昼の営業が終わった後、暖簾を下げに行ったアオイがなんとも言えない表情で戻ってきた。扉は開いたまま。その後ろからシグレさんが顔を覗かせた。
俺の顔を見てニコッとして店へと足を踏み入れる。と同時にシグレさんの後ろから声が聞こえた。
「あれー? あたらしいひとー?」
リツ達がやってきたようだ。
新しい人に間違いはないが、こども食堂を利用する人ではないのだけど。笑ってはいけないとは思うが、リツの目から見たら困っているように見えたのかもしれないな。
「あれ? なんでいるんですか?」
後からやってきたサクヤがシグレさんに気が付いて声をかけた。それに反応したのはアオイだ。
なにやらアオイが耳打ちをしている様子。頷きながら聞いているサクヤは顔を曇らせて口を抑えている。何やら衝撃的なことを聞いたといった反応だ。そんなになにか衝撃的な内容があっただろうか。
その様子にときめいたように胸の前で手を組み、目をキラキラさせるシグレさん。
「あぁ。サクヤさんとアオイさんのお二人がそろうと華やかですねぇ」
「はぁ。リュウさん? 本気ですか?」
サクヤがクリッとした目を吊り上げながらこちらを睨んでいる。そんなにシグレさんと一緒に働くのが嫌なのだろうか。一途でいいと思ったが、すでに二人に言い寄っているところをみると、一途ではないのかもしれないな?
でも、おもしろくていい青年だと思うんだが。
「あぁ。既に助けを必要とするような人を三人ほど認識しているみたいだし。何か助けられればと思ってな」
「ふーん。そうなんですねぇ」
品定めするようにジッとシグレさんを見つめている。見つめられたことに更に感動した様子のシグレさん。この三人、うまくいきそうな予感がするんだけどなぁ。
「まぁ。悪い人ではなさそうだし! やってみましょうか!」
両手を合わせると子気味のいい音が響き渡った。
その音を合図にみんなへ座るように促す。
イワンは様子を見ながら一番遠い位置に座った。
初めての人だから警戒しているのかもしれない。まだ知らない人といきなり交流は難しいか。そういう意味では、リツの方がコミュニケーションはとれるのかもしれないな。
リツの声が裏まで届いたのだろう。ミリアも裏からやってきてリツの近くへと座る。近くにはシグレさんがいるが、本能的に危険な人ではないと察知しているのかもしれないな。
「それで、助けてあげたい人っていうのは?」
「はい。それがですね、一人は近所の冒険者なんですけど、男手一つで女の子を育てているみたいで。すごく大変そうなんですよね」
「それは、心配ですね……」
冒険者は長期の依頼があれば、家を空けることもあると聞くし。そんなときはどうしているんだろう。だれか預けられる人がいるのだろうか。
そういったことも話を聞いてみたい。食事はどうしているのだろう。親子共々、ちゃんと食べていればいいのだけど。
「で、二人目は魔道書店のばあちゃんなんですけど、いつも一人なんですよ。かわいそうで。いつご飯を食べているのかもわからないんですけど、ちゃんと食べているのか……」
「ご飯、届けてあげたいですね」
「おそらくですけど、温かいご飯を食べているとは思えません」
うちのお弁当は配達するなら温かいうちに食べられるはずだ。注文された時間に届けるようにすれば、温かいものを食べられるはず。保温の技術はない。器に盛るだけだから、できてから到着までの時間を考えるしかない。
是非、食べさせてあげたい。
おしつけかもしれない。でも、それは会話してみないとわからないことだから。一回話してみたい。
「最後の一人は、たまに見る子供なんですけど……。痩せてはいないんですけど、腕と足の見えるところにアザがあって……」
それは、親からの暴力なのか、はたまた別の誰かなのか。それを聞かないとなんとも動きづらい気がする。一度コンタクトをとることができればいいんだけど。
「その子、心配ですね。昼間に見かけるんですか?」
「オレが見かけるのは日が落ちてくるあたりなんですけど。その子、盗みをしているみたいで……」
「なんでそう思うんです?」
「それが……見かけたんですよ。出店で店主が他の客と話している間に死角から盗んでいるのを」
盗んでいるというのが、自分の意思なのか。他の何者かから指示されていることなのか。それが気になるところだが。
一度会ってみようか。ただ会うだけだと怪しまれるだろう。何か自然に話しかけられるきっかけがあればいいんだけどなぁ。
どの人も気になる。みんな助けてあげたい気持ちはある。けど、こども食堂として助けられるのも限界があるだろう。根本的な問題はなんなのか。それを探らなければ、手を出せない人もいる。一先ず、盗みをやっている子、心配度は高い。だが、俺がどうにかできるのかは疑問だ。
兵士や冒険者の協力が必要になるかもしれない。盗みをしているとなれば、普通に許されることではないだろうから。冒険者には協力をしてくれる人が思い当たるからな。
入口の開く音が響いた。
「すみませーん。今営業時間外なんですけど……」
冷酷な様子でアオイへ告げたのは、革鎧纏った剣を下げた兵士だった。いったい、この店に何の用だろうか。
「あぁ。それは、わかっている。ここの主人は?」
急にそんなことを言われて戸惑ってしまった。慌てて立ち上がるとその兵士の元へと向かう。
「私ですけど、なんでしょうか?」
「我は、この街の領主の使いの者だ。この店の料理を全て領主に提供してもらうことになった」
仏頂面のままただ言葉を発するためだけにいるかのようだった。直立不動でこちらを向き、たんたんと口から声を発している。
【領主に提供してもらうことになった】とはどういったことだろうか。何かを勝手に決められたということか。何を言っているのか意味が分からん。
「全ての料理をですか?」
「そうだ。作った全ては領主へと捧げることになる」
胸を張ってこちらへと威圧感を与えながら自分の言っていることは微塵も間違っていないと、そう確信しているように俺へと告げる。ただ、その提案は聞くことができない。
俺にだって事情はあるし、顔も知らない領主なんかに料理を捧げるなんてそんなことしたくもない。
「はぁ。それは……無理ですね」
「なんだと?」
「この食堂は困っている人にも料理を提供しています。それに、俺の料理を楽しみにしてくれている人もいます。その提案は無理です」
こっちも憮然とした態度で対応する。
「この前買った弁当を領主様が気に入られたのだ」
「それは、ありがとうございます。でも、他の方にも提供したいのです」
「領主様に逆らうとどうなるか、思い知ることになるぞ」
無表情の兵士は、無機質にそう告げると回れ右をし、足を上げて大股で去っていった。これは、もしかして大変なことになるか?
自分の考えに従って断ったんだ。俺は間違っていない。皆の為に始めた食堂だ。既に毎日来てくれるような人だっている。今さら領主にだけ食事を作れと言われても無理だ。
俺は、権力になんて屈しない。