なんだか静かだなぁ。
すごく落ち着く場所な気がする。
体が痛いなぁ。
さっきまで何していたっけ。なんで身体が痛いんだろうか。俺は、何をしてたんだったか。
光が差し込み、目の前が明るくなる。すると、知らない天井だった。
「ん?」
「あっ! 気が付きましたね」
「⁉……いでっ!」
見たことのある顔を見て驚いて起き上がろうとすると、身体に激痛が走った。頭と背中、脇腹、足に痛みを感じて動きが硬直する。
「ダメですよ。安静にしてないと。全身打撲だそうです。酷い目にあいましたね。先生を呼んできます」
優しい天使のような声が聞こえ、扉へと去っていく。俺は天国にでも来たのかと錯覚してしまった。
よく思い出すと部屋を出ていったのは、たしかユキノさんというヤブ先生のところにいた治癒士さんではなかっただろうか。ということは、ヤブ先生のところに運ばれたということだろうか。
少し待つと、ヤブ先生が顔を出す。
その優しい顔を見ると、なんだか安心した。
助かったんだとなんだか気が抜けたのだ。
「リュウさんでしたか。酷いですねぇ。体中痛いでしょう」
「はい。でも、ヤブ先生なら安心です」
「はははっ。そう言ってもらえると嬉しいです。しばらくは、身体が痛いと思います。冷やすと少しいいと思いますので、貼り薬を出しますよ」
貼り薬は、湿布ということだろうか。この異世界に湿布があったのだろうか。
「湿布……ですか?」
「あぁ! リュウさんは、日本の方でしたね! そうです。湿布のようなものを開発したんです! 結構、兵士の方とかにも需要があるんですよ」
ヤブ先生は凄いな。この異世界で薬を開発したりしているのか。いったいどれだけの努力を積み重ねて開発したのだろう。俺も、まだまだ見習わないといけないな。
「リュウさんのところへ食べに行こうと思っていたのに、なかなかいけなくてすみませんでした」
頭の後ろを掻きながらそう答える様子は、失礼ながら凄い先生には見えなくて。親近感しかなかった。
「いえいえ。ヤブ先生は忙しいでしょうから」
「忙しいフリをしているだけなんですがねぇ。なかなか自由な時間がなくて……」
気の抜けた顔をしているヤブ先生。こういう所がまた人気なのかもしれないな。
そんなフリなんて冗談を言っているが、ヤブ先生の治癒院はいつもたくさんの人でごった返していると聞く。日々の忙しさは、大変なことだろう。
いつも優しい雰囲気でとても安心感がある。
「さっきのこと、覚えてますか?」
「あぁー。一体、俺はどうしてここにいるんでしたっけ?」
思い出そうとするが、記憶の先は暗闇で全然思い出せないのだ。困ったものだ。
「頭を打ちましたからね。少し、記憶があいまいになっているのかもしれませんね」
俺はいったい。そういえば、頭がズキズキと痛む気がする。この鈍痛は何か理由があるのだろうか。頭には包帯のようなものが巻かれているし。身体は痛いし。
「リュウさん、全身に暴行を受けたんですよ。ゴロツキ達からね」
その言葉を聞いた瞬間に、走馬灯のように少し前の出来事が頭へと蘇ってきた。そうだ。そうだよ。俺は、サクヤとミリアに覆い被さって暴行をうけたんじゃないか。
でも、たしかだれかが助けに来てくれた気がする。まだ、最後の記憶が曖昧になっていてあまり思い出せない。だれだったかなぁ。
「サクヤとミリアは⁉ ……いっ!」
また起き上がろうとして痛みに悶える。全身に激痛が走り、身を捩った。なんて痛みだ……。
「安心してください。多少の打撲はありますが、軽傷です」
「はぁ。よかった……」
あの二人が無事なら、俺はどうなってもいい。そう思っていた。
「リューちゃん!」
「リュウさん!」
部屋の入り口から飛び出してきた二人が急に抱き着いてきた。全身に痛みが走り、悶えてしまう。
