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第37話 気持ちの高まり

「いらっしゃいませー!」


「おべんとうどうですかー?」


 テーブルから身を乗り出して精一杯の大声を出す、ミリアとリツの元気な声が店の前の通りに響き渡っていく。


 店の通りもお祭りの飾り付けがされている。魔石が動力の魔道ランプが等間隔でつるされていて、昼間の明るい通りを様々な色で灯している。


 赤、青、黄。たまに虹色の光を放つ物もあり、街が幻想的な雰囲気を醸し出している。歩く人々も心なしかにこやかで楽しそう。


 店の前でテーブルを出して弁当を並べている俺たちのことを祝福してくれているような気さえしてくるから不思議なもんだ。


 こんな街の様相は初めて見るから俺も気分が高揚してる。


「わぁ。きれいだねぇ」


 街の様子を見ながら嬉しそうにミリアの口から零れ落ちた。それは、心からポロリと出た初めて見た物へ対する感動の言葉だった。


「ミリアは、見たことないのか?」


「こういうときは、いえから、でられなかったの」


 俯きながらそう答えた。

 そうだったのか。あの親のことだから、ねだられたりしたら嫌だとかそういった理由だろ。

 俺なら、そんなことはしない。


 この幻想的な空間を一緒に味わいたい。欲しいものがあるなら買ってあげたい。食べたいものがあるなら食べさせたい。綺麗なものを一緒に見たい。そんな思いがあるからだ。


 いかんいかん。

 前の毒親なんぞと自分を比べてどうする。

 ミリアの今の生活、そして、これからの生活を楽しくて明るい未来にしていくのが俺の使命だ。


 もちろん、リツをはじめ、イワン、サクヤ、アオイ。こども食堂を利用してくれている家族や老紳士の未来も明るくしていきたい。そのために始めたんだ。


「どうだ? 楽しいか?」


「うん! すごくたのしいよ!」


「少し働いたら、休みながらなんか食べような?」


「いいの? たのしみ!」


 ミリアの笑顔が咲き誇る。その隣でもリツが呼び込みを楽しそうにしている。その姿をみて、サクヤとアオイが目を潤ませている。


 そうだよなぁ。自分の育てている子の成長を感じたら、感動するよな。気持ちがよくわかるよ。俺だってよく感動してしまって目を潤ませることがある。


「おやっさん! 今日は店先で売ってるんですね!」


 少し遠くから大きな声で話しかけてくれた人がいた。革鎧を身に着けて、腰から下げた剣を揺らしながら歩いてきてくれる。


「あっ! やさしいおにいちゃんだ!」


「おぉ。チビちゃん、頑張ってるね!」


 冒険者で剣士のシンさんが来てくれた。以前、ご飯をご馳走になったことで距離が縮まったミリアも、なんだか嬉しそう。だが、声をかけてくれた呼び名が気に入らなかったようで少々頬を膨らませてご立腹の様子だ。


「チビじゃない! ミリア!」


「あっ、ごめんよ。ミリアちゃん。おすすめあるかな?」


 膝に手をつき、目線を合わせて話してくれるところ。シンさんの人の良さと子供に好かれるところなんだろうな。シンさんは話し方も柔らかいし、他の冒険者とはまた違った優しい雰囲気がある。子供と触れ合うことがある人の接し方な気がする。


「シチューどん!」


 ご飯に白い物がかかった器を指すと自信満々にメニューを口にする。


「えぇっ⁉ この白いの⁉」


「むふー。これ、おいしい」


 ミリアが鼻を広げて得意げにシンさんへと進言する。それを疑いの目で見ているシンさん。まぁ、初めての人はこの弁当をあまり受け付けないかもしれないな。けど、ミリアの勧めだ。どうするのだろうか。


「本当?」


 目じりを下げて疑いの目を向けている。それにまた不機嫌になるミリア。


「ミリア、ウソつかない」


 ミリアは眉間に皺を寄せると頬を膨らませた。

 俺はその姿をみて苦笑いしてしまう。

 自分の言ったことを疑われたのが癪に障ったのだろう。


 けど、仕方ないさ。この白いシチューはあまりこの街にはないものだからな。食べてみないと味の想像もつかないんだろう。シンさんもミリアの勧めとはいえ、抵抗があるだろう。


