと言っていた。矢野もある意味被害者だ。
こんなことを聞いてもどうすることもできないのは分かっているけれど、どうしても知りたくて聞いてしまった。
矢野は足を止めることはなく、半ば面倒くさそうに欠伸をしながら口を開いた。
「そりゃあ、俺が言い出しっぺだからな」
「……え? 言い出しっぺなら相田さんとくっつくこともできたんじゃない?」
「いや、アイツは俺のこと好きじゃねぇし。見てたら分かる。だから、モテなそうなお前に一旦相田を任せるつもりだった」
「……モテなそうなって」
僕の心を容赦なく抉ってくる矢野。
コイツ、モテるからってよくもまあズケズケと……
「任せるって……パートナーは交換できないんだよ? もし僕と相田さんがくっついちゃったりなんてしたら、それこそ取り返しがつかないじゃん」
「ああ? 知るかよ、そんなもんどうとでもなるだろ」
「ど……どうとでもって……」
矢野のこの絶対的自信はどこからくるのだろう。
これが負けを知らないイケメン男子の自信なのかもしれない。
「実際、相田が良いっていう男子は結構いた。相田モテるしな」
「そ…そうだったんだ」
相田さんは僕と違ってモテるらしい。
ほんの少しだけ僕と同類かもしれないと思っていた自分が恥ずかしくて情けなくなってくる。
「まあ…ありもしない噂を流して、強制的に除外させたけど」
「ありもしない噂って……?」
「『パパ活で金貰ってるし、複数の男と遊びまくってるし、性病持ってる』って噂」
――いや、ひど!!
コイツ、保身のためなら血も涙もないことするな。本当に相田さんが好きなのか疑いたくなってくる。
「パパ活や男遊びはまあ、百歩譲って分からなくもないけど、性病って……」
「分からなくはないって……おまえ、相田のなにを知って言ってんだよ」
「いや、なにも知らないけど、見た目からして……」
矢野には悪いが、矢野達とグループが違う僕からしてみたら、相田さんも矢野もめちゃくちゃ遊んでいるように見えていた。
「はあ〜おまえ、分かってないな。相田はああみえて、純粋なんだぞ」
「え、ああ……うん……」
それはもう、相田さんから聞いたので分かってます。
「ちなみに性病は、俺が移された程で相田を狙ってた男子に話したから信じてくれたわ」
自虐ネタをぶっ込む矢野。
「え……矢野、相田さんとそういう関係なの?」
「『移された程』って言ったろ。相田は誰にでも足開くようなバカじゃねぇだろ」
「アハハ、そうだね。相田さん処女だしー……」
…………あ。
『処女』と、その言葉を聞いて足を止める矢野。
相田さんも『誰にも言ってない』って言ってたし、矢野、これ、絶対知らないやつだろ……
案の定、僕の勘は当たっていて、数歩歩いていた矢野の足がピタリと止まった。
どうしよう、走って逃げようかな……
でも万が一逃げでもしたら、矢野のことだから相田さんに直接「お前、処女?」とか聞きそうだし。そんなこと聞かれでもしたら僕が噂流したのバレちゃうし。
「なんでてめぇが相田の性事情知ってんだよ、ああ?」
――どうしよう、ガチギレだ。
「え!? いや、知らない、知らない! 男性経験がないってことしか聞いてない!」
「俺は三年間相田と一緒に過ごしてきたけど、一回も、んなこと聞いてねぇんだよ」
「あ……ハイ、ごめんなさい……でも、相田さんも僕だから言ってくれたようだし……ほら、僕だからぶっちゃけれることもあると思うんだ……僕、モテないからさ」
矢野を宥めつつ、相田さんにも非がないことを伝える。
すると矢野は僕を見て、
「確かに、おまえ童貞そうだもんな」
――サラッと見下した。
さっきから腹立つわ~……変にプライドが高いのが一番面倒くさいかもしれない。
見下しつつも矢野はどこか嬉しそうに「相田経験ないのか……ふーん」と口角を上げて嬉しそうに頷いていた。