「うぅっ!」
「だいじょうぶ?」
「どこか痛いんですか⁉」
俺が悶えている声にミリアとサクヤが焦ったような声を上げる。だが、その二人の抱きしめる力が全身の激痛を激化させている。
「二人とも、落ち着いて。リュウさんは、全身打撲です。そんな勢いで抱き着いたら、全身が激痛で痛いのでしょう。優しく抱きしめて上げてください」
ヤブ先生、もっと早くそれを伝えてくれたら嬉しかったんだけど。なんか、今言われても凄い痛みだったからなぁ。また意識を失いそうだ。
二人は涙目になりながら項垂れている。
その姿を見たらなんだか可哀想になってしまった。
思わず起き上がり、二人の頭に手を乗せる。
「心配してくれてありがとな。心配かけてすまん。ちょっと無理をしたみたいだ」
二人とも涙を流しながら抱き着いてきた。
「リューちゃん、しんじゃうかとおもった」
ミリアは俺の胸へと飛び込んでくる。
「リュウさん、無茶しないでください」
サクヤは、俺の肩へと手を置くと涙を流してくれた。
可愛いなぁ。俺はあの時、死んでも仕方ないと思ったんだが、二人からしたら目の前で死なれたら嫌だよな。そういうことでもないんだろうけど。心配かけてしまった。
「すまんかった。でも、俺の意地だったんだ。サクヤ、ミリア、アオイ、イワン、リツは絶対に守る。そう思っていたから」
しばらく抱き合って無事を喜んだ。
緩やかな時間が流れている。
このまま落ち着ければいいのだが。
そうはならなかった。
「ヤブ先生! リュウさんの店が!」
治癒院の入り口から大きな声が聞こえた。
この声はアッシュさんかもしれない。
俺の店がどうしたというのだろうか。
全身の痛みを感じながらも立ち上がり、歩みを進める。
「リュウさん! まだ歩くのは!」
そんなこと言われても、店がなにかと言われれば、行かねば。
痛みの走る身体を煩わしく思いながら歩を進める。
サクヤとアッシュさんの肩を借りながら、街の中へと入って行く。
なんだが、店の方が騒がしい。遠くに赤い何かが見える。なんだか、焼けているような匂いがするが、なんだろうか。
近づくにつれて、全貌が見えてきた。
そして、絶望し。
膝から崩れ落ちた。
「あぁあぁぁぁ」
店が、火に包まれていたのだ。
呆然と店を見ていると、服を焦がしたアオイと、イワン、リツがやってきた。
「リュウさんは無事でしたか! 私たちの家もやられました」
アオイたちの家もやられたのか。
これが誰の仕業かわかっているのに、どうにもできない自分がもどかしい。ふざけるな。あのクソ領主!
「あぁあぁぁぁぁ!」
地面へと両手を叩きつけた。悔しい。俺に力のないことがこんなに悔しいなんて。力があれば……。
「なんて惨いことをしてくれるんじゃ……」
後ろからした声に振り返ると、セバスさんが目を潤ませて立ちつくしていた。心なしか、顔が赤いような気さえするが、炎の色が反射しているだけだろうか。
「セバスさん、俺を弟子に──」
「ダメじゃ。リュウ。おまえさんは手を汚してはならん。綺麗な手で、皆に美味しい料理を提供するんじゃ。それが、使命なんじゃないかと思うがのぉ」
その言葉を聞いたら、目から溢れてくるものを我慢できなかった。そうだ。俺は料理が好きで、皆に美味しいと言ってもらえるのが嬉しかったんだ。
その手を汚すようなことをしてはならない。
セバスさんに言われて考えを改めた。
悔しいけど。
それ以上に、俺は人を幸せにするんだ。
セバスさん、そして、子供達にそう誓ったのだった。
これからはどうすればいいのか、目の前は真っ暗だ。
でも、俺には家族がいる。
そして、助けてくれる人たちがいる。
絶対にどうにかなる。
俺は、これからの未来を思い心に炎を灯した。