試作をしていたのは三日間くらいだったが、なんとか販売の目途がついた。
そして、迎えたお祭り当日。
「リューちゃん! おまつりだよ!」
初めてミリアに起こされた。
昨日、寝るときもずっと「たのしみだなぁ」と言って寝付けなかったのだ。早く寝ないと明日元気にお祭りに参加できないぞぉと告げてなんとか寝かせたのはよかったのだが。
楽しみ過ぎて早く起きてしまったみたいだ。
「おぉ。そうだな。弁当の準備しないとな」
「みんなで、おべんとうをうるんだよね?」
元気にそう問いかける目はキラキラと輝いている。呼び込みなどもやるから、人前に出ることになる。それを心配していたんだが、やってみたくてしょうがないという好奇心が勝っているみたいだ。
「そうだぞぉ。手伝ってくれるか?」
「うん!」
張り切って着替えてきたミリアは、厨房で手を洗っている。勢いよく出る水に粉せっけんをつけ。泡立てながら手を擦り合わせる。
上手に手が洗えるようになったもんだ。
ここ最近、よく手伝ってくれていたからなぁ。
その成果が出ている。
今日の弁当のラインナップだが。
シチュー丼。
ツノグロ漬け丼。
トロッタ丼。
結局、この三つになった。
おでんも考えたのだが、どうせなら温かいのを食べてもらいたい。店でやろうという考えで落ち着いたのだった。
「ねー? ミリアもおべんとう、たべていいんだよね?」
「いいぞぉ。皆の分は別で作るからな」
「やったー! シーチューウ! シーチューウ!」
リズムに乗りながら小さく飛び跳ねて小躍りしている。すっかり気に入ったみたいだな。こんなに好きになってくれるとは思っていなかったからよかった。
サクヤも思い出の味だと言っていたしなぁ。たまたま作ったものが、そこまで子供達に影響を及ぼすとは思ってもいないし。
昨日のうちに仕込んでいた野菜たちを大きい鍋へと入れて、煮立たせていく。
お祭りはお昼くらいから始まるらしい。サクヤに聞いたら、時間はあいまいなんだと。まぁ、キチッと時間決めてやるのは時計もないし、無理だろうなぁ。
野菜の甘い香りが立ち上ってくる。どのくらい売れるだろうか。この店が認知されているのかどうかを知るにはいい機会かもしれないな。
「なにすればいい?」
「ミリアは、漬物きってくれるか? 弁当の隅に添えるんだ。箸休めの大事な食材だ」
「だいじなもの! きるきるー!」
以前に教えていたのをしっかりと覚えていたようで、まな板の上へ漬物を出すと一口大に切り始めた。
もうミリアが持っているナイフはミリア専用になっている。厨房の下の扉の内側へしっかりと収納されているのだ。
それをわかっているので、そこから取り出して猫の手で切り分けている。ちゃんと言ったことを覚えているようで感心してしまう。
一生懸命漬物を切っている姿が可愛くて、ついつい見入ってしまっていた。
「リューちゃん、てをうごかして?」
「おっ。すまんすまん」
少し丸みを帯びてきたミリアに怒られてしまった。最近、よく食べているから肉がついてきた。それが俺からしたらとてつもなくうれしく。
不意にどうしようもなく泣きたくなる時がある。悲しい涙ではなく、この子を引き取ってよかった。俺の子にしてよかったという思いから。
別の鍋にトロッタを入れて煮詰めていく。トロッタ丼は、トロッタ煮をご飯の上に乗せるだけなんだが、ここで一工夫したのだ。葉物の野菜の千切りを乗せてさっぱりさせる。さらに上にショウガを添えるんだ。
こういう丼ものはこの世界ではまだ俺は見たことがない。おやっさんから教わったトロッタ煮をここまで進化させることができたと思う。けど、おやっさんが食べてなんというかはすごく気になってしまう。
「どのくらい切るの?」
まだ切るのかと言いたげな様子で眉間に皺を寄せて声をかけてきた。
ミリアのまな板の横にあるお皿には漬物がこんもり乗っかっている。慣れてきたものだから、切るのも早く終わってしまったようだ。なんと戦力になることか。
「おぉ。すごいじゃないか。漬物はそのくらいでいいぞ。盛り付けしたものに蓋をするのをお願いするかな。少し、料理が完成するまで待っていてくれ」
「はぁーい」
つまらなそうに厨房の向かいにあるお客さんの席へと座り、こちらをのぞき込んでいる。祭りが待ち遠しくて、いてもたってもいられないんだろうな。手伝うことで気を紛らわせてるのが丸わかりだ。可愛いんだけどな。
もう少し煮込めば完成という所で、店の入り口が開いた。
入ってきたのは、いつもの家族四人。リツ、イワン、サクヤ、アオイだ。
「いいにおいだぁ!」
「リツくん、たべちゃだめだよ?」
リツの前に両手を腰に当てて仁王立ちしているミリアが立ちはだかる。顔は眉間に皺を寄せて険しい顔をして威嚇しているようだ。そこまで信用がないのか、リツは。
「わかってるよぉ」
リツは唇を尖らせながら、「なんでぼくだけにいうんだよぉ」とぶつぶつとミリアへと文句を言っている。
「リュウさん、手伝いますか?」
「おう。悪いな。米を器に盛ってもらえるか?」
「器でいいんですか?」
日本のようにプラスチックの容器というわけにはいかないからな。仕方がないさ。
「いいんだ。持ってきてくれたら、小硬貨一枚を返すんだ」
俺はどうやったら、器が帰って来るか考えた。そこで、思いついたのがこの方法。弁当は小硬貨五枚で売る。そこから器をもってきてくれたら一枚返すんだ。
要するに、小硬貨四枚で弁当を買える。ややこしいようだけど、このやり方であれば、器を持ってこない人が損をするということになる。人は、損をすると思うと面倒でも得する行動をとるものじゃないかと思ったんだ。きっと成功する。大丈夫。
「なるほど! リュウさんすごい!」
「そんなこと、私には思いつきもしなかったですわ」
サクヤとアオイが褒めてくれる。
これで大丈夫だと思うのだが、まだ不安は残る。この街の人の良心に頼ることとなる。もし、返してくれなければ、器をまた買ってこなければならなくなる。
やってみるしかない。
「やってみよう。これが好評だったら、これから配達しようと思うんだ」
「はい、たつ?」
首を傾げるサクヤ。
何を言っているのかがわからない様子だった。
この世界には配達という仕事はないのかもしれない。
「注文があったら、困っている人の元へと配ろうと思うんだ」
「それはいいですね! 素敵です! 誰もしたことないことだと思いますよ!」
頬を高揚させながら興奮した様子で飛び跳ねてそう口にした。
「実は、配るのお願いする人も当てがあるんだ」
再び首を傾げるサクヤ。
サクヤとアオイには反感を買うかもしれないけどな。
元気でいいと思うんだ。アイツが。