「じゃあ、これ貰おうかな!」


「まいどー!」


「はははっ。ミリアちゃんは商売上手だなぁ」


 ミリアの頭を撫でてくれるシンさん。その優しさを受けて調子に乗ったミリア。


「この『わ』をささえるのだ!」


「おぉっ! それは、俺のセリフだぁ!」


 拳を上げて宣言するミリアを楽しそうに笑い転げるシンさん。

 楽しそうにシチュー丼を手にして、お金を払ってくれた。


 ミリアがお金を受け取る。

 何かを言おうとしているが、何を言ったらいいか忘れたんだろう。


「シンさん、有難う御座います。この器を返してくれたら、小硬貨一枚はお返ししますので」


「へぇ! そういうやり方なんですね! いいですね! パンとかみたいに紙に包むのもできないですもんねぇ」


 俺が考えたことを察してくれている。これだからいつも来てくれる常連さんってのは有難い。こっちのことも考えてくれるものな。


「そうなんですよ。だから、このやり方でとりあえずやってみようと思いまして」


「応援してます! みんなも、頑張って!」


 力こぶを作って皆を鼓舞してくれた。

 他の皆も力こぶを作って手を振っている。

 一気に場の雰囲気が明るくなった。


 本当にシンさんは子供達の心を掴むのが上手だなぁ。サクヤとアオイからの評判もよさそうだ。シンさんは、誰かいい人がいたりするんだろうか。


 なんだか、親のような気持ちになってしまった。


「あら? 今日は何を売っているんですかぁ?」


 赤ん坊を抱っこした女性が声をかけてきた。声のする方へ視線を向けるとアッシュさんの奥さんだった。


「いらっしゃいませ。奥様。あの後は、大丈夫でしたの?」


 ちょっと前に奥さんとアッシュさんの夫婦喧嘩を目の当たりにしたアオイが優しく問いかけた。


「えぇ。おかげさまで。今日もね、色々と──」


「あっ! 『わ』でもなんかやってるじゃんか!」


 奥さんの後ろから駆けてきたアッシュさんの両手には、パンや、串焼き、揚げ物、飲み物。沢山買って来たであろう物が抱えられていた。


「なんか、おいしそうよね?」


「おやっさんが作ったものは美味いものばっかりだ。全部美味しいと思う……けど……」


 視線が何かをロックオンしている。

 視線の先を見ると漬け丼。


 それ、実は俺の自信作なんだなぁ。

 絶妙なワサビ加減と秘伝のタレのおかげてかなり美味しくなっていると思ってるんだ。

 是非、食べてもらいたいねぇ。


「アオイさんのおススメは?」


 奥さんは何にするか迷っているみたい。


「シチュー丼ですわ」


 なぜか、女性陣はシチュー丼が好きなんだよ。

 サクヤは母親の味だからもちろん好きだし。

 ミリアも、アオイもこれが気に入ってんだよな。


「じゃあ、これにしよっかな」


「なぁ、俺さぁ、二つ食べていい? 迷った時はどっちも食べたい!」


 丼と奥さんの顔を交互に見ながら、弱弱しそうに懇願している。完全に以前とは立場が逆転したみたいだ。これは、俺の持論だが、女の人が少し上にいる方が家庭はうまく回る気がする。


「はぁ? まったくよく食べるわねぇ。好きにしたら?」


「やった! でも……持てねぇ」


 既に両手にいっぱい持ってるからな。

 そりゃむりだろう。


 奥さんがおもむろに腰に巻いていた布を解くと、伸ばしていく。三メートルほどある長い布だったようで、それをアッシュさんの身体に巻き付ける。その布とアッシュさんの身体の間に赤ん坊をスルリと入れ、足をかけると背中に収まった。


 おんぶ紐か。

 さすが、奥さん。

 こんな知恵があったとは。


「これで、私が持てるわ」


「ありがと。子供の重さくらい、剣に比べたら大したことないさ」


 アッシュさんは誇らしそうだ。

 自分が役に立てて嬉しいといった感じ。


 本当に夫婦間の雰囲気がいい感じになったんだ。俺みたいにならなくて、本当に良かった。こども食堂が、その手助けをできたことが嬉しい。


「はいはい。行きましょ?」


 奥さんがお金を払い、器に関する説明を聞くと上機嫌で手を振って帰っていった。


「すごいうれるねー!」


「ぼくのよびかたがいいんだよー」


「ミリアのおかげだよぉ」


 ミリアとリツは、どっちが売れるのに貢献しているかで争っている。


 子供たちが売っているというのはお客さんが来てくれる要因としてあるだろう。初めてのお客さんも買ってくれている。この調子だと、お昼過ぎには売り切れるかもなぁ。


 いい売れ行きとお祭りの雰囲気で、気持ちは高まっていく。

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