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第43話 嫌がらせ

 領主の使いの提案を断った次の日、いつも通り店を開けた。今日はサクヤが来てくれる日だった。


「サクヤ、昨日の話聞いたか?」


「アオイから聞きました。あんな人の話なんて、聞くことないですよ。ウチの親たちが亡くなった時も、なにもしてくれなかったような人ですよ?」


 眉間に皺をよせ、明らかに嫌悪感を抱いているようにそう言い放った。過去の出来事があるからな。そう言いたくなるのもわかる。


 サクヤとアオイの親はスタンピードで街を守った英雄だ。それは街の人達が分かっている。だが、領主は使い捨ての駒程度にしか思ってないようなのだ。


 街の人たちや、他の犠牲になった兵士の親族は領主へ不快感と憤りを感じて生きている。そんな話を聞いて俺は従う気にはなれなかった。


 暖簾を出しに行ったサクヤが顔を青くして戻ってきた。すると、後を追うようにガラの悪い輩たちが押し寄せてきたのだ。


 皆、ニヤニヤしながら席へとつくと大声を上げた。


「おい! 姉ちゃん! 注文してーんだけど! 早く来いよ!」


「あっ、はい! すみません! 何にしますか?」


「お姉ちゃんがいいなぁ」


 サクヤを舐めるように見るとニヤニヤしている。

 これはまずい。

 向かおうと一歩踏み出した。


「ちょっ! やめてください!」


 サクヤが胸を抑えて身を捩っている。


 あのやろう!

 やりやがったな!


 厨房から飛び出してサクヤの前に立ちふさがる。

 その男を睨みつけると、店にいた全員が立ち上がった。

 そして、俺とサクヤを囲むように距離を狭めてくる。


「お困りのようですなぁ?」


 声が聞こえた入口の方へと視線を巡らせる。お腹をせり出させて偉そうに立っている中年男性がいた。あいつの仕業か。


「あいつが領主です」


 サクヤが歯を軋ませながら忌々し気に言う。

 鼻を膨らませて得意げな様子である。

 領主っていうのはコイツか。


 おまえの仕業かぁ!

 サクヤを巻き込みやがってぇ!


 俺のどす黒い感情が表に出るが、戦う術などない。なきつくしかないのか。やめてくれと懇願するしかないのだろうか。


「そこの娘と、昨日の店番をしていた娘、今日はいないようだねぇ。報告によると美人だったそうだな。その二人をワシに渡してくれれば見逃してやるわい」


「渡すわけがないだろう」


 間髪入れずに俺は答えた。ここで迷うようではダメだ。誰も守れない。


 そういうということは、サクヤに危害は加えないのだろう。こんな状況でも、俺はサクヤとアオイを売る気はない。たとえ、俺が死のうとも。


「ほぉぉぉ。涙が出るねぇ。その子を守りたいとなぁ? ここでめちゃくちゃにしてやってもいいんだぞぉ?」


 こんなとき、俺に戦う力があれば。

 そう思っても簡単に叶うわけではない。

 俺が死んでも守る。


 サクヤを床へと蹲らせて抱きしめて、衝撃に備える。

 俺が覆いかぶされば少しはいいだろう。

 絶対にサクヤは渡さない!


「あぁ。泣かせるねぇ。やれ」


 足音が近づいてくる。


「うっ!」


 突如、右脇腹に激痛が走る。蹴られたのだろう。この痛みなんか、サクヤがされたことに比べればただ痛いだけだ。胸を触られるなんてとてつもなく嫌なことだろう。


 許すことはできないし、されるのを事前に止められなかった自分へ無性に腹が立つ。なんで入ってきた時点で自分が接客しなかったんだ。こういう輩だとわかっただろう。


「やめて! ウチは──」


「ダメだ! サクヤを見捨てることはしない!」


 サクヤの言葉を遮り俺が拒否する。


「リューちゃん⁉」


 異変に気が付いたのだろう。

 ミリアが奥からやってきた。

 沢山のゴロツキに驚きながらも俺とサクヤの元へと駆けてくる。


「出てこないで隠れていて欲しかったんだが……」


「だいじょうぶ⁉」


 痛みで顔が歪んでいたのだろう。変な顔をしていたんだと思う。誤魔化しきれなかった。


「大丈夫だ。ミリア、おいで。俺が絶対守る」


 ミリアもサクヤと一緒に抱え込む。


「おいおい! お涙頂戴とかはいいんだよぉ。どけよじじぃ!」


 背中に激痛が走る。そして、次々に痛みが増えていく。サクヤとミリアにも、少し衝撃がいっているかもしれない。痛い思いをしていなければいいんだが。


「いたい!」


 わずかな隙間からミリアに蹴りが入ってしまったようだ。

 とっさに手を広げてミリアとサクヤを庇う。


 この衝撃は死ぬまで続くのだろうか。

 俺が死んだら、この子達はどうなるのだろう。

 どうにか助けてもらうことはできないのだろうか。


 どうして、日頃から辛い思いをしているような子達が、さらに辛い思いをしなければならないのだろう。世の中がおかしい。この街がおかしいのか。


 だんだんと痛みで意識が遠のいてきた。目が霞んでいく。この二人は、俺が死んでも守る。死んだって、この場からはどかねぇ。


 サクヤも、アオイも領主には渡さねぇ。渡したら最後、どんな目にあうかわからない。酷い思いをして死ぬことになるのかもしれない。


 まったくいい生活ができるという未来は見えない。ただ、生きていられるのならいいのだろうか。俺は独断で抵抗してしまったが、サクヤはどう思っているのだろう。


 行きたいはずなんかない。さっき行こうとしたのだって、俺たちを思ってのことだろう。自分のことを第一に考えて欲しいんだ。それも俺のエゴなのかもしれないが。


 頭が何かで殴られた。椅子のようなものだろうか。温かい何かが頭を流れてくる。


「おまえら何やってんだ⁉」


 この声はアッシュさんの声かな?

 それとも、幻覚が聞こえてきたのだろうか。

 助けが来たのだろうか。


「やってくれたっすねぇ! あんたら、命はないっすよ!」


 この声はゴウさんの声だろうか。

 あぁ。安心したら、急に意識が遠のいていく気がする。

 目の前が段々と暗くなっていく。


 俺は、死ぬのだろうか。

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