セバスさんの大きな豪邸は一人で管理しているはずもなかった。大きな玄関を開けて中へ入ると使用人たちがズラリと両脇に並び、頭を下げていた。
「お帰りなさいませ。ご主人様。お客様でございますか?」
少し歳は重ねているようだが、綺麗なブロンド髪のメイドさんが頭を上げて声を発した。凛と響き渡る声は洗練された雰囲気を醸し出している。立ち振る舞いも優雅だ。どこかアオイを連想させる。
「客というかのぉ、今日からしばらくの間ここに住むこととなった。色々と頼むな」
セバスさんの突然の申し出にこちらは申し訳ない気持ちで縮こまっていると、眉をピクリとすることもなく頷くと後ろを振り返った。
「お客様の人数分の……。ご主人様、小さなお子様たちは大きなお部屋がよろしいでしょうか?」
人数分の部屋を用意してくれようとしたのだろう。だが、リツやイワン、ミリアは小さい。それを瞬時に判断し、口に出そうとしたプランを一旦考え直してくれたのかもしれない。そして、新しい提案をセバスさんへと提示してくれたのだろう。
「四人部屋があっただろう? 後は、二人部屋でいいかのぉ」
「かしこまりました。では、そのように」
メイドさんはすぐに手信号のようなもので人を分散させた。そして、頭を下げて下がっていく。代わりに現れたのがセバスさんと同じくらい歳の男性だった。
この男の人の雰囲気は先ほどのメイドさんに比べたら気薄な感じだ。なんでなのかはまったくわからない。あまり目立たないように佇むということだろうか。
頭を下げると低い腹に響くような声が耳に入ってきた。
「お客様、お部屋の準備ができるまでこちらへ」
執事ということだろうか。案内されるがままに客室へと歩を進めた。その先頭にはセバスさんがいる。一緒に来てくれるのだろうか。大きな部屋に長いソファー。案内されるがまま身体を沈める。
いい綿でも入っているのだろう。身体の重さに逆らわず尻が沈んでいく。スッポリと体が収まると心地よすぎて眠くなりそうだった。ホッとしたのだろう。身体に激痛が蘇ってきた。
「いつつつ……」
「リュウさん! 大丈夫ですの? 無理しないでくださいね?」
隣にいたアオイが身体をさすってくれる。心配かけてしまって申し訳ない気持ちになる。だが、全身打撲だからどうしようもない。痛みが引くのを待つしかないのだから。
あっ、そういえばヤブ先生の湿布貰わないで来てしまったなぁ。貼れば少しいいんだろうけどなぁ。後で取りに行ってこようか。
頭の傷には包帯のようなものが巻いてあって、痛々しい雰囲気を出してしまっていた。アオイがその傷も顔をしかめながらさすってくれていた。
「すまんな。こんなことになって……」
「さっきも謝ってましたけど、リュウさんは何も悪くありません! 私たちを守ってくれたんだから! そうじゃなきゃ、私とアオイはどうなっていたかわかりません!」
サクヤが立ち上がり、頬を赤く染めながらそう訴えてきた。それはそうかもしれないが、俺はサクヤとアオイがどうしたいかも聞かずに決めてしまっていたから。
「領主の元にいた方がしあわ──」
「──リュウさん! それ、本気で言ってるの⁉」
目を吊り上げたその目はそれ以上言うなら許さないという意思が込められていた。そうだよな。両親をないがしろにした領主が、サクヤとアオイを丁重に扱うなんてそんなのありえない。
「いや、すまん。俺は、サクヤとアオイを渡したくなかったんだ。あんな奴の手に渡ったら何をされるかわからない。だから、独断で決めた」
「私も、最初は自分が犠牲になればいいと思いました。でも、リュウさんが止めてくれた。止めてくれて、実はホッとしたんです。行かなくていいんだって……。でも、その後、リュウさんが傷つけられて……」
サクヤの目からは涙がボロボロと零れ落ちてきた。アオイが立ち上がり、抱きしめた。背中をさすってあげている。気持ちがわかるのかもしれないな。
アオイも話は聞いていただろうから。自分たちが行かないことで他人が傷つけられる。それは、相当なストレスとなって襲い掛かってくるだろう。罪悪感が半端ではないと思う。
そんな状況を作り出してしまっていることにも自分は許せない気持ちでいたんだ。自分に抵抗する力があったなら、あのゴロツキ達を倒すくらい。領主も成敗できるくらい強かったら。
そう思ったから燃えている家を見ながらセバスさんに弟子入りを申し込もうとした。だけど、セバスさんは止めてくれたんだ。手を汚しては料理も汚れてしまうと。綺麗な手で作って欲しいと。
復讐という何も生み出さない。自分の気持ちを収めるためだけの行為は、満足はするかもしれないけど誰も幸せにはならない。それなら、料理を作ってみんな笑顔になってもらった方が絶対に良い。
いつの間にか、身体が震えて爪が食い込むほど手を握り締めていた。
「リューちゃん? だいじょうぶ?」
ミリアの心配そうな声に、異変を感じたアオイがこちらを振り返った。
「リュウさん。身体が痛くて泣いているんですの?」
優しく身体をさすってくれるアオイに感謝した。
自分が泣いていることにも気が付かなかった。俺は泣いているのか。身体は痛いが、それ以上にみんなを守れなかったことが悔しい。本当に悔しい。
「悔しい……。あんなゴロツキ共に、何もできなかったことが悔しいんだ。ちゃんと守ってやれなかった。殴られることしかできなかった……」
「そんな──」
アオイが口を開いて何か言ってくれようとした。
「──リュウよ! 悔しがることはない! お主は、しっかりと全員守った! 全員生きて、側にいるではないか!」
アオイの言葉を遮ったのは、静かに聞いてくれていたセバスさんだった。
今までにないくらい大きな声で、力強い声。
こんな状態になってしまって、本当に守れたと言えるのだろうか。
「力に屈しなかった! ワシは、リュウを尊敬するぞ! お主は強い! 武力に関しては、ワシに任せろ。必ず、報いは受けさせる!」
セバスさんは拳を胸の前に掲げている。敬礼のようなものだろうか。尊敬なんてそんな。
情けないけど、セバスさんに縋るしかないんだよな。
ソファーに座りながら頭を下げる。
涙を拭った。泣いてダメだな。子供に心配をかけてしまう。
部屋の扉がノックされた。
メイドが入ってくると、執事に耳打ちしている。
セバスさんには執事さんが耳打ちした。
「リュウの人望は凄いのぉ。この街の冒険者のほとんどが、今回の店を燃やした犯人の捜索に協力してくれるそうだ。商会などの者たちもなんでもすると言ってくれている。安心して、ここで傷を癒すんじゃ。復活のその時までな。後はワシらに任せるといい」
セバスさんは優しい目でよかったなと言ってくれた。俺の料理と『わ』を好きでいてくれる人がそんなにいてくれることが嬉しかった。
また店を開けるといいな。それまでは、この家で色々と学ぼう。もちろん、戦い以外のことをだけど。
「よろしくお願いします」
頭を下げると、子供達も同じように頭を下げた。
子供たちが暗い顔をしている。
俺が暗い顔をしてたらダメだな。
何か作らせてもらおう。そしたら、少しは笑顔が戻ってくるかもしれない。