「でも、俺がいなきゃ沢辺さんは小谷と組まされる可能性があったわけでしょ? 感謝されることはあっても怒られることはないと思うんだけど~」
「その時はあたしが誰かをどっかから引っ張ってくるし」
「えー? そんなのダメでしょ、ねぇ、先生?」
橋本くんは先生に意見を求めた。先生は呆れながらも「相田、落ち着け。イス座れ」と相田さんにイスに座るように宥める。
元のイスに座ると相田さんの悔しそうな、ギリッとした歯ぎしりが僕の耳まで聞こえてきた。なので、相田さんにだけ聞こえる音量で話す。
「ありがとう、相田さん。僕の為を思って言ってくれたんだろ?」
小声でそう質問すると相田さんの体はピクッと反応した。
ちらっと横顔に視線を向けると耳まで真っ赤だった。
「先生も、こういうのは本来なら自分のクラスだけじゃなくて、この学校中の対象となる三年生に声掛けないと」
橋本くんに注意され困った表情を見せる先生。
またしても図星を言われ、言い返したくても言い返すことができないといった表情だ。
「って言っても、全部の三年生を対象にってなると大変なのも分かるけどね。で、早く本題に移りましょう~」
橋本くんがパンと手を叩いて仕切り直してくれたおかげで、教室内の空気が少しだけ晴れた気がした。
――いくら話が耳に入ったからといって自分のクラスでもない橋本くんも交えるだなんて、もしかして先生は何か橋本くんに弱みでも握られているのだろうか。
……いや、そんなわけないか。
「それじゃあ、ここにいる者達は恋愛のことは忘れて恋愛以外のことに残りの時間全力で注ぎ込むように! 以上!」
うわー、なんか全然説明が足りていないこの流れ。デジャヴを感じる。
マジで先生が決めるのか……それこそ誰だろうって気になって他の事が手につかなくなってしまいそうだ。
柊さんが僕の相手になるのは三分の一だし、可能性がゼロ%だった頃より全然マシだ。その可能性に掛けるしかない。腹をくくると、
「あのー、用はここにいる奴らが無事に結ばれればいいんですよね?」
今ままで黙っていた矢野がやっと口を開いた。
まるで自分たちでなんとかするとでも言うような口ぶりだ。
「あ、ああ。まあ、そうだが……」
矢野の質問に先生も困惑している。
「じゃあ、今回も自分たちで決めさせてくれませんか」
矢野は引き下がることなく強気だ。
いいぞ、矢野! もっと言え! 先生を説得してくれ! 希望は顔がイケメンの矢野しかいない!
できるなら僕も矢野に乗っかりたい。けど、そんな勇気はない。相田さんは根性無しな僕の代わりとでもいうように、「ハイ!」と手を挙げイスから立ち上がった。
「相田まで……なんだ?」
先生は肩に手を当て、さっさと終わらせてくれとでも言うように呆れながら返事をした。
「言ったもん勝ちなら、私のパートナー、誰がいいか指名してもいいですか?」
……な、いきなり何を言い出すんだ。
想像もつかないことを言い出す相田さんを必死になって止める。
「相田さん! ちょっとまって! 名前を出すのは公平じゃないと思う!」
「ああ? 飯倉も言ったらいいだろうが」
「バカ! 言えるわけないだろ! もういい、話し合いでいいですよね、先生!?」
先生は僕に流されるように「あ、ああ……そうだな……」と頷いた。
……え、ま……マジ? よ、よっしゃ! 嬉しくて謎に矢野とハイタッチしてしまった。
先生以外の皆で空き教室を出る。
前には柊さんと沢辺さん、橋本くんが歩いていて、三人の後ろ姿を見ながら、僕と橋本くんと相田さんが後をつける。
相田さんは矢野の隣で舌打ちをした。
「柊さんのどこが不満なわけ? 贅沢すぎるでしょ」
そして矢野に嫌味たっぷりに話しかけた。二人の会話を黙って聞くことにする。
「……いや、不満っつーか、クラスの奴らに勝手に決められたんだよ。矢野は柊さんでしょーとか言って」
「はあ? ラッキーじゃん。自ら運を落とすなんてアンタもバカだねぇ~」
「いいんだよ、これで。柊も俺じゃ不満っぽかったし、俺も柊相手じゃ気遣っちまうし、やっていけるか不安だしな」
……な、なんだこれ。なんだこの雰囲気。
――え……矢野には申し訳ないけど、矢野の好きな人分かっちゃったかもしれない。
矢野の好きな人は相田さんだ、間違いない。
その証拠に矢野の雰囲気がとても安心しきっているし、時折相田さんを気にかけて視線をチラチラと送っている。その矢野の視線に相田さんはもちろん気づいていない。
うっわ、マジか。矢野に今すぐ確かめたい。隣からこそっと聞いてみてもいいだろうか。
さりげなく矢野に近づき問いかける。
「あのさ、矢野のさ……」
僕の言葉に矢野が反応し、相田さんに向けていた視線を僕に向けてくれた。だが、
「てめぇ、いつから俺のこと矢野って呼び捨てするようになったんだよ」
僕じゃ、相田さんに向けている柔らかい雰囲気を引き出すのは無理そうだ。
「ご、ごめん、矢野くんて……相田さんでしょ?」
「……は? 何が言いたいんだよ」
「いや、ほら、好きな人。見ててバレバレっていうか……」
僕の言葉に矢野の足がピタッと止まった。
相田さんは気にせず歩いている。近くのトイレに引きずられ、男なのに壁ドンをされてしまった。
「飯倉は相田のこと好きじゃないんだよな?」
矢野の目が血走っている。こんな矢野見たことがない。
「……好きじゃあ、ありません……」
「じゃあ俺に協力しろ! 相田とくっつくようにしろ!」
そんな、めちゃくちゃなお願いをされても……
でも矢野と相田さんが無事にくっつけば、僕が柊さんと上手くいくことも協力してくれるかもしれない。
「分かった」と頷く。
そんな邪な考えで矢野のお願いごとに乗ることにした。
柊さんと結ばれる可能性があるなら、どんな僅かな可能性だって賭けてみせる。