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第8話『崩れる、何か』

「別に……一人でいいし」


 意地を張ってみる。

 ああもう、さっきからなにを言っているんだろう。こんなんじゃ愛想つかされるだけだ。


 ただただ教室まで流れるように歩いていると、相田さんは僕の背中をトン、と叩いた。


 励ましだろうか、それとも怒りだろうか。


「……ごめん、ウザイよね」


 ひねくれている僕も、僕自身がウザイ。

 相田さんはハハッと柔らかく笑った。


「いーや、いいじゃん、人間らしくて」


「……人間らしくてって」


「間違えた、童貞くさくて」


「はあ!?」


 にまにまと口角を上げ楽しそうな相田さん。

 人が真剣に悩んでんのに!


「実際、処女だろうが、童貞だろうがどうでもいいだろ。そんなもの、なんの意味もなくなってるんだから……」


 ーーそうだ。僕らは強制的にパートナーを決定させられる。何の意味もなさない。


 僕が童貞だろうが、相田さんが処女だろうが、そんなのなんの価値もなくなる。


「あたし、飯倉だったら処女卒業してもいいよ?」


「はあ!!?」


 ビックリして何もないのに転びそうになった。


 ――ま、また何を言い出すんだ、相田さんは……

 さすがに頭が理解に追い付いていなくて立ち眩みがする。


「まあ、飯倉があたしを好きじゃなきゃ無理な話なんだろうけどさ~」


 冗談なのか本気なのか分からない様子で笑いながら教室に入っていく相田さん。


 ……も~~~! 何に悩んでいたか忘れちゃったじゃないか、試すようなことを言うのなんとかしてくれ!


 それに……柊さんを想いながら相田さんを抱けるわけないだろ……



 先生が言っていた「個別で面談をする」毎日が早々と始まった。

 隙間時間に一人一人呼び出されるようになり、時間はおおよそ一人当たり10分程度。最後は僕と相田さんが空き教室へと呼ばれた。


「……失礼します」


 二人で教室へと入る。

 イスが3つ並べられていて、先生は僕と相田さんにイスに座るよう告げた。


「さて、ラストはお前達だ」


「は、はい…………」


「飯倉と相田はあれからどうだ? 気になる人はできたか?」


 唐突な先生の質問に自然と視線を逸らす。

 すると相田さんは先生の「気になる人はできたか」の質問に「いいえ」と答えた。


 ……相田さんはもう僕のことなんて好きじゃなくなったのだろうか。しっかりとショックを受けながらも、「僕もいません」と否定した。


「そうかそうか。全員に調査を聞いたんだがな、納得しているのは1割で、残りの9割はパートナーに不満をもっていたよ。先生はお前達も大事だが、他の生徒も同じくらいに大事だからな」


 9割も……納得している1割は恐らく矢野だけだ。やっぱり皆矢野の言いなりなんだ。


 先生は黙る僕と相田さんを見ながら僕たちの顔色を窺った。


「そこでだが、誰が誰と結ばれるのかは先生が決めようと思う」


「……は?」


「――というわけで、おまえたちのパートナーも先生が決める。相手は卒業の日に発表する」


 卒業式の日に……パートナーが発表される……

 柊さんでもなく、相田さんでもない人がパートナーになる可能性がある。


 ……って、なにを考えてるんだ僕は。


 今まで散々「柊さんがいい」って子供みたいに駄々こねて相田さんを傷つけたくせに。


 翌日の朝のホームルームの時間に、僕たちのクラスは先生から教室に残るように言われてた。

 なんのために残されるのか知らないクラスメイトは「映画を観に行きたい」だの「バイト行きたい」だの、仮にも受験生にも関わらず、各々文句を垂れていた。


 ――そして放課後、教室に担任がやってきて、何のために残されたのかをクラスメイト達に語り始めた。


「おまえらが決めたパートナーだが、先生が勝手に決めることにした」


 先生が口を開いたと同時にシーンと静けだけが漂う。


 チクチクと鳴る時計の音と、廊下から他のクラスメイトが去っていく足音や喋り声だけが聞こえてきた。


「卒業のときに発表する! 以上!」


 『以上』と言われ、解散するほど聞き分けがいいわけない。僕も、一人一人面談することに賛成はしたけれど、でも、先生が勝手に決めてしまうことに納得していたわけではない。


「はあ……? いや、なんで?」


 僕の前の席の小谷が不満気に声を上げた。その声のトーンで、小谷は今のパートナーでもいいんだなということを理解した。


 先生は表情を変えずに小谷に、皆に答える。


「今後について一人一人面談をしただろう。その結果だ。それに試験も近いヤツもいるだろう。浮かれて支障がないように、だ」


「それなら皆の試験が落ち着いてから、また改めて話し合えば良くないですか!? 俺はパートナーに不満はないって言いましたよね!?」


 強気に反抗する小谷に先生は呆れながら答える。


「不満はないってことは、納得しているわけでもないだろう? そんなんで後々パートナーに当たられても困るからな」


「はあ!? 先生が決めても結果は一緒でしょう!?」


 小谷は引き下がらない。


 窓側の端の席の矢野に目を向ける。窓の外に視線を向けていて、小谷や先生の話もさほど興味がなさそうだ。


 納得しているのは矢野だけだと思っていたから、真っ先に何か文句を言う人は矢野だと思っていた。

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