放課後、
「――ってことで、僕は柊さんが忘れられないんだ……相田さんは僕を気遣って言ってくれていたのは分かってるけど、一応言っておこうと思って。あ、あと猫の画像癒された。ありがとう」
誰もいなくなった教室で、相田さんの求婚をやんわりと断った。
『アハハ、こっちこそごめん』的なノリで、笑いながら軽く流してくれるかと思っていたけど、相田さんの表情はみるみる険しくなっていく。
結果、なんとも言えない空気が教室中に漂う。
ど、どうしたらいいんだ?
どう考えたって相田さんが僕を好きになる要素なんてない。僕を元気づけてくれているためだとばかり思っていたけれど、まさか本気で僕のことを想ってくれているんだろうか。
…………なにを浮かれているんだ。そんなことあるわけない。
だって僕は話し合いの場で「結婚したい人」に入らなかった人間なのに。
そんな僕を好きになる人間なんているはずない。
だから今この状況も、僕のことを「可哀想」だと慰めてくれているだけなんだ。……と、こういう考えしかできない。
相田さんはこくりと頷いた。
「いいよ、忘れられなくても。そのうえであたしを選んでくれれば」
「――は、はあ? 相田さんも国が決めた誰か分からない結婚相手にビビって僕でいいやってなってるんだろ?」
失礼なことを言っていることは分かっているけれど、こうでも言わないと気持ちの整理ができない。遠回りじゃなくていい、ド直球に言ってくれた方がむしろ助かる。
僕らのこの気まずい空気が、ドアが開いたと同時に一変した。
「あのさー、きみらのクラスって誰が恋人いない組み?」
顔を覗かせた金髪で襟足が長い男子生徒は「俺、一組の
へらへらして。まるでからかいに来ましたと言わんばかりの態度だ。
「恋人いない組は……僕と、この子だけだけど…」
そう言うと、橋本くんはふーんと俺達の顔を交互に見た。
「相田さん、久しぶりー。で、きみ、名前は?」
橋本くんの相田さんに対する素振りで、二人が知り合いなのが分かった。同時に「そうだよな」と、相田さんの交友関係がストンと腑に落ちる。
「僕は飯倉和哉。なに? 恋人がいない奴らのクラスを回っていちいちからかってんの?」
イケメン橋本くんに嫌味たっぷりで質問をすると、橋本くんは「違う違う」と手をブンブンと横に振り否定した。
「ごめん、違うって! 俺もいないの、恋人!」
信じられないことを口にする橋本くん。
僕も相田さんも呆然と立ち尽くす。
「……マジ?」
驚きすぎて口を開けないでいる僕の代わりに、相田さんが言葉を発した。
橋本くんは「マジマジ」と頷いている。
こういっちゃ悪いが、一番初めにパートナーができてもおかしくないと思う。
目鼻立ちも整っているし、将来は夜職で女性をたぶらかしていてもおかしくはない。性格は見たからにチャラそうだなと思うけど、単にからかうではなく、質問をしに来たってことは悪い人ではなさそうなのに。
「僕のクラスはカップルが早々に決まっちゃったんだけど、橋本くんのクラスは?」
僕の質問に橋本くんはうーんと首を傾げた。
「いや……そうでもないんだよ。なんつーか、カップルになってるヤツもいれば、お国に結婚相手任せます組もいて……結構色々」
「……え、一組には結婚相手を国に決めてほしい人がいるってこと?」
「その方が楽なんだろ。で、おまえらはどっちだよ、決めてほしい側か、決められて欲しくない側か」
――そんなの聞かれるまでもなく一択だと思っていた。だけど、決めてほしい人もいるんだということを橋本くんを通して知ることができた。
「決められて欲しくない側」
僕と相田さんは声を揃えて投げかけられた質問に答える。
「でも、コイツは好きな子がいて、その子にはパートナーがいる」
相田さんは不満そうに口にするなり僕を指さした。
橋本くんはというと、ケラケラと楽しそうに笑いながら教室に入ってきては、僕たちがいる近くの机に腰かけた。
「楽しいねぇ~、俺そういう話大好きなんだけど」
ニヤニヤと笑みを浮かべる橋本くんが憎たらしくて仕方がない。
「でもさ、パートナーいるからって無理に好きな子のこと諦めなくてもいいと、俺は思うけど?」
「…………は?」
「そいつらの相性が合わなくて卒業までに別れることもあるわけじゃん? そしたら国が決める制度の対象じゃん」
「……え? あ……」
『卒業までに別れることもある』だなんて……そんなことが有り得るのか?
僕たちは強制的に結婚させるのがイヤだから、こうして話し合いの末カップルとして成立しているのに。まあ、僕はその話し合いにすら参加できなかったのだけれど……
橋本くんは相田さんに視線を向けた。
「相田さんは? 相田さんもいるの? 好きな人」
相田さんは橋本くんから視線を反らして僕を見た。
……うっ、き、気まずい。
さすがに「相田さんの好きな人は僕らしい」と、思いあがったことを言えるわけもなく、ひたすら沈黙を貫き通す。
「あたしの好きな人、コイツ」
相田さんが僕を名指しで指差した。