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第7話

 周瑜公瑾は苛立っていた。

 先日から始まった曹操軍の対応を協議する会議。そこで周瑜は徹底抗戦を主張し続けていた。当初は困惑していた武人たちも周瑜の勝算を聞くと乗り気になり、抗戦を主張している。だが一方で、文官の空気は変わらなかった。

 抗戦など以ての外。断固、講和あるべし。

 殺気立つ武人たちの意見を小憎らしい顔で無視し、穏やかな声を返してくるのだ。

「まぁそう事を荒立てんでもよろしいではないですか。周瑜殿」

「そう、まずは交渉から始めるべきです。相手は何せ漢の丞相ですぞ」

「そうそう、下手に刺激をすれば我々は朝敵とみなされます」

 緊張感のない意見に、周瑜の苛立ちはさらに募っていく。会議が始まったばかりにも関わらず、意見を聞く気すらないようだった。

 それに上座の孫権もやや困惑気味の顔を見せているが、何も言わない。

 ここで波風を立てるわけにはいかない――そういう判断だろう。

 それは正しいものとは思うが、今はもどかしくて仕方がない。

(孫策、お前だったらここで憤然と立ち上がってくれただろうに)

 彼は会議が嫌いであり、いつも会議と言えば必要最低限の決定事項を伝えるものであった。そこで意見しようものなら、彼の殺意がぶつけられる。

 だからこそ、文官は意見をするときはいつも命がけだった。

 周瑜はむしろ、そうあるべきだと考えている。

 何せ、武人たちは戦場で命を賭けているのだ。彼らに命を賭けさせるのであれば、文官も会議では命を賭けるべきだろう。

 しかし、代わって孫権は様々な声に耳を傾ける人物だ。会議の中で忌憚のない意見を集めると同時に、誰がどんな意見を持っているかを把握する。

 そして、裏で手を回して望まぬ意見を持つ者の勢力を削いでいくのだ。

 無論、妥当だと思った意見は即座に取り入れる柔軟性を持っている。

 政治力に関しては孫権の方が秀でていると感じるが、今はその慎重さが不服だった。

「では、このまま手をこまねいて進軍して来る曹操軍を見守れ、と?」

「そうは申しませんとも。だが、まだ曹操軍は荊州南部。まだ猶予はあります」

「進軍速度が遅いのであろう? それならばじっくりと対策を練れば良いのだろうか」

(揚州に入られてからでは遅いんだぞ……っ)

 文官の戦を知らぬ物言いにかっとなりかけ、周瑜は平静を保つ。文官たちが気軽に声を上げるのが腹立たしい。

 孫策の前では決して言わなかったであろう、責任を伴わない言葉の数々。

 それにふつふつと怒りが込み上げてくる。

(いっそ怒鳴ってやろうか)

 孫策なら必ずそうする。その想いが頭に過ぎり、口を開きかけ――。

「失礼致す。いやはや、遅参お詫び申し上げる」

 不意に朗らかな声が耳朶を打った。振り返れば、一人の大柄の男が従者を連れて、ゆったりと議場に足を踏み入れるところだった。

 言葉では謝罪しながらも、表情は詫びた様子もなく、堂々とした姿。

 それに文官の上座にいる張昭が憎々しげに口を開いた。

「魯粛殿、大事な会議の場に遅刻するとは、何とも無礼ではないか」

「はは、申し訳ない。大事な会議という割には、同じような弁ばかりを聞いており、少し辟易としておりましてな。何か、新しいご意見がございますかな? 張昭殿」

 魯粛は頭を掻きながら言葉を返すと、張昭はむっつりと黙り込む。鮮やかにやり返した魯粛に思わず周瑜はすっきりとし、表情を緩める。

 魯粛は周瑜に向かって片目を閉じると、孫権に向かって拝礼する。

「遅参お詫び申し上げます。殿。実は今回、曹操軍をよく知る人物をお連れしたため、今回の会議の参考に、と思い、お連れした次第です」

「なるほど、そうであったか。遅れたことは気にすまい。して、その者とは?」

「諸葛亮という男です」

 魯粛の堂々とした言葉に、文官たちの席がざわついた。

(聞いた名前だ。確か、龐統先生の親友、だったか)

 それに彼は劉備軍の参謀だったはず。それに思い至ると、文官の一人が立ち上がって声を荒げる。

「魯粛殿、独断が過ぎますぞ! その男は曹操軍に敵対する劉備軍の一員! そんな者を揚州に招くとは曹操軍を刺激するようなものです!」

「いやいや、何を仰いますやら」

 にこやかに手を振った魯粛は目を細め、剣呑な口調で続ける。

「もし、この場の会議で曹操軍に降伏すると決したならば、諸葛亮を斬れば事が済む話ではありませんか。何を狼狽えていらっしゃるのやら」

「――っ」

 その言葉に込められた凄味に、文官たちは思わず黙り込む。うまい、と周瑜は思わず内心で唸り声を上げた。

 抗戦か降伏か、それを決める会議はいつも平行線を辿っていた。やろうと思えば、このまま延々と引き延ばすことも不可能ではない。

 だが、諸葛亮という劉備軍の使者が加わることで、この状況は一変する。

 この状況を放置していれば、孫権軍が劉備軍の使者に接触した、という事実が曹操軍に伝わり、必然的に敵対関係になってしまうのだ。

 かといって、諸葛亮を今すぐ問答無用で斬るわけにもいかない。そうすれば劉備の協力はその時点で得られなくなり、曹操軍に抗戦する際の貴重な味方を失くすことになる。

 つまり、抗戦か降伏かを今すぐ決め、諸葛亮の処遇を決定せねばならなくなったのだ。

 周瑜は孫権に視線を向ける。孫権も表情を引き締め、一つ頷いた。

「私も別の意見が聞きたかったところだ。諸葛亮をここに呼べ」

「承知しました」

 魯粛はそう告げて従者に合図を送り、呼びに向かわせる。それから魯粛は周瑜の傍に悠然と向かい、腰を下ろした。周瑜は声を潜めて彼に訊ねる。

「魯粛殿、何故、諸葛亮という男を――?」

「実は龐統殿の入れ知恵なのだよ」

 そう言いながら魯粛はちら、と視線を議場の壁に向ける。そこには魯粛の従者が待機している。その顔をよく観察して気づく――龐統だ。

「諸葛亮殿とも話したが、相当な切れ者だ。ここは龐統殿の策を信じ、諸葛亮殿に一任してみてはいかがだろうか。周瑜殿」

「――そうだな。この時点で、悪くはない展開だろう」

 少なくともすでに反曹操勢力の劉備軍の参謀を引き込んだことで、抗戦派に大きく有利になっている。それに切れ者であるのならば、もしかしたら文官たちを言い負かしてくれるかもしれない。

(さて――お手並み拝見と行こうか。諸葛亮とやら)

 周瑜は視線を議場の入り口に向ける。丁度、一人の年若い青年が議場に足を踏み入れるところだった。丁寧に拝礼をし、堂々と彼は名乗りを上げる。

「諸葛亮と申します。今回は劉備軍の使者として、ご意見を述べに参りました」


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