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第40話 平和で幸せなひととき

「うれてよかったねぇ?」


「そうだなぁ。みんなのおかげだな」


「えへへぇ」


 照れているミリアが可愛くて、頭をなでてしまった。くすぐったそうに身を捩らせている。こんなに愛らしい顔を見せるのは、これまでいい関係を築いてきたからだと思っている。


「この後ですけど、夜は魔法ショーが行われるらしいですねぇ!」


 サクヤが空を見上げてそう告げる。


「みんなが見られるくらい大規模なのか?」


「えぇ。シューッと魔法の筋が上空へあがって、ドーンと爆発するんですよ! リュウさん、見たことないんですか⁉」


 手を空へと上げると大きく開き、すごく大きいんだということをジェスチャーで教えてくれている。


「あぁ。ここから遠いところの出だからなぁ」


「すんーっごい綺麗ですよぉ!」


 身振り手振りでその凄さを話してくれた。

 話を聞く限り、日本での花火のような感じみたいだ。

 ただ、ドラゴンを模した炎が飛び回ったり、水の大蛇が空に立ち上って破裂したりするらしい。


「ぼくも、みたことあるよ! すんごいよね!」


 リツが顔を赤く染めながら興奮したようにサクヤへとしがみついた。「ねーっ?」と言いながら楽しそうに前に見た情景を頭に浮かべて話しているみたいだ。そんな会話に入れないでいるミリア。


 ミリアは親が家から出ることを許さなかったと言っていた。このショーも見られなかったことが、容易に想像できた。だから、さっきみたいにミリアに見たことがあるかなんて無粋なことは聞かない。


 もう悲しい顔は見たくない。


 だんだんと暗くなっていく街並み。魔道具の光が仄かに街を照らしていく。ポツポツと灯るランプのような魔道具がいい雰囲気を醸し出している。


 店の前も魔道具で照らされて子供達の顔を明るく照らし出す。店の前へと出していたテーブルを片付けながら魔法ショーの楽しみな気持ちが抑えきれなくなってきている。


 子供たちは、楽しみだねぇと口々に話しながら、店の前で空を見上げている。


「いつぐらいからやるんだ?」


「んーもう少し遅い時間だと思いますよ?」


「じゃあ、今日の売り上げでなんか飯を買いに行くか」


 そう提案すると、子供たちは一斉に首を振った。

 何か嫌なことがあったのか?


「どうした?」


「ミリア、リューちゃんのごはんがたべたい」


「ぼくもー!」


 俺の足元にしがみ付きながらミリアとリツがそう声を上げた。いつも食べているから、たまには別の人の料理をと思ったのだけど……。


 サクヤとアオイへと目配せすると、コクリと頷いた。二人も同じ気持ちだということなのかもしれない。毎日食べていて飽きないのだろうか。


 でも、そんな風に言ってくれる子供達の気持ちが嬉しかった。


「魔法ショーまで何か作ろうか」


 店の中へと入ると、お弁当の仕込みをして余っていたトロッタの肉だった。これだけは多めに仕入れていたから。明日の朝ご飯とかにしようと思っていたんだが、冷蔵具をみたらツノグロの漬けも余っていたからそれにするか。


 いつも作らないものを作ろうかと思い、トロッタを薄めに切り、しお、こしょうで味を付けて少し味をなじませる。そして、小麦粉をまぶすと、卵をくぐらせる。鉄鍋へと並べて焼いていく。日本にいたとき勉強したピカタだ。


 イタリア料理だったか。すごく滑らかでおいしかったのを思い出して作りたくなったのだ。適度に油ののったトロッタの肉ならいいかもしれないと思ったのだ。


 いつもと違う食べ物だと思った子供たちがのぞき込んできた。目をキラキラしている。何にワクワクしているのかはわかる。どんなおいしいものだろうという興味だろう。


「よし。運んでくれるか?」


 みんなでテーブルへと運び、それぞれがご飯と一緒に作っていたオニオンスープを盛り付けると自分の席へと運んでいく。みんな楽しそうだ。


「お弁当を買ってくれたお客さんと食材、商会の皆さんに感謝を……食べようか」


 感謝の祈りを捧げて「いただきまーす」と口にすると、すぐに食べ始めた。


「リューちゃん、これおいしい!」


「なにこれ⁉」


 ミリアとリツが感動したようで、椅子の上で身体を跳ね上がらせている。


 他のみんなからも好評だった。あっという間にお代わりの分も無くなったところで、ドンッという音が聞こえた。


「あっ! はじまった!」


 ミリアが一目散に外へと駆けていく。続いて、リツも外へと出て空を見上げた。


 俺も外へ出ると、上空には緑色の鳥が羽ばたいて街を旋回していた。しばらく飛んだかと思うと、ドンッと散って緑の光が街へと降り注いでいく。


 光が降ってくる風景に心を掴まれた。こんな花火は誰もが感動するだろう。

 日本で見ていた花火ともまた違う感動があるな。

 これが魔法か。魔法ってのはこんなこともできるんだな。


「……すごぃ」


 右にいたミリアの横顔を見ると、空を見上げて震えながら涙を流していた。

 静かにしゃがんで肩を抱きよせる。

 そのまま抱きかかえて立ち上がった。


「こうすれば、よく見えるだろう?」


 ミリアは満面の笑みで頷いて答えてくれた。


「ミリア。これからは、こういう綺麗なのとか、見たことないものも一緒に見ような?」


「おとだけはきいてたんだ……。こんなにきれいだったんだ」


 やはり、親がこういう時も外に出してくれなかったから、見ることができなかったのだろう。


 子供っていうのは、こういう感動するものを見ることで心が育つんだ。俺はそう思う。こういうものは積極的に感じさせて、心を揺さぶらないと成長しないんだ。


 こういう情景に感動するのも心が豊かになるためには必要なことだと思うから。いろんな感動的な情景を見せたい。いや、見せてあげる。そう誓う。


「ミリア。これからも、いろんなものを見て、感じて、生きて行こうな?」


「ミリアは……、リューちゃんといっしょならなんでもいい」


 その言葉を聞き、咄嗟に目を手で覆った。涙腺が崩壊するというのはこういうことを言うのだろう。俺は、堪え切れずに涙を溢してしまった。

 こんなに求めてくれるのならば、応えないと。


「……あぁ。俺だけじゃないっ。リツもつ、イワン、サクヤ、アオイもいる。みんなが家族だっ。みんなでいろんなことを感じていこう」


 震える声でミリアへそう答え、目を少し開ける。リツがミリアの手を握り、肩にイワンが手を置き、頭をアオイが撫で、サクヤがみんなを後ろから抱きしめた。


 この平和で幸せなひと時が、ずっと続けばいいのにな。

 そんなことを思いながら、大きな音を鳴らして眩しい光を放つ魔法ショーを見つめていた。